ep 5. 苦肉の策
目が覚めるといつもと違う風景が視界に入った。
そうだった。寝室はあの少女が使っていて、俺はリビングのソファで寝たんだ。
被っていた毛布を畳んでソファに置くと、呉羽は立ち上がって可能な限り背伸びをした。
時間は午前六時。昨夜は件の少女をどうすべきか考えているうちに眠りに落ち、夢の中では未成年を自宅で監禁していた罪で警察から指名手配で追われた。
無意識とはいえ、なんとも肝を冷やす夢を見せるものだ。
彼女はまだ眠っているのか、寝室からは物音が聴こえない。様子を確認したいところだが、まだ子供とはいえ女性の部屋を覗くことは気が引けた。
彼女が起きるのを待つしかないが、本日も午前九時からボクシングトレーナーの仕事がある。
もし彼女が八時を過ぎても起きてこない場合は、部屋に入って起こさなければならない。
「頼むから起きてくれよ」
呉羽はキッチンで目覚めの一杯を沸かした。
店長の尾道がおすすめしたコーヒーを買ってみたが、今まで飲んだ中ではもっとも味わい深いものだ。
と評価してみたが、あまり味の違いはわからず、感覚で自分の舌に合っていると判断したに過ぎない。
呉羽はコーヒーを持ってソファに座り、これからのことを考えてみた。
昨日少女を追って来た三人のスーツ姿の男、そして季節外れの白いワンピースを身につけて裸足だったブロンドヘアの少女。
何かの事件に巻き込まれたと見るのが自然だろうが。
彼女は怪我らしい怪我はしておらず、裸足で走ったせいで足が汚れているくらいだった。
ワンピースには汚れがついていたが、暴行されたような痕跡はなく、衣服の破れもなかった。
何か怖いものを見て記憶を失ったのかな。少なくとも拷問を受けてたわけではなさそうだが。
「あの・・・」
思考の世界に迷い込んでいて少女が寝室から出て来たことに気づかなかった。
女性ものの着替えがなかったので、仕方なく呉羽のスウェットを貸して着てもらったが、サイズが合っておらず動きにくそうだ。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい、ありがとうございました。今夜は私がソファで寝ますので」
「気にしなくていいって。俺は床でも寝れちゃう人間だから」
今日もここに泊まることは決定しているようだ。
呉羽はコーヒーをもう一杯カップに注ぎ、テーブルに置いた。少女はゆっくりとそれを口に運ぶ。
「おいしいです」
少し苦いようだが口に合ってよかった。
「そうだ。今日買い物行こうか。着替えもないし、いろいろ必要なものもあるだろうからさ」
「でも、お金が」
「俺が出すよ。そんなにお金ないけど、今の世の中安くていいものはたくさんある。とりあえず三時まで仕事があるから、終わったらここに帰って来る。それまでこの部屋から出ないで。お腹が空いたら冷凍食品入ってるから、温めて食べてよ」
少女は黙って頷いた。
「そうだ。名前決めておこうか。呼び名がないと不便だし。何か呼んでほしい名前ある?」
「呼びやすい名前でいいですよ」
そうだな。この容姿だと日本の名前だと違和感がありそうだ。
「じゃあ、アリアはどう?」
「アリア・・・ですか?」
「うん、そういう名前のバンドがあってさ。パッと見た印象は外国人だから、そういう名前にした方がいいんじゃないかと思って」
「わかりました。私の名前はアリアです」
「で、アリアはとりあえず俺の親戚で今は預かってるってことにしておいて。年齢はそうだな・・・。十八歳ってことにしておこうか。いろいろ厄介だからさ」
十八歳でもアウトなのだろうが、成人とみなされる年齢が下がったのだからぎりぎり問題ないことを願う。
印象はまだ幼く十五歳ほどだが、実年齢より容姿が幼い人はよくいる。誤差の範囲として誤魔化せるだろう。
「私はアリア、十八歳。阿藤さんの親戚で日本にいる間預かってもらっている、ですね」
「完璧。出身は無難にアメリカにしておこう」
「私はアメリカ人。了解です」
なんだかロボットと会話をしているような感覚だが、一旦これで乗り切ろう。
その後いつも通りの時間に呉羽は服を着替えて部屋を出た。
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