第27話:編み物狂騒曲
「そーいやさあ」
冬は終わりに近付き、暦の上では確実に春。けれども思い出したように寒くなる日もある今日このごろ。
クレールの手伝いで魔法薬に薬草の、使う部分だけをぷちぷちと取ってはボールに入れていく地味、かつ単調な作業をダニエルとこなしていた。ダニエルは飽きてきたのか、ちょっぴり眠そうだった。
「おまえって、編み物はやんねーよな」
「……ウ、ウン」
私はぎこちなく頷く。推しグッズを手に入れるためあれこれハンドクラフトに手を出してきた私はもちろん編み物にだって手を出していた。冬の寒い日にも推しカラーのマフラーがあれば心も体もポッカポカ、寒くなんてないよね!
当時の推しカラー二色(カラー資料がなかったのでイメージで私が決めました!)を用意し、初心者向けの教本とにらめっこして編み始めた。
完成段数は三百二十段。一日十段編めれば約一ヶ月で完成する予定で初心者にはちょうどよかったと思う。なんなら編み慣れてもっと早く完成するだろうと思っていたくらいだ。
推しカラー(想像)のマフラー完成を夢見て意気揚々と編み始めた私の考えは、しかし甘かった。メイプルシロップ、ホイップクリーム、チョコソースがけ増し増しにしてフルーツ盛り盛りのハニートーストよりも甘かった。
まずマフラーを編むのに二本一組の編み棒を選んだのだけれども、編み始めにまず躓いた。編み始めるのに編み棒一本に作り目をしなければならないのだけれど、それができなかった。本に図がついていて、分かり易い説明文もついているのにもかかわらず、だ。私の読解力がないせい、と言われればその通りだが、我ながらなぜ分からないのか意味が分からない。本当になんで。
ああでもない、こうでもない、と悩んで、こんなんじゃ一段どころか一目も編めずに挫折する! それは嫌だ、推しカラー(想像)のマフラーをするんだっ! と従兄弟殿に泣きついた。
泣きつかれて嫌そうにした従兄弟だったが、それでも一緒に悩んでくれた。二人で四苦八苦しながら作り目をして、ようやく一段目を編めるまでこぎつけた。初心者向けなので、編み方は難しいものではなかった。
教本に従い表側は表目を三目、裏目を三目と編んでいき、裏側はその逆で裏目三目、表目を三目、と編んでいくとあら不思議、縦線が入ったような模様になるのだ。
二段目までなんとか編んで、あとは同じことの繰り返しだから軽いぜ! と自分を鼓舞したが、甘かった。全トッピング乗せハニトーなど目ではなかい。
あれは六段目を編んでいたときだったか。私の編んでいたマフラーは一段の初めが表目三目で始まれば表目三目で終わり、裏目三目で始まれば裏三目で終わるものだった。しかし、私は気付いてしまった。表目三目、裏目三目と編んできたはずだったのに、なぜか最後の表目が二目しか編めないことに。
目の数を間違えてしまったか、と数えなおし、途中で四目になっているか所を発見、解いて編み直そうとして失敗。振り出しに戻る。つまりゼロからの出発。
次に一段目を編んだらまた最後が二目。途中で四目になっているか所はなかった。作り目の数が間違っていた。ゼロからの再出発。
次は三段目まで編んだらまた最後が(中略)。ゼロからの出発。
糸変えに失敗。毛糸途中で解けてしまい、直そうとして失敗。またゼロからの出発。
十段目までキター──! ヤッター! 喜んだのも束の間、次の段の編み終わりで(以下略)。
今度は目を飛ばしてしまっていた。ナンデ?! イツ?! ドウシテ?! 自分で自分が分からない。編み直そうとして(以下略)。
一週間経っても編み棒には作り目だけしかなかった。永遠のゼロ。ドウシテ……ドウシテ……。
「お前は初心者なのに完璧を目指しすぎなんだよ。売るわけじゃなし、妥協しろ、妥協」という従兄弟殿のアドバイスに従って、多少目が少なくなっていようが増えていようが、気にせずに編み進めていった。
そしてなんとか完成させたころには二ヶ月近くが経っていた。
遠目で見ればそこそこ見られたが、近くで見るものではなかった。
編む強さが一定じゃなかったので編みめは小さかったり大きかったりでガタガタしていたし、模様の乱れもよく分かった。色の段数が違っていたり、編み棒で毛糸を刺してしまったせいでケバが立ってしまった場所も多い。
マフラーを編み終えて分かったのは私、編み物が向いてねえ、だった。
練習を繰り返せば上達するはず、と教本に載っている他の編み方のマフラーに挑戦しようとしたが、やはり序盤で躓き、また従兄弟殿に泣きついた。
簡単だと書かれていたノット編み、というものに挑戦をしたのだが、なぜか難易度が跳ね上がってしまった。なんで?!
気付けば目の数は増減しているし、日付を跨いで続きを編み始めたら裏表を間違えて編んでいたし、編み直そうとすれば失敗してまたゼロから。おそらく、編み物でやる間違いは一通りやったのではないか、と思えるほどに間違えまくった。
従兄弟殿にもしみじみ「お前は器用なのに編み物はできなかったんだな」と言われてしまった。
自分でもそう思う。そもそも編み物の目が読めない、数えられない人間が編み物をやるのは無理があった。むしろなんでやろうと思った?
二本目のマフラーが編みあげられたのは三ヶ月を過ぎたころだった。出来上がりについては聞かないで欲しい。マフラーを巻いて人前に出られない程度、とは言っておこう。
私は編み物を続けるのは断念した。続けたい気持ちはあったが、マフラーに二ヶ月も三ヶ月もかけるくらいなら、襟巻きやケープを縫ったほうが早いと気付いてしまったので。以降、編み棒を触らなくなった。探せばクローゼットのどこかにあると思う。
つまり、私は編み方を覚えるほどに編み物をやってないし、苦手なのだった。
「実は編み物は苦手で……」
「へぇ」
ウウッ、ごめんよダニエル。君の首元を冷気から守れなくて。
「こ、今度……毛皮とかで襟巻きとか作ってみる……?」
「いや、いーよ別に」
にや、といじわるな顔でダニエルが笑った。うーん、かわいい。
「いっしょに編もうぜ」
「……ハイ……」
私は弱々しく、酸っぱい梅干しを食べたときの表情で返事した。
たとえ苦手なものでも、推しに誘われたなら二つ返事で参加するさ……。
***
苦手だと分かって存在を忘れていたので、編み方など覚えているはずもなく。服飾に携わっているガエタンなら編み物ができる人にも詳しいだろう、と訪ねたら「ワタシに任せて! うちの店でやりましょ!」と快諾を貰ってしまった。
ジュネ古着店の定休日に私もダニエルもクレールに快くお休みを貰えたので、私はとぼとぼと、ダニエルは心なしうきうきとお店に伺った。
「毛糸も編み棒も余ってるから手ぶらでいらっしゃい」というガエタンのお言葉に甘えて、けれどもさすがに手土産もなし、というのは気が引けて前日に焼いてしっとりいい感じになったパウンドケーキは喜んでくれた。
案の定、私は最初の最初、作り目を作る前から躓くわ、目を飛ばすわ、増やすわ、やり直しに失敗して振り出しに戻るわ、と散々だった。だってダニエルにあげるなら完璧に仕上げたいじゃん!
私がちまちまと編んではゼロに戻っている間に、ダニエルはするする、すいすいと編んでいき、半分ほども編み上げていた。
「ダニエルは編むのが上手いねえ、羨ましい」
「まあな、同じことの繰り返しだし、これくらい慣れれば誰でもでき、る……」
私の手元を見たダニエルが気まずそうに口ごもる。
ニコ……と私は微笑んだ。人間には得手不得手というものがあるんだよ、ダニエル。悲しいことにね……。
「ふふ、オディルちゃんにも苦手なものがあったのねェ~」
「ありますよ、そりゃあ……」
苦手なものがない人類なんていません!
「しょうがねぇなぁ」
ニヤニヤ笑いのダニエルが、うっっわ、めっちゃきゃわわ。スマホ、スマホどこ? 私はなんでスマホを持ってないの? スマホがあったら連写してたのに。スマホを開発しようか、いやさすがに無理だわ。
「服をけっこー作ってもらってるからな。冬物はおれが編んでやるよ」
「アッ、アリガトウ……トテモ、ウレシイ……」
「もう冬も終わりだけどなー」
ダニエルは私の返事がまんざらでもないようで、表情を緩めたまま続きを編み始めた。その手指の動きはよどみない。もしかしたらダニエルは一日でマフラーを編めてしまう、編み物の申し子なのかもしれなかった。
「……大丈夫、オディルちゃん」
「アッ、ハイ、ダイジョバ、ナイ」
「お茶、淹れてくるわね……」
この日、推しのデレを致死量浴びた私のマフラーは結局、ゼロ段のままだった。
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