第28話:真顔で断られた


「おかえり、ダニエル。ジャンは元気だった? ……ダニエル?」


 今日も今日とて金を稼いで推し貯金にする日々。充実してんなァ、オイ! 労働意欲がバッリバリ!

 相場がどの程度か知らないけれど、これくらいあれば庭付き戸建ペット付きをポンとプレゼントできるかな? とホクホクしていた私は、ジャンを会ってきたはずのダニエルのただならぬ様子に慌てて駆け寄った。

 見るからに青褪めているダニエルを暖房の前に引っ張っていく。ダニエルは私に引っ張られるがままだ。アレ、これって。

 ダニエルはいつかのように立ち尽くしている。なにがあったのだろう。

 クレールはそんなダニエルを見て、熱い薬湯を淹れてくれた。

 気分が落ち込んだときは暖かくして、美味しいものをいっぱい食べたほうがいいのだ。ブランケットを巻き付けて、暖かくなってきた最近は出番のなかったストーブのスイッチを入れる。それから戸棚からおやつのクッキーと蜂蜜を持ってきた。


「ダニエル、とりあえず食べて飲んで。体をあっためて」


 まずは蜂蜜をひと匙舐めさせた。もしかしたら季節ハズレのカゼかもしれないし。

 あったかいお手拭きで手やら顔やらを拭ってやると、ようやく自我が戻ってきたらしい。やめろ、と力なく言われておしぼりを奪われた。

 おしぼりの次はクッキーとお茶だよ!

 ダニエルはクッキーとお茶を残さず食べ終わると、ストーブのスイッチを切ってブランケットを片付けてしまった。


「もういいの? あったまった? カゼじゃない? 熱は?」

「カゼじゃない」


 カゼじゃないなら良かった。しかしカゼでないとすると……?


「ジャン君と、何かあった?」


 クレールがお代わりのお茶とクッキーを出しながらダニエルに聞いた。この間腹回りの肉がどうのとバジルさんと話してたわりに躊躇なく食べるなあ。

 ダニエルはクレールの言葉に大袈裟なほど肩を跳ねさせて、それから俯く。よかった。部屋に帰らないでいてくれるなら、話す気があるってことだ。

 のろのろと席に着いたダニエルがお茶を啜る。私とクレールもお茶を飲んだり、クッキーを食べたりしてダニエルが話してくれるのを待った。クレールはクッキーを食べるのに飽きたらしく途中で煎餅を出してきた。すーごいばりんぼりん音がする。

 ダニエルはしばらくせんべいの咀嚼音を聞いて沈黙していたけれど、ぽつぽつとダニエルは語り始めた。うん、クレールはちょっと咀嚼音を控えめにしようか。


「ジャン君の名前が変わる……ねえ。彼は貴族に大層気に入られたんだね」


 バジルさん経由でジャンの気に入られようを知っていた私もびっくりだった。むう、バジルさんが出張しているから最新の情報がなにもない。


「名前を変える、というか、孤児だったジャン君をなかったことにしたいのかな」

「あー……、貴族のメンツとか、そーゆーアレですか?」

「たぶんね。でも、ジャン君の名前が変わったとしても、彼は彼なのだし。そう気にするものでもないと思うけれど」


 私もそう思う。名前が変わったくらいでジャンのダニエルへの愛はびくともしないだろう。けれどダニエルは違う意見のようだった。


「そんなんわかんねぇだろっ! それにジャンはジャンだっ! エヴラール・デュドゥエなんて長ったらしい名前なんて似合わねえよっ!」


 うんうん、なるほど。私もリュンたそがいきなり「今日から私の名前はぽんぽこぴーです」なんて言われたらそりゃあびっくりするもんな。……エヴラール・デュドゥエ? どっかで聞いた、よう、な……?

 ……エヴラール・デュドゥエ?! リュンたそへのヘイト稼ぎに主人公と出会って最期にリュンたそを庇って死ぬ騎士団長じゃん?!

 は?!?! ドユコト?! エヴラールが平民出身とか聞いたことないけど?!

 そりゃそうだ、語られるだけの尺なんてなかったもんな!


「オディル君……?」

「お、おい、オディル……?」


 推しリュンたそ周辺の情報の少なさを改めて思い知り、崩れ落ちてしまった私をダニエルとクレールが戸惑いながらも心配してくれる。情緒不安定でごめん。


「ダニエルさん、お願いがあります」

「な、なんだよ」

「ちょっと着せ替え人形になって欲しい」

「嫌だが?」


 真顔で断られた。


「そこを、なんとか!!」

「ぜってえ! 嫌だ!!」


 わあい、ダニエルが元気になってよかったあ!

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