第33話:呼ばれて飛び出て
バジルさんによるとデュドゥエ伯爵家は中堅貴族で、騎士を多く輩出している家系だそうだ。
お義父さん――現当主のベルトラン・デュドゥエもいち騎士として王城に勤めていた経験があるとか。
そういう
騎士の家系にありがちな脳筋運営で家計が苦しい、なんてことはなく、莫大な借金がないだけ上手く回している家、らしい。庶民はその時払いが普通だけど、貴族なんかはツケておいて月末払いとか、年末払いとかが当たり前だからね。
それなりに上手くいってるデュドゥエ家はジャル学でリュンたそのために悪事を黙認したり、加担したエヴラールのあおりをくらって没落してくんだなあ。あゝ、諸行無常。
しかし! 今回ダニエルはリュンたそにならない! よってジャンも悪事に手を染めたりしない! おめでとう、デュドゥエ家の未来は守られた! 今の所。
家の没落を未然に防いだ功績を褒め倒してくれていいのだよ、チミィ。
「というわけで、ジャンをダニエルの婿にください、お義父さん!」
「いきなり何を言ってるんだ、貴様は?!」
いっけなーい、オディルってばちょっと気が早すぎちゃった、てへぺろ。
バジルさんにジャンのお義父さんと話し合いの機会を設けてもらったわけだけれども、ジャンダニ結婚式が拝みたすぎて開口一番己の欲望を叫んでしまった。失敗失敗。
クレールさんとバジルさんはなんで肯いてお義父様に深い同意を示してるのかな? まあいいや。
「失礼しました。実は私達はジャンの友達でして……」
お義父さんが胡散臭そうに私を眺めて……うーん、これは物品検査の眼! 利用価値があるか見定められている!
私ってば営業よりは現場作業に向いてる派だから……。説明と説得とその他諸々を頼む。バジルさん、君に決めた!
「はいはい、食事代分の仕事はしますよーっと」
「きゃー、バジルさんすてきー!」
茶番を終えた私はお土産として持ってきた自作のクッキーを食べ、出された紅茶をいただいた。う〜ん、
クレールさんとダニエルのドレスはどんなものが良いか談笑していたら、バジルさんから説明を聞き終えたお義父さんの顔が真っ赤になっていた。恥じらいとかではなく、怒りで。
アルェー、おかしいなー? 怒る要素なんてどこにありましたっけ?
「ふざけるな、貴様ら! 商談を持ち掛けてきたらからわざわざ屋敷に招いてやればエヴラールを貴族にするなだと?!」
あ、もうそっちの名前で呼んでるんだ。
「しかもその理由が平民などと結婚させてやりたいからだと?! 我が家を愚弄するのもいい加減にしろ、許す訳ないだろう!
アレにいくらかけてきたと思ってる!」
ジャンがお金を出してくださいと泣いて頼んだ訳でもあるまいし、恩着せがましいぞ、お義父さん。
子どもは親の所有物じゃないし、子どもの養育は親の義務じゃん。
なーんて、そもそもジャンを金で買った人に言っても無駄だろうけど。
「いくらおかけになったんです? 今まで騎士を輩出してきたデュドゥエ家ですもの、五年間という短い間でも相当おかけになったんでしょうね」
笑っておだててやればお義父さんは勢いを削がれたようで、それは、とかその、とかモゴモゴ言っている。
「領地のほうも近年は目立つ災害もなく、例年通りの収穫を得られて、つつがなく運営できたんでしょう?
今年は」
お義父さんの気持ちを和らげるために、今年ももうすぐ終わりますね、と世間話をふったが、眼を逸らされた。
やっぱり平民だとまともに話してもらえないかあ。
「こちらとしてもベルトラン様に無理を言っているのは理解しています。天塩にかけて育ててきた後継者候補を横から掻っ攫うようなマネはもちろんいたしませんとも」
少しでもお義父さんの好感度を上げるために笑顔を絶やさずにいるのがけれど、かたくなに眼を合わせてもらえない。
くっ、私が貴族じゃないばっかりに……!
「ジャンの養育にかかった金額を提示していただければお支払いさせていただきます。おいくらです?」
「き、貴様のような平民に払えるわけないだろう!」
「まあまあ、そう仰らずに。言うだけならタダではありませんか。きっと私のような平民には想像もできないほどの額なのでしょうね」
私なんて実家住みのようなものだから家賃、水道代、光熱費はタダだからね。しかもクレールさんは給料とは別にお小遣いをくれる! ありがとうクレールさん! おかげで年間収入に比べて支出が低い低い。推し活にも金をかけられるってもんよ!
ジャンはといえば、家賃は王都の貴族街だし、月十万ティノくらい? 食費もいいもの食べさせてるだろうし、同じくらいかな?
魔力でどうにかなってる水道代、光熱費はほとんどタダだろう。服はジャンから聞いた限り普段着は古着ばかりだからお安く済んでる。パーティーはこれから参加予定で、礼服はお義父さんのお下がりとオーダメードになる予定だからまだお金はかかってない。あとは教育費か〜。
この世界の一年は十三ヶ月で、ひと月二十八日、十三月だけが二十九日の三百六十五日なので、どんぶり勘定で生活費が年間二百六十万ティノ。それを五年間だから千八百万ティノかァ~~! ウッヒョー貯金がぶっ飛ぶぜえ~~~! ギリギリ払える額でヨカッタ──!
「というわけで契約書を書きましょう」
「??! いきなり、なんだ?!」
「お貴族様の生活に年いくらかかるかなんてド平民の私にはまるで想像がきなかったんですけど、年間三百六十万ティノくらいですかね? それを五年間ですから千八百万ティノ。キリ良く二千万ティノでどうです?」
「……は?」
ぱちんと手を合わせて提案すればお義父さんから疑惑の眼差しをいただいてしまった。何言ってんだ、コイツ、みたいな視線だ。
え、足りない? この世界の平民なら五年どころか十年は余裕で暮らせていける額なんですが……。くっ、お貴族様め!
「か、仮に二千万ティノをアレにかけていたとして、貴様のような平民に払えるわけ……」
「払えますよ」
「……は?」
お義父さんはぽかんとしている。
一般
元社畜をナメてもらっては困る。安心してください、払えますよ! 推し活と並行してやれることは全部やってきたんだもんね~!
あとバジルさんに資産運用を丸投げ……もとい、おまかせしたら知らないうちにけっこうな額が溜まっていた。さすがバジルさん、先見の明がある。略してさすバジ。
「契約書の内容を決めて署名が完了したら、金額が金額なので、銀行にご同行くださいね。契約書の雛型は作ってきたのでご確認ください」
契約書はもちろんバジルさんが書いてくれた。契約書の内容は簡単に言うなら『お金を払ったんだからジャンに近付かないでよね!』だ。
装飾過多なうえ、むずかしい文章が羅列された貴族向けに書かれた書類は眼を通すだけで精一杯で、理解できなかった。五歳児にもわかるくらいの簡単な文章でお願いします! と頼んだら本当に契約書簡単バージョンが出てきたのでバジルさんはすごく仕事ができる。すごできバジルさん。
将来、ジャンとダニエルが結婚したら庭付き一戸建てをプレゼントするために貯めていたお金だけれど、また貯めればいいし、ジャンとダニエルのためだもん、惜しくはないぜ!
お義父さんは契約書を隅から隅まで読み込んでいる。うんうん、契約書はめんどうでも読まないとだもんね、お義父さんエライ。簡単バージョン貸そうか?
「その契約内容でよろしければ清書したものも用意がありますのでさっそく
「こ、こんなはした金で息子を手放すわけ……!」
デスヨネー。手塩にかけて育ててきたんですもんねー。とはいえ即金で出せるのは二千万ティノがせいぜいだ。
分割払いという手もあるけど手数料がなあ。
資産につく利子は大歓迎だけど、負債に付く利子、テメーは駄目だ。
今は前世知識の真新しさが勝ってるから稼げてるけど、いつまで稼げるかも分からないし。
という訳で、バジルさんに頼んで用意してました。対お義父さん用の最終兵器!
「バジルさん、お願いします」
「はいよ。マリエルさ~ん、どうぞお入りくださーい」
「は~い、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。久しぶりね、ダーリン!」
「マリエル?!?!」
マントを脱ぎながらノリノリで登場してくれた元恋人と再会したお義父さんは、泡を吹いてぶっ倒れた。
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