第14話:推しに泣かれちゃしかたねえ

 クレールの知り合いの魔物研究者に芋虫の硬化死体を預けたんだけども、それから研究者さんは大発見をしたようだ。

 なんとあの芋虫、太陽光で体液が固まってしまうらしい。お守り石は陽光と同じ光――おそらく紫外線だろう――をだしていて、だから対芋虫のお守りとして機能していたようなのだ。クレールに脅された火傷や失明はあながち迷信という訳でもなかったらしい。あぶねえ。

 研究者に君のおかげだ! とあつく御礼申し上げられてしまったけども、お礼を言いたいのはこちらのほうだ。

 紫外線で固まる透明なちょっと粘度のある液体、だなんて。それはもうUVレジンやないか。

 さっそく私は薬草採取のついでに虫を捕まえては体液を搾り取って瓶詰にした。魔物研究者に固まった体液を簡単に剥がせる素材がないかを聞いてスライムで作った擬似シリコンボードを手に入れた。

 まずはお試しで花を作ってみる。着色はもちろん紫! ペンチや棒を使ってぐねぐね曲げた針金の間に塗るように体液を落としていって、お守り石の光を当てるとみごと硬化した。半透明で紫色をした花の完成だ! これは芋虫の体液を硬化させて作りました、だなんて言わなければ分からないだろう。

 やったあ! これでお手軽に推しグッズを作れるぞ! レジンで作りたい推しグッズはたくさんあるのだ。まずはキーホルダーから作ろうかな。

 推しグッズをお手軽、かつたくさん作るには当然、芋虫の体液がたくさん必要になる。

 そこで私は芋虫の養殖を試みることにした。幸い、魔物に詳しい研究者とも知り合いになれたわけだし、養殖方法を尋ねれば喜んで教えてくれた。

 芋虫は図体こそでかいが、通常の芋虫と飼育方法はさして変わらない。蝶の幼虫を育てていると思えばいいだろう。蝶と違って永遠に芋虫のままらしいが。

 太陽光に当てると体液が硬化して死んでしまうため、飼育箱に黒布をかけて光を遮断する。餌は主にキノコ類を好むが、丸々キノコを与えずとも、料理で出るキノコの柄や、野菜クズでも好き嫌いせず食べて育つのだから、なんともお手軽だった。

 裏庭の一画を借りての養殖は順調で、このままいけば卵を産んで繁殖していってくれるだろう。体液第一弾を絞るのが楽しみだなあ、と私は芋虫たちの世話をしていた、のだが。


「おい、オディル……」

「なあに、ダニエル」


 びくぶる震えているダニエルが壁の影から声をかけてきた。珍しい。私が芋虫を養殖し始めてからは裏庭にいるときは絶対に話しかけてきたりしないのに。


「いつまでその虫の世話をするんだ……?」

「いつまでって、ずっとかな? 個体数を増やして体液をいつでも入手できるようにしたいから」

「……? ……???」


 おお、スペースダニエル。なに言ってんだ、コイツという眼でダニエルが私を見てきた。


「ふ、ふやす……?」

「うん」

「ずっと……?」

「うん」

「ウソだろ……?!」

「嘘じゃないよ、本当だよ」


 私の答えにダニエルが青褪める。今にも泡を吹いて倒れそうだ。


「や、やめろ! いますぐそいつらを捨ててこい!」

「ええー――」


 せっかくここまで育ったのに。ぷりぷりに太って体液をしぼりやすそうなのに。

 芋虫たちは私たちの会話など素知らぬ顔で野菜くずを咀嚼そしゃくしていた。世話をしてると可愛く見えてくるもんなんだよ。ほら、このまんまるおめめとか、かわいくない? ほとんど退化してて分かりづらいけど。

 しかし推しに涙目でヤメロォ! と叫ばれては仕方ない。私は芋虫たちの里親を探すべく情報屋に協力を仰いだ。

 情報屋はこうなることを見越していたようで、事前準備をしていた。細工師に手軽に作れる装飾品の素材として売り込み、芋虫の養殖をしてくれる農家などにも声をかけて、養殖体液採取、販売ルートを構築していた。この情報屋、有能すぎる……!


「お前の瞬発力についていくためにはこっちも素早さが必要だからな」


 なんて言っている情報屋はさながらエリートサラリーマンだった。スーツは着てないけど。

 一時流行った疑似レジンのおかげで売り上げが落ちたガラス工房なんかとの悶着もしっかり治めてくれて、本当に有能だな、この人……。

 おかげで今日も推し貯金が潤うぜぇ……。


「いつもありがとうございます、バジルさん」

「なんのなんの。俺も儲けさせてもらってるしな。推し貯金が貯まってよかったな」

「うん!」

「で、ジャンを買っていった貴族の情報、買うか?」

「うーん」

「そこは伸ばさなくていいんだぞ」

「参考までに聞きたいんですけど、平民嫌いな事情っておいくらですか?」

「十万ティノ」

「たっっっか」

「そこはまともな金銭感覚なんだな」

「そんなに入り組んだ事情なんです?」

「そんな大それたモンじゃねえよ。ただ、お貴族様相手だからな、経費が嵩んじまって」


 気ィ抜くと消されちまうからなー、と笑っているが笑い事じゃないぞ、情報屋。


「経費かー」

「経費抜きだと千ティノくらいかな」

「めっちゃショボい理由そう……」

「見ようによってはな。当人にとってはショボいじゃ済まないんだろうが」


 むう。ちょっと気になるといえば気になる。推しには関係なさそうだけど。だがしかし。敵を知れば百戦危うからず、という。どんな些細な情報だって知っておくべきだろう。


「よしきた、バジルさん。その辺の事情を教えて欲しい! はいっ料金!」

「毎度ありぃ! ひーふーみー……お客さん、二十万ティノありますけど……?」

「チップです。有能な情報屋さんにはいつもお世話になってるので!」

「ありがとうございます。俺、お前の太っ腹なところ、大好きだよ……」


 ほくほくと情報屋がお金を懐にしまう。ぶっちゃけ上乗せ十万じゃ足りないくらいお世話になりっぱなしなんですが。人が善いな、この情報屋。


「大丈夫? ちゃんとご飯食べれてる?」

「お礼言って食事事情を心配されるのは初めてだわ」

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