第26話:色替え薬

「みなさまご心配おかけしましたー! オディル、完全復活です!」


 イェーイ! 熱も下がって、みんなからもらったお見舞いのお米とか、ジャムとか、腸詰めを食らって、無事体力も回復!

 快気祝いに配るお菓子はどんなものがいいかバジルさんに相談したら「病み上がりがそんな気を回さんでもよろしい!」とチョップをいただいた。

 なるほど。これはつまり「お見舞いをくれた人達全員が気に入るお菓子を用意するのは無理だから気にするな」と。そういうことですね? 

 じゃあ顔見せついでに駄弁って元気アピールして、有用なワンポイント現代日本知識でも置いとくかあ。

 なんてことをしながら快気報告行脚をしたらバジルさんに「素敵な営業をありがとう。おかげで忙しくて忙しくて震えてるよ、元凶オディルさん」と両肩を掴まれて感謝されちゃった。泣くほど喜んでくれて嬉しいんだぜ。

 バジルさんの忙しさではないにせよ、私もそれなりに忙しくせっせと金儲けをしていたある日、山積みになった情報屋以外の業務に忙殺されてうっすら隈のできたバジルさんからルモワーニュ家の続報を聞いた。

 ルモワーニュ家が秘密裏に『黒い長髪、赤い眼の少女』を探しているという。

 リュンたそ……みたいな容姿の子どもを探している……?


「一昨年くらいから稀に目撃される十代後半の少女で、侍女を連れている。身なりからして裕福な家の出、馬車を使わず徒歩で街中にいたからおそらくは豪商だろう、とのことで……。俺にも調査依頼がきた。

 で、侍女の特徴がおまえにドンピシャなんだが」

「ええ~? 本当にござるかあ~?」

「青みがかった銀の髪に眼をした儚げ系侍女っておまえくらいなんだよな~」


 こんなにも元気に溢れた私が儚げ系……? アハハ、ナイナイ。


「おまえは黙ってじっとしてれば儚げ系美少女だから。じっとして黙ってれば。じっとして黙ってれば」


 大事なことなので三回言います、ってか。

 自分としてはそこまで儚げとは思えないけどナー。

 あ。でも夜中に鉢合わせたダニエルにオバケと間違われてパンチをもらったことはある。


「一昨年からダニエルとおめかしして出かけることがあっただろ。街中で一瞬噂になって、じわーっと広がって、最近ルモワーニュ家当主の耳に入ったみたいだな」

「本当に今頃だナー」


 たしかに初めてダニエルにカツラをつけてもらっておめかしして、ジャンダニスチルを拝ませていただいた以降も何度かジャンダニスチルを追加するためにおめかししてもらってますけれども。うーむ。そろそろ新しいスチルを獲得しようと思ってたのに。


「ルモワーニュ家って評判悪いですよね?」

「おう、悪い。どこがどう悪いか聞くか?」

「いえ、いいです」


 だいたいわかるし。ゲームでもリュンたそのことをきっかけにルモワーニュ家の不正やらなにやらが追求されてお家断絶してた。

 そんな悪の巣窟みたいな家にダニエルを見つけさせる訳にはいくまい。ジャンダニスチルは当分おあずけか……。ガッデム。


「しっかし、なんでダニエルを探してるんですかね」


 ドンッ、ジャラ!

 この世界って硬貨しかないからたくさん集めると重いんだよね。


「もちろん調べるからそのじゃらじゃら音のする皮袋さいふはしまいなさい。いい子だから、はやく」

「ウィッス。ダニエルが見つからないように対策しないとなー」


 クレールさんに相談しよう、そうしよう。


***


「というわけで、ダニエル。変装しよっか」

「…………」

「久しぶりに見たな、ダニエルの死んだ眼」

「どうせ変装するならかわいい服を着ようよ」

「狙われてるのはお嬢様なので、ふわひらはNGです。ごめんね」


 テーブルの上に並ぶ瓶の数々はクレールさん特製の変身薬だ。姿形を丸ごと変えるものではなく、髪と瞳の色を変える、クレールさん曰くお手軽色変え薬。赤、青、黄などなど、いろいろ用意してある。色だけに。

 なお、私とダニエルの髪色は抜いてある。


「ここらでいっちょ金髪碧眼になってみない? きっと似合うよ、ダニエル」

「僕とお揃いの緑の髪なんてどう?」

「ダニエルならピンクなんてのも似合うんじゃね?」


 色とりどりの瓶を片手に、好き勝手言う私達をダニエルが胡散臭いものを見る冷めた眼で見つめる。


「おまえらテキトーこくんじゃねぇ。目立ったら変装の意味がねーだろ。茶色でいいよ、茶色で。地味だし」

「え~、どうせなら冒険しようよ。せっかくクレールがこんなにたくさんの色を作ってくれたんだし」

「真っ先に茶色にしたやつがなに言ってんだ」

「えっ、私とおそろっちがいい……ってコト? ッフゥー! デレいただきましたァー! アザーッス!」

「ちげえわ!」


 私がダニエルにしばかれている横でクレールさんとバジルさんは商談していた。


「髪と眼の色を変えるだけだよ? そんなに需要があるの?」

「あるある。祭りとかのハレの日とか、劇団員とか、お貴族様とかに」

「珍しい素材を使うからわりと高価になっちゃったのに?」


 そんな高価なモンを養い子二人に用意してたんかい。

 私とダニエルはそっと薬瓶をテーブルに戻した。お、おいくら?


「高価でもお貴族様はポンと出す。なぜならお貴族様にとっては端金だから」

「ふーん、そういうものなんだ」

「そうそう、そういうもん。はい、こちらが契約書になります。全文ご確認のうえご署名ください」

「はいはい。最近の君はめっきり商人だねえ」

「おかげ様で」


 くじ引きで緑色の髪と空色の眼になったダニエルはクレールとおそろの師弟コーデになった。どこからどう見ても美青年&美少年師弟です。どうもありがとうございます。


「……ハッ! ダニエルに髪と眼の色を変えてもらえば、他の推しのコスプレを完璧にしてもらえるってことでは?!」

「何言ってるかわかんねーけど、ろくでもねーことだけは分かる。やめろ」

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