第21話:ショックすぎて熱を出した

 情報屋は非常に有能な情報屋だ。

 ちょこっとお金を積むだけでジャル学の攻略キャラたちのことがすぐ分かった。

 従兄弟殿の推し、フロラン・アルドワンは元気わんこ系クラスメイトキャラらしく使用人に大人気らしい。

 みんな大好き、みんなの兄貴。アリスティド・デュパルクは騎士団に入るべく日夜訓練に励んでいるそうな。

 ウスターシュ・リファールとエドガー・リファールの王子兄弟はとうぜん、王族として教育を受けている。

 部活の先輩で、陰気キャラのレナルド・モーリアは魔術にのめり込んでいるという。

 用務員で年上要員のクレマン・ブラントームはクレールと知り合いなので、お使いを頼まれたときに会った。気はやさしくて力持ちを体現した熊さん系筋肉だった。

 主人公のポーラ・ジオノはジャルダン学園に入学するため勉学に励んでいるようだ。

 ジャル学の主人公と攻略対象たちは存在しているのだから、この世界はジャル学の世界で間違いない。

 けれど、リュディヴィーヌ・ルモワーニュは存在しなかった。


「ルモワーニュ家にリュディヴィーヌという娘はいたにはいたんだが……生まれてすぐ死んでる。首も座らないうちだったそうだ。奥方も産後の肥立ちが悪いのと、赤子が死んだのがショックで、亡くなってるな。あそこの当主は今現在独身で──」


 続く情報屋の報告は私の耳に間違いなく届いてはいたが、まったく理解ができなかった。

 ジャル学の登場キャラである薬屋クレールに会えたのだから、当然、他の登場キャラもいるだろう、と思っていた。

 情報屋に頼めば攻略キャラ全員の情報がすぐ手に入った。だから、私のいるこの世界がジャル学世界なんだと確信を持てた。

 だから、だから。

 リュディヴィーヌ・ルモワーニュが存在しないなんて、死んでしまっていたなんて、思ってもみなかったのだ。


※※※


 ルモワーニュ家の調査結果を教えてくれる情報屋には申し訳ないが、音声は耳に入っても右から左へと抜け出ていった。

 正直なところ、情報屋と何を話したのか、そのあとどうやって薬屋の自室に戻ってきたかも覚えていない。いよいよリュンたその情報を聞く日なのだから、と気合を入れてやらなきゃならないことは全て終わらせてから挑んだから良かったけれど。

 リュンたそがこの世に存在しないなんて、そんなことある? 嘘でしょ?

 それじゃ、私は、いったい、なんのためにここにいるの? リュンたそがいないのに私の存在ってこの世界に要る?

 なんてことを悶々と悩みながら寝たせいか、翌日の私は熱を出して寝込むことになった。

 おおう、マジか。オディルびっくり。

 野性味が溢れに溢れた元孤児なだけあって、体だけは頑丈だった私もカゼって引くんだあ。孤児仲間のダニエルも驚いてたし、はやく治さないとなあ。クレールもうるさ……心配してくれてるわけだし。はやく治さないと……。

 そうして、朝から起き上がれないままとろとろと眠っていると、夢を見た。

 リュンたその夢だ。

 ジャル学をプレイして出てくるスチルの隅々まで目を皿のようにして探し出した、隅にひっそりと描かれているリュンたそ。

 主人公を目の敵にして貴族らしい語彙力でキレのある皮肉を言うリュンたそ。

 分厚い設定資料集のうち、一ページに収められたリュンたその立ち絵とその差分とそれからラフ。

 リュンたそのエピソードはないかと、わずかな望みにかけて、ファンディスクのエピソードを百パーセントにするため従兄弟殿とあーでもないこーでもないと話し合った日々が懐かしかった。

 いきなり終わってしまった自分の人生。もう戻れない慣れ親しんだ世界。それを認めるのが怖くて、リュンたそに会うことだけ、救うことだけしか考えないようにしていた。

 そうすれば異世界に来てしまった恐怖を忘れることができたから。

 帰りたくても帰れない。庇護してくれる存在のない孤児だ、未来の展望は見えず不安しかなかった。

 それでも、リュディヴィーヌがいると思えば地を這ってでも生きようと思えた。怖くても、不安でも、リュディヴィーヌを救えるのは自分だけだと思い込んだ。

 リュディヴィーヌのために生きてきたのに。リュディヴィーヌのためにいろいろ作ってきたのに。用意してきたのに。準備してきたのに。

 それらは全部、全部無駄だった。

 リュンたそがいないなんて耐えられない。

 今どこにいるの? リュンたそがいる場所へ行きたい。

 とうとう尽きた空元気を補充できるわけもなく、マイナス思考がどんどんと溢れてくる。

 このまま熱に任せて死んでみようか。そうすればリュンたそと同じ場所に行けるかもしれない。

 魂だけになったら、この世にどこにいても、どんな姿になっていても、必ずリュンたそを探し出してみせる。

 だから、リュンたそ。もし会えたらはじめましてくらい言うのを許してほしい。

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