第22話:思えば遠くに~薬屋クレール~

 クレールは作り終えた薬を瓶に詰め替え、封をした。

 薬の材料はもちろん有能な従業員のオディルが集めてくれていたもので、作った薬は熱を下げ、落ちた体力が無理なく戻せるよう調整したものだ。

 オディルは三日前から熱を出して寝込んでいる。

 バジルとの話し合いから帰ってきてから、いつもより元気がないと心配していたが、その翌日からベッドから起きてこられないほどの熱を出した。

 本人が「気にしないで」「すぐに治る」と言っていたから、やきもきしながらも様子を見ていたものの、熱は下がらず、体力も消耗している。しかし体力より気力の衰えのほうが深刻なのは明白で、彼女は生きる気力を無くしているようだった。いつでも活力に満ちていたオディルは見る影もない。

 どうして元気を失くしてしまったのか、バジルに聞けばいると思っていたリュディヴィーヌという人物がいなかったのが原因らしい。

 オディルがわずか三日であそこまで憔悴してしまうなんて、『森の魔女』にとっての森を失ったのと同じくらいのショックを受けたに違いない。

 『森の魔女』であった先代から森を継いで『森の魔女』となったクレールは、しかし、森を失った。

 先代が呆れ果てるほど薬草探しを苦手としていたクレールがそれでも『森の魔女』を継げたのは、慣れ親しんだ森のいつ、どこに薬草が生えるかを詳細に教えてもらい、長い年月をかけて覚えたからだ。受け継いだ森は文字通りクレールの庭だった。

 だから命からがら逃げた先の王都周辺の森にどれだけ多種多様な薬草が生えていても、クレールは取りに行けなかった。案内なしに知らない森を歩いてはならない、と先代から口を酸っぱくして言われていたのだ。クレールだとて、迷った挙句に野垂れ死ぬと分かっている場所に行くほど無謀ではない。

 だから、森を焼失させられて、途方にくれるしかなかった。死を考えたこともあった。生きていく場所とすべを奪われてなお生きる意思を持ち続けるのは難しかったのだ。

 それでも自分が今生きているのは死ぬのが怖かったからだが──オディルには生きていく場所と術がある。けれど、生きる意思が薄弱になっているうえ、おそらく彼女は死を恐れていない。

 なにもしなければ、きっと衰弱するに任せて死ぬだろう。

 薬草を探すのがうまくて、一日三食に加えおやつまで作ってくれる有能な従業員を失うわけにはいかない。オディルのいない生活など、もう考えられないのだ。

 ──しかし悲しいかな、どうすればオディルが生きる気力を取り戻してくれるのか、さっぱりわからない。ともかくも今は体のほうをこれ以上弱らせないようにするしかない。

 オディルを看病してくれているダニエルに薬を渡すために調合部屋を出たクレールは焼け出されたころのように、深く、重いため息をついた。

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