第25話:しょっぱいおかゆ

 死んでからのリュンたそ探索計画を立てながら微睡んでいた。

 熱で朦朧としているときにそんなもん立てるな、と言いたい。けれども、熱にやられているからこその計画でもあった。我ながら馬鹿馬鹿しい計画だったけれど。

 ふと人の気配を感じて目を覚ました。

 いつもと変わらない、少しばかり薄汚れた天井がまず視界に入った。天井から視線を動かすと、ベッド横に可愛らしい淑女が座っていた。

 鮮やかな、朝どり苺のように瑞々しい赤の瞳、艶やかで長い黒髪をしたその人は、私がリュンたそのために丹精込めて作り上げた紫色のドレスを着こなして、令嬢然とした、やさしい微笑みをその顔に湛えていた。


「起きたのですね、オディル。気分はどうですか? お腹は減っていますか? あなたの好きなお米で作ったお粥がありますよ」

「……りゅんたそ」

「ええ、あなたの大好きなリュディヴィーヌですよ」

「はそんなやさしいこといわないし、わたしにわらいかけたりもしないんだなあ」


 なぜならリュンたそは悪役令嬢なので。やさしい微笑みスチルなんてなかった。背景も笑顔もドス黒いスチルならあったけど。

 にっこりとやさしげに笑っていたリュディヴィーヌに見えるダニエルは、盛大に顔を歪めて舌打ちした。


「……おまえ、よくそんなやつを好きになったな」

「ようしが……どんぴしゃ……」

「そーかよ」


 ケッ! とダニエルがかつらを取って、行儀悪く座り直した。たったそれだけで、もう令嬢には見えなくなる。うん、ダニエルはこうでないと。


「クレールもバジルも心配してるし、これ、見ろよ」


 ダニエルが親指で示したベッドサイドのチェストの上には所狭しと物が置かれていた。花やぬいぐるみなど、お見舞いの品見本市のようだ。春が近いとはいえ、花なんてよく手に入ったな? とマジマジ見ると、どうやら造花のようだ。


「全部、おまえに世話になったとかってやつらが持ってきたんだぞ」

「みんなが……。すごいりょうだねえ……」


 ふりふりドレスを着ている人形はガエタンだろうか。金属でできた馬の置物はグソーカラクリ製作所に違いない。そのほかの造花と、カード類はベッドからではどれが誰のものか判別がつかなかった。


「冬だから大体造花を持ってくんだよ。枯れねえから、正直困る」


 デスヨネー。

 お気持ちだけいただいて、捨て……るのはもったいないから再利用できないだろうか。布で作られている花だから、服やバッグに縫い付けるのはどうだろう。


「あとはカードとか。おまえが作った植物紙で作ったカードを送るのが流行ってんだとさ」

「へえ……」


 お返しに礼状を書いたほうがよさそう。書いた手紙を鶴にして贈ろうか。


「いくらおれらが大丈夫だから持ってくんなって言っても聞きゃしねえ。だから、おまえが寝込んだままだと物がいっぱいになっちまうんだよ」

「……うん、そうかも」

「おまえのやってた雑用が全部おれに回ってくるし」

「……うん、ごめん」

「着たくもないドレスを着てやったんだから、とっとと元気になりやがれ」


 照れているのがまるわかりの赤い顔をそらして、ダニエルはそっけなく言った。

 うーむ、素直じゃない。でもかわいい。今度ジャンと語り明かそう。


「……うん。ありがとう、ダニエル。ちゃんと元気になるよ」


 未練たらたらで死んだ後悔と、知らない世界に生まれ変わった恐怖を見ないようにするためにも一心不乱に考えていた最大の推し、リュンたそが……死んでしまっていたのは、それはもうショックだった。

 生きてきた意味がいきなりなくなってしまったのだ。その場でショック死しなかっただけ褒めていただきたい。

 でも、自分のため、推しのためにやってきたことが他の人のためにもなっていた。

 求められている気がした。この異世界せかいにいてもいいぞ、と言ってもらえた気分だ。

 うんまあ、許可がなくたって、推しダニエルに元気になれと言われたからには図太く居座るつもりですけれども。


「米の粥だって、イーヴが見舞いで持ってきた米で作ったし、おまえが米を育てるように頼んだおっさんは、米で作ったパンを持ってきてくれたんだぞ。美味かった」

「こめぱん……。いいな……わたしもたべたかった……」

「バジルがしゃしゃって、パン屋に売り込むって張り切ってたから、そのうちいつでも食べられるようになるだろ」

「……うん」


 そのうちなんて言ってられない。熱が引いて、ベッドから起きて、動けるようになったら米農家さんに作ってくれるようにねだりにいこう。木工工房に頼んだ草取り機がもうできてるだろうから、それを贈りがてらなら快く作ってくれるはず。

 食べ物のことを考えたからか、すぐそばにお粥があるせいなのか。空腹を感じた。ひどく久しぶりな気がする。


「おかゆ、食べるね」

「おう」


 ダニエルは私を介助して、お粥を食べ易いよう背中にクッションを入れて、ベッドのヘッドボードにもたれさせてくれた。

 ほかほかと温かいお粥を口に運ぶ。美味しかった。


「三日間、ぜんぜん固形物が食えてなかったんだから、ゆっくり食えよ」

「うん」


 塩っけがあって美味しい。玉子粥も美味しいけど、お米と塩だけのお粥も美味しい。


「……おいしいよ、ダニエル」

「おれが作ったんだから当然だろ」

「うん。すごく美味しい……」


 ずびずびと鼻が鳴る。

 ダニエルはまたそっぽを向いて、私の涙を見ないふりをしてくれた。

 久しぶりにたべるお粥はあたたくて、ちょっとしょっぱかったけど、完食した。

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