第17話:オーダーメイド
ミシンが欲しい。パジャマ制作の依頼を受けた私はそう思った。足踏みミシンが欲しい。
ほら、小学校で国語の教科書に出てきたコスモスの花をひとつだけだよとお父さんにもらった女の子のお母さんが最後のシーンあたりで踏んでたあれだよ。ちなみに英語に直すと縫製機械の機械が残った状態だそうだよ、ミシン! 日本語圏内でしか通じないね。
今の私は手縫いでちまちま縫っているわけだけれど、それは手直しだからめんどうに感じないだけで、丸々一着を縫うとなると……ねぇ?
そんな訳でいつも通り情報屋に相談してミシンを売っているお店に連れてきてもらったわけだが。
「全部魔導縫製機ですね……」
「そりゃあなあ」
店に飾ってある商品は形こそ現代のミシンに近い感じのものだったけれど、コンセントなんてもちろんない。動力は全て魔力だ。つまり魔力のない私には動かせない。
「全人類が魔力を持ってると思うなよ……」
こうなったら足踏みミシンを作るしかないのか? いやでもどうやって?
「どっかに足踏みミシン落ちてないかな……」
「アシブミミシン?」
「えーと、動力が魔力じゃなくて、足でペダルを踏んで人力で動かすミシンです」
「……よくわからんが、魔力を使わない魔導縫製機か」
魔力を使わないんだから、ただの縫製機だよ。しかし、魔力を使える人間が溢れかえっているこの世界でそんなうまい話が落ちてるわけ……。
「心当たりがあるな」
「マジっすか!」
落ちてた! イヤッホー――!
情報屋が案内してくれた店には大きく『カラクリ』、小さく『鍛冶』と書かれた看板がかかっている。カラクリはどんなものかわからないが、鍛冶屋がミシンを作っているのだろうか。
「頭領、邪魔するぜ」
「ン? ああ、情報屋か。そっちの嬢ちゃんは……もしや、客か?!」
「んー、いや、どうだろ」
「なんじゃい、違うんかい」
しおしおと座るおじさんに見間違えそうなほど逞しい体付きのおばさんはこの鍛冶屋の店主らしい。ずんぐりむっくりした体躯、三つ編みされたみごとな髭を見るに、指輪を捨てに旅に出る物語に出てくるドワーフ、といった風情だった。
そんな店主とは違って、ひょろりとした青年が店の奥から出てきた。ちゃんと標準体重はありそうなのだが、店主を見たあとだと、気弱そうな表情と相まってひょろりと印象を受けてしまうのだった。
「いらっしゃいませ、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
もらったお茶をのみながら店内を見回すと、何に使うのか分からない歯車やら、ネジやらが吊るしてあったり置いてあったりで、ごちゃごちゃとした印象を受けた。鍛冶といえば刀や剣の刃物が思い浮かぶ私としては、かなり不思議な光景だった。
「ここは鍛冶屋でも刃物を扱ってないんですね」
「あ、はい。そうなんです。ええと、
「いえ、ぜんぜん」
「え、ええと。
そう言って青年は小さなネジ付きの人形のネジを回した。ネジを巻かれた人形はジィー、と小さな音を立ててぎこちなく机の上を歩いていく。
「こうやって魔力を動力源にせず動かすものを
「へえー、そうなんですね」
魔力のない人間にもやさしそうな店だ。
「今も魔力を込めた魔石を動力にした人形なんかはありますよ。そちらは魔導
青年が誇らしげに胸を張ってそう言った。そうして肩を落とす。
「……魔導機巧の依頼ばっかりですけど」
なるほどあまり流行ってはいないようだ。しかし王都唯一のカラクリ工房であるなら魔導じゃない縫製機械を作ってもらえるんじゃないか? 期待しちゃうなあ、と情報屋と話し込んでいる店主のほうに顔を向けた。
「おまえさん、魔力を使わねえ縫製機械が欲しいって?」
「ヒョエッ」
「お師匠様、近すぎですって! 離れて、お客さんが驚いてますっ!」
「どうなんでぇ、欲しいのか?」
「は、はい、欲しいです。私は魔力がないんで……」
「情報屋の話じゃ具体的な構想があるらしいな? 全部吐きな」
「う、ういっす」
「お師匠様、離れて! 訴えられたら捕まっちゃいますよ!」
青年の制止などまったく聞かない店主は鼻息荒くうるせえ! と犬、というよりは熊のように体を震わせた。その拍子に肘鉄が青年の顎にクリーンヒットする。痛そう。
さて、足踏みミシンの構造を聞かれて、単なる社畜だった現代人に答えられるだろうか。
実はちょっとだけ答えられる。なぜなら私はジャル学の二次創作をしたことがあるから。
リュンたそに似合うドレスを作るために奮闘するモブ服飾職人目線の小説を書いたのだが、中世ヨーロッパが舞台のジャル学に果たしてミシンがあるのか? と気になってしまい調べたのだ。だって手縫いかミシンかで表現の仕方が変わってくるじゃん?! とはいえインターネッツでささっと調べたくらいだけども。
結局、手縫いのほうが職人ぽいかなって、手縫いの職人にしたからミシンについて調べたのはまるっと
覚えていたミシンについての知識を洗いざらい吐くと、店主は興奮した様子で店の奥へ走っていってしまう。青年がコメツキバッタのように腰を折って何度も謝ってくれた。
「すみません、お師匠様は思い立ったが吉日を地でいく人でして……」
「いえいえ、びっくりしましたけど、それだけカラクリが好きってことでしょう?」
「そう言っていただけるとありがたいです……」
青年はますます縮こまった。なにを落としたのか奥から大きな音が聞こえてくる。店主はいったいなにをやっているんだろう。
「あああ、お師匠様……邪魔でも机の上のものは落とさないでって言ってるのに……」
青年はもう泣きそうだった。店主なは情熱でいっぱいの人で、やりたいこと以外目に入らないタイプの人なのかもしれない。しかし、私は青年が頭を抱える奥の部屋の惨状よりも気になることがあった。
「あの……これってオーダーメイドってことになりますよね……? 料金はいかほどになりそうです……?」
「え、ええと、ですね……」
青年は鍛冶屋らしい、というのだろうか、金属でできた算盤をぱちりぱちりと弾く。
ちょっとやそっとの値段で払えない! なんてことにはならないだろう。でも、お高いんでしょう? 覚悟をするための情報がほしい。
「試作品を作ってからの制作になるでしょうから、ざっと見積もってこれくらい、でしょうか」
「オウフ」
「完成してからじゃないと、たしかな値段は付けられないので、あくまでも目安なんですが……。ええと、その、試作が重なればここから上乗せになります……。……大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない。気遣わし気な青年に首を振った。大丈夫じゃない。
払えるけれども、大丈夫じゃない。大事なことなので三回言った。小市民スピリッツの持ち主にこのお値段はキく。しかもキャンセル不可。なぜなら店主がもう制作に入っているので。
「今さらやめて、なんて言っても聞いてくれなさそうですし、ミシンは欲しいので……払えるんで……大丈夫じゃないですけど、精神的にキますけど、払えるんで……」
お値段に
青年は困り眉のまま、ブォン、と風切音を立てて腕を振った。うわお、すごく逞しい。
「お師匠様なら金槌で殴れば止まりますけど、止めてきましょうか?」
「だ、大丈夫です」
店主は店主でやばかったけど、青年もやばかったようだ。
後日、試作を経てできた足踏みミシンを引き取りに行ったら、困り眉の青年が対応してくれた。
「ずいぶんはやく出来上がって、びっくりです。店主さんは仕事が早いんですね」
「ありがとうございます。そうなんですよ、と言いたいところなんですが、お師匠様ってば、おもしろいからって徹夜で作業をして……。今は眠ってもらってるんですよ」
「ね、眠ってるんじゃないんですね……」
ムキィ! と青年の力こぶが盛り上がった。見なかったことにした。
オーダーメイドだけあって、足踏みミシンはさすがの使い心地だった。依頼の寝間着も手縫いよりもずっとはやく完成して、納品が早いとガエタンに褒められた。
おもしろい仕事の礼だ、ってミシンのメンテナンスも格安でしてくれるっていうし、うん。結果的にはよかったかな。ミシンで使ったお金はミシンで稼ぐ! ガンガン使って、ガンガン稼ぐぞ!
「……べつに魔石に魔力を充てんする縫製機を買えばよかったじゃねえか。クレールも、……おれだって魔力の充てんくらいしてやるのに」
後日、なんてことをダニエルに言われて、推しの急なデレに私は無事死んだ。
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