第34話:お義父さんマスター

 かつて自分を捨てて姿をくらませた元恋人、マリエルさんの登場にぶっ倒れたお義父さんはマリエルさんの膝枕の上でうなされている。


 「この人ってばおうちの方針で『貴族らしく』『騎士らしく』いつもは気を張ってるんだけど、昔から不意打ちに弱くって……。今も変わらないのね~、そんなところもス・テ・キ、だけど!」


 顔を赤らめてキャッキャウフフ、と乙女顔で照れているマリエルさんはうなされるお義父さんの頬をつんつんしている。わあ、らぶらぶ。なんでお義父さんから金を巻き上げて姿をくらましたんだ、この人。

 お義父さんが起きないことには話も進まないし、疑問を率直にぶつけてみた。


「マリエルさんはお義父……ベルトランさんのことがめちゃめちゃ好きだとお見受けしましたが、なぜお金と一緒に姿を消したんですか?」

「まあ率直。……ええと、ねえ」


 明るく笑っていたマリエルさんの顔がわずかに陰る。もごもごと言いづらそうに口を閉ざした。頬を突いていた手が止まり、お義父さんの髪を静かにかし始める。

 その手付きは慈愛に満ちていて、貴族を騙して大金をせしめた平民悪女には決して見えない。


「うーん、もう十年以上前のことだし、時効かしら……。話しちゃってもいいかしら……」

「どうぞどうぞ、話しちゃってください」


 紅茶のおかわりを味わいながら、聞き役モードに入る。クレールさんもバジルさんも、同様に茶菓子パリポリ、お茶をおかわりしながら待機した。


「そうね~、話しちゃおうかしら……」

「私も、聞きたい。聞かせてくれマリエル」

「ダーリン!」


 泡を吹いてぶっ倒れていたお義父さんが復活した。名残惜しそうにマリエルさんの膝上から起き上がる。

 すみません、この部屋には観客わたしたちもいるんですけど。

 しかしお義父さんはもとより、マリエルさんの頭からも私たちの存在は消失してしまったようで、マリエルさんの眼にはお義父さんだけしか映っていない。


「も~~ダーリンったら、そんなにカワイイ顔してもダメよ! 情報屋さんに聞いたわよ、なんで結婚してないの~?! 今までのダーリンの話を聞いてびっくりしちゃったわよ!

 あたしのことなんかキレイさっぱり忘れて、きれいでかわいいお貴族お嬢様と結婚して子どもをもうけて幸せな家庭を作ってくれなきゃ、身を引いた意味がないじゃない!」


 マリエルさんは涙で眼を潤ませながらお義父さんを揺さぶった。

 お義父さんは初耳情報の多さに眼を白黒させている。切れ切れに「騙された訳じゃ……?」

「捨てられた訳じゃない……?」と呻いている。


「ご両親に手切金を渡されて、一芝居打ったの。

 あなたのこと、大好きだったけど、愛してたけど──貧乏って辛いのよ。食べられないって辛いのよ。

 生粋のお貴族様育ちのあなたに耐えらえる訳ないじゃない?」

「君となら耐えて見せたさ!」


 お義父さんは間髪入れずに答えたが、マリエルさんはゆるりと首を振った。悲しそうにも見える、悟ったような表情かおだ。


「うふふ、だぁめ。貧しさで心が荒んで破局して、なんてぜったいに嫌。あたしが耐えられないわ。あなたの騎士らしくて逞しい手が、日銭を稼ぐために汚れていくかも、なんて許せなかったの。

 だから──許して?」


 そう言って笑うマリエルさんの笑顔はなんというか、女神のような、天女のような、触れ難い神々しさと、少女のようなちゃめっ気、かわいらしさの同居した魅力の塊で、それを真正面、至近距離から受けたお父さんは「許すよ」ととろけるように即答した。

 このお義父さん、チョロすぎる……!


「ありがとう、ダーリン。相変わらずやさしいのね。……今のあなたなら庶民出身でも愛人を作るくらい、文句を言われたりしないでしょ? さみしい思いをさせちゃって本当にごめんね、ダーリン。これからはあなたの側にいるわ」

「あ、あいじんなんて、そんな……! 今なら君を正妻にすることだって……!」

「あなたの評判が落ちるのはイ・ヤ」


 人差し指一本でお義父さんを黙らせたマリエルさんは、人懐こい猫のように眼を細めた。

 うおおおおお、すげえ大人の色気! お義父さんも気絶寸前の色気!!!

 クレールさん、バジルさんは耐性があるらしく、しらっとした態度で見学している。耐性あるの?! すごいね!?

 しごできバジルさんはスンッとしながらメニュー表をマリエルさんに差し出した。


「そんなあなたにこちらの『貴族の養子プラン』はいかがでしょう。ご希望に添った貴族をご紹介させていただきます」

「バジルさんが情報屋みたいな仕事ことしてる……」

情報屋ほんぎょうだからな」

「あら、今はいろいろ便利になったのね~」


 マリエルさんと一緒にメニュー表を見ているお義父さんにメリットは、手数料は、とバジルさんは淡々と説明していく。

 いつの間にかお義父さんの膝の上に座っているマリエルさんを私も見ないフリをしつつ、クレールさんとひたすら世間話をした。なぜだろう、今、モーレツにしょっぱいものを口に入れたい。お土産は煎餅にするべきだった。


「これならダーリンの評判を落とさずに済むのかしら」

「ええ。表向き、にはなりますが、古今貴族間の繋がり強化のための養子縁組みはよくあることでして──」

「うん!! だから是非正妻に! 結婚してください!」


 バジルさんの説明をぶった切って、お義父さんがマリエルさんに求婚し始めた。お、落ち着いてよ、お義父さん……。マリエルさんも驚いて──


「もう、ダーリン、ちょっと落ち着いて?」

「うん!!」


 驚いてなかった。さすがお義父さんマスター。交渉の場に呼べてよかったー。


「それじゃ、貴族の選定を始めましょう。デュドゥエ家との繋がりを欲しているのがこちら、デュドゥエ家が欲しい繋がりはこの辺りでしょうか?」

「む……。うむ、そうだな……」


 お義父さんとバジルさんは本契約に向けて話し合いを始めた。

 私達は邪魔にならないよう、ちょっとばかり声量を抑えてティータイムを続行だ。


「ねえ、この契約書にあるジャン君って、話に聞いてたダーリンの養子よね?」

「ですです」

「平民とは思えないぐらい文武に抜きん出ている、って聞いたけど、どうしてわざわざ手放すことになってるの? 私ももう年だし……この子がこのままデュドゥエ家の跡取りでよくないかしら」

「実はかくかくしかじかでして。ベルトランさんはおいえのためにジャンの政略結婚を考えているそうで、思い人が平民のジャンに望まぬ結婚はさせたくないなーと」

「へ~、そうなの。友達思いなのね~」

「いえいえ、ただの自己満足です」

「ねえ、ダーリン。ジャン君の婚約者をダニエルちゃんにして欲しいな」

「もちろんいいとも喜んで!」

「至近距離でいきなりの大声はやめてください」


 うわ、このお義父さん、チョロすぎ……?!

 マリエルさん、このしたたか美女っぷりを発揮してれば伯爵夫人も上手くこなせそうなものだけど、なんで身を引いたんだ。

 またたびを嗅いだ猫のごとく、マリエルさんにメロメロになっているお義父さんを愛でるマリエルさんが蟲惑的にウィンクをした。うおっ、まぶしっ。


「あたしも若かったのよ」


 マリエルさんの魅力を過剰摂取したお義父さんは幸せそうに気絶した。

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