第18話:昔取った杵柄がうなるぜ
『ジュネ古着店』のお得意様のパジャマを作ってから、そのお得意様から依頼が入るようになった。
パジャマの追加注文だったり、普段着だったり、とけっこう稼がせてもらった。金払いの良いお客様様である。お得意さんの友達からも依頼が入ったり、と足踏みミシンが大活躍中。クレールには裁縫部屋まで作ってもらっちゃって、頭が上がらないぜ。
今日はジュネ古着店の店主のガエタンと布屋に来ている。私がリュンたそやダニエルに服を作るなら自分で布を選べばいいが、依頼人の姿や好みを知っているのはガエタンなので、お客様の布選びには毎回付き合ってもらっている。
布も扱おうかしらァ~、と言っているガエタンだが、扱うには店の広さが足りないんじゃないだろうか。それとも古着のスペースを縮小するとか?
お得意様のパジャマと、そのお友達のパジャマの布をガエタンが選んでいると間、私は店の中を見てまわっていた。布屋なのでもちろんたくさんの布があるが、絹は店の奥にでもしまわれているのか、値札だけしか見当たらない。私が見るのは木綿や麻とかなんだけど。
白い布を買って欲しい紫色に染め上げようかなあ、なんて思いながら布の切れ端なんかが安く売られていたので覗く。リュンたその人形を作ってその子に着せるのもアリだな!
そんな気持ちで端切れコーナーを物色していたそのとき、私は運命に出会った。
深い紫色の地に、赤と黒の蝶が舞っている布地に出会ってしまった。
は? もうこれリュンたそカラーじゃん。リュンたそ布じゃん。リュンたそ以外に似合うワケなくない? リュンたそのために作られた布じゃん。
私はそっとリュンたそのための布を持ち上げた。ずしりとしたその重さは端切れではない。
値札は千と書かれていたものに斜線が引かれ、五百になっていた。ハア? こんなにリュンたそにふさわしい布が五百ティノ? 安すぎやしないか? ふざけてんの? 買いまァす!
「こ、こここれください!!」
「はいよ、……おや。お嬢さん、こんなの買うのかい?」
こんなのだとお?! この反物の貴重さがわからんのかあ?! 布屋テメェこのヤロウ!
いろんな
「東国からの旅人から値打ち物だと言われて買ったんだけどねえ。長さはあっても幅が足らないだろう? いつまで経っても売れなくて困ってたんだ。買ってくれるならありがたいよ、値引きしてあげよう」
そうしてリュンたそカラーの反物は三百ティノになってしまった。お財布にやさしい……。襦袢用に買った布のほうが高いんですわあ……。
血涙を流せるなら流していただろう。しかし私は何も言わずに料金を支払った。待ってて反物。君を素晴らしい着物に仕立てて見せる……!
何を隠そう、やあやあ我こそは時代モノにハマっていたとき推しにぴったりの反物を見つけてしまい、どうしても自分で作った着物を着てほしくなり和裁教室に通って着物制作技術を会得した侍なり!
和裁は基本ミシンを使わないと知ったときは驚いたものだ。推しの着物を作り上げたときに先生にどうせなら和裁技能士の資格取ったらどう? と勧められたのもいい思い出。「いえいえ趣味なんで」と断ったら「趣味でここまで……?」って引かれたっけ。解せぬ。
そりゃあ趣味で振袖を縫えるようになる人間は少ないかもしれないが。作った着物は推しのコスプレしてるレイヤーさんに着てもらってツーショット写真も取りました。イェーイ。その方にはリュンたそのドレスも着てもらった。その節はありがとうございました。
依頼品の普段着を納品してから、私はさっそく着物の制作に取り掛かった。リュンたそとはまだ出会っていないので、反物はすべて使い成長とともに丈を長くできるようにして、ダニエルに着てもらう予定だ。
そして奮闘すること数日、いよいよ着物ができあがった。しかし帯がない。しまった! 帯のようになる堅めの布を探さなくては。しかしそんな布がどこに売っているというのか。
悩みながら私はガエタンにつれられてまた布屋に来ていた。また依頼が入ったのだ。好評でなによりである。
厚手の布を重ねればいいのかな……、なんて思っていれば布屋が声をかけてきた。
「この間、東国の布を買ってくれたお嬢さんだろう? 実はあれといっしょに買い取った布があることを思い出してね、どうだい、買わんかね」
布屋の店主が出してきたのは帯に使えそうな反物だった。というか、これ帯だろ。帯反物もあったんかーい。
「この布はこの前の布といっしょで長いだけで幅が足りないし、柄はきれいだけど固すぎて服には使えないしね、しまい込んですっかり忘れてたよ」
なんて言ってる場合か布屋。刺繍も色もきれいだろが。これが価値観の違いってヤツか……?!
「この前と同じで三百ティノでいいよ、どうだい?」
リュンたそカラー反物と帯がそんな安値で言い訳ないやろがいっ! とちゃぶ台をひっくり返したかったが、ここにちゃぶ台はない。私は黙って三百ティノを支払った。
「この前の布でいったい何が作れるんだい? もし完成したなら見せておくれ」
おうよ。帯が完成したら見せにきてやんよ。ダニエルに土下座して着付けさせてもらってなあ!
私はかたく誓ってどうせならダニエルの浴衣も作ろうと薄手の布も買った。染料で花とか蝶とか描こうかな。振袖用の簪も作るか。
その後、浴衣はダニエルに着やすいと高評価をもらい、彼女の寝間着に昇格したのだが、振袖のほうは着づらい、窮屈、動きづらい、と残念ながら
布屋に振袖を見せようとダニエルに土下座して着付けさせてもらったら、情報屋に止められた。ナンデ?
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