第19話:稲作万歳

「今日の夕飯はなんにしようかな……」

「俺はこの前のトンカツが卵とじがいいな!」

「それは一昨日やったばっかりでしょ、おじいちゃん」

「まだお兄さんだが?!」


 それにトンカツを作るならカツ丼にしたい。

 それには米。やはり米。日本人のソウルフードが足りない。米米米。米ーッ!

 午前に薬草を採り終えてしまい、家事やら推し活やらを済ませた午後、早めの買い出しに出ていた。

 お供はいつもの情報屋。情報屋はガッツリした料理が好きなようだ。

 一昨日の昼に作ったトンカツ卵とじはパンと合わせても美味しかったけれど、私は米が食べたい。米米米、やはり米。

 しかしここは中世ヨーロッパ風のゲーム世界。米なんてどこにも……。

 ため息を吐いた私の脳裏にやり込んだジャル学知識が浮かび上がった。米、あるよ!

 ジャル学世界にもカツ丼あったもん! 親子丼あったもん! 料理の材料欄に米があったもん! ぃやっほーう!!


「バジルさん、お米を売ってるお店がどこにあるか知ってますか?!」

「うお、いきなりどうした。オコメェ……? 東の国から輸入してるって穀物がそんな名前だったな」

「それです、それ! さすがバジルさん! そのお米はどこで売ってます?!」

「落ち着け、揺さぶるな、たらふく食った昼飯が出ちま、うおぇっ、らめぇ……っ」

「吐くならドブで吐いてきてくださいね?」

「誰が吐くかもったいない! ッフゥー……。

 商店街のモルコ商店だ。あそこの末っ子が変わりモンなんだが、末っ子だからかめちゃめちゃかわいがられてて、家族は二つ返事で言うことを聞いちまうらしい。その末っ子の薦めでいろいろ珍しい商品を扱い始めたんだと」

「へえー、商店街のどこですかそのモルコ商店は」

「待て待て待て、落ち着け、どこかも分からないのに俺を引っ張って行こうとするな」


 散歩の我慢でできない犬のように前のめりになった私の襟首を掴んで情報屋が制止する。はよ場所を教えてくれ、はよはよ! ウーワンワン!


「ドウドウ、大型犬の子犬のほうがまだ御しやすいんじゃないのか、これ……」

「失礼な。言葉が通じるだけ私のほうが扱いやすいに決まってるじゃないですか」

「胸を張って言うことか、それ。世の中、言葉が通じても会話できないってこともあるんだな……」


 つれて行ってもらったモルコ商店は予想よりもずっと立派な店構えをしていた。

 商店街にある店、といっても日本の、昭和にありがちなアーケードの小さな店舗の集まりではなく、文字通り商店が集まった街の一角にそのモルコ商店はあった。こ、これ外国の土産物店通りみたいな感じ……?


「あの、バジルさん。このお店、ドレスコードとかあるお店です……?」

「んー、ないぞ。表向きは」

「暗黙の了解で貧乏人は入れないやつ」

「正解。最近はそうでもないって話だが」


 モルコ商店は石造りで、看板は大きくモルコ商店と店名と店のマークらしきものが書かれている。店名が書かれているというのは、この世界では富裕層向けの店だったりする。

 識字率が低いらしいこの世界では平民以下はほとんど文字の読み書きができない。読み書きができるイコール、教育に裂ける金銭の余裕がある富裕層、つまりはお貴族様になるらしかった。

 ジャル学の主人公のポーラは平民出身だが、実は母親が公爵家の出身で、その母から教育を受けたために字の読み書きができた。だから魔術が使えたとはいえジャルダン学園にあっさり入学できたのだった。主人公が入学できないとゲームが始まらないもんね。


「着替えて出直したほうがいいかなあ……」

「かもな」


 平民丸出しの服装の二人じゃ入れてもらえないだろう。この世界の平民はお金がないので。泥棒呼ばわりとか嫌だし。

 ふわひらしたドレスは古着屋に売るつもりで手直ししたのが何着かある。でも動きづらいんだよな。布をたくさん使ってるから重いし。重くて動きづらい服を着て薬屋からここまで歩きかー。ヤだなー。


「お貴族様が馬車を使うわけだ……」

「そうだな。どうする、戻るか?」

「うーん」


 確実に米を手に入れるためには着替えたほうがいいに決まってる。しかし、戻って着替えて重たい服を着て肉体鍛錬さながらの徒歩で、となると少し迷ってしまう。

 どうしたものか、考えても仕方ない。米のために戻って着替えてくるか、ときびすを返しかけた私に店から出てきた小僧さんが声をかけてきた。ちりとりと箒を持った同い年くらいの、まあまあかわいらしい少年だ。ダニエルのほうがかわいいけど。


「こんにちは、いらっしゃいませ! 当店にご用ですか?」

「こんにちは、ここでお米を扱ってると聞いて……」

「はい、お米ですね。少量ですが取り扱ってございますよ。どうぞ見ていってください!」

「ど、どうも……」


 にこにこーと人懐こい顔で小僧さんが店のドアを開ける。高給そうなドアベルが私たちを迎えてくれた。い、いいの? 入っちゃって……。

 ちょっぴり怖気付く私に情報屋が耳打ちする。


「この少年が変わり者の末っ子だよ」


 なるほど、かわいがられている末っ子君の案内ならば文句を言われることもないだろう。私と情報屋は継ぎ接ぎあてこのある普段着でモルコ商店に入っていった。場違い感すごーい。


「こちらがお米です。小麦粉のようにこの薄茶色の殻を取ってから食べるんですけれど、この国の人たちには馴染みが薄いからあまり売れなくて……。美味しいんですけどね」


 僕も何度か食べてるんですよ、とはにかむ末っ子君には悪いが、私はほとんど聞き流していた。なぜならそのときの意識は目の前の、脱穀する前の米、もみに奪われていたからだ。

 籾があるということは、それはつまり稲作ができるということ。幸い、王都回りは水が豊富だ。川があり、湿地も多い。薬草採りにあちこちの森をめぐってるんでな! 水はけが悪い、小麦を作る畑には向かないから小麦やめたい、と農夫のオッサンが愚痴ってるのも聞いていた。

 これは! できる、できるでぇ! 稲作が!

 ありがとう、稲作を毎年本気で取り込んでる某アイドル! おかげで農家出身でなくても異世界で稲作ができます!

 脱穀機やらはおいおい買いそろえるとして、この籾はいったいおいくら?! 値段を見た私は眼をこすって二度見した。


「十キロ百ティノ……?」


 嘘……だろ……? 脱穀してないからってこの値段は嘘だろ……?


「お安いでしょう? 輸入品なんですけど、加工前なのでお安いんです。あとは、……本当に売れなくて……。もうほとんど僕が食べるためだけに仕入れてもらってるようなものです。でもさすがに僕一人じゃ食べきれないですから。賞味期限が心配ですし、値段はどんどん下げているですけど……」

「買います。現金キャッシュで」

「わあ、ありがとうございます!」


 私の脳内は大騒ぎだった。

 まずは小麦をやめたいと愚痴ってた農夫のおじさんに畑を貸してもらって、温室を作って、人を雇って……と忙しく思考していく。


「お、おい、オディル……? オディルさーん? 十キロなんて、そんなにいっぺんに買わなくても……」

「バジルさん、あとで事業計画を提出するので手配をお願いしますね!」

「お、おう……?」


 これで稲作ができれば輸入を待たなくても好きなときに米が食べられるぜ! ありがとうT〇KI〇!!


「お買い上げありがとうございます。お客様、その事業というのはどういったものを構想なさっているんですか?」

「稲作計画です!」

「稲作……! その事業、僕も噛ませていただいても? 僕のできる限りで支援させてください」

「もちろんですよ、どうぞどうぞ」

「ありがとうございます」


 この日私は新たなビジネスパートナーを得た。モルコ商店の末っ子のイーヴ・モルコ少年だ。

 イーヴはかゆいところに手の届くやり手の商人で、推し活が捗るようになったのだが、そのせいで暴走しがちになった(らしい)私の手綱の制御に情報屋は苦労するようになったそうな。

 酔っ払った本人から愚痴られた。テヘペロ。ごめんて。

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