第12話: ありがとう世界

 ジャンダニ仲間ができた私は推し活にブーストがかかっていた。え? 今までも十分かかってただろって? まっさかあ。

 もちろん将来ドカンと貢ぐための貯金をしているので予算の上限を決めて細々とした活動の範囲内だ。

 細工師や木彫り職人を訪ねて推しモチーフグッズを作るための道具や材料を入手したり、古着を買ってはリュンたそのドレスを作り上げるために試行錯誤したり。推し活が捗る捗る。やっぱり語れる同志がいるっていいね!

 相変わらず男っぽい恰好をしているダニエルにリュンたそのコスプレをして欲しい! とスライディング土下座を軽やかに決めてドン引きされたりもしたけれども。従兄弟よ、私は元気です。


「おれがドレスぅ? はっ、おまえが似たようなひらひらを着るなら来てやってもいいぜ」


 と言ってくれたのでよろこんでぇ! と返したらさらに引かれた。アルェー? ナンデェー?

 いいぜに被せる勢いで返事しちゃったから? オディルわかんない。

 リュンたそに仕える使用人風のメイドレスをさくっと作り上げ、リュンたそに扮したダニエルとウキワク街中デートに繰り出すことに成功した!

 ダニエルは嫌そうにしてたけどクレールは可愛いドレスが見られて嬉しそうだった。こそこそ隠れてついてこないで一緒に歩きません? 歩かない? そっか……。


「リュンたそコスのダニエルと街中を歩けるなんて夢みたい……。ハァッ、ハァッ、私、死んでもいいわ……」

「死ぬなよ。死体を持ち帰るとか嫌だぞ、おれは」

「持ち帰ってくれるの? やさしい……!」


 リュンたそコスのダニエルの髪には手作りしたリュンたそモチーフの簪が揺れている。作って良かった……!

 素人に作れンのか? と疑いの眼差しをしてきた細工師にちゃんと作れたよて報告しにいーこうっと!


「おまえって、本当、きもちわるいな」

「ハアハア、リュンたそにさげすまれてる……ッ! イイッ!」

「……もう着ねえ」

「アッ!! ごめん! すみません! 許して! 嫌なところがあったら言って直すからっ!」


 さりげにダニエルの腕に取り縋って、通い慣れた街角を曲がった。


「ごめんて! ダニエルの嫌だと思うことはしないから許して! お願い! 嫌だと言うことはおおむねしないから!」

「おおむねなのかよ?!」


 どさくさに紛れてダニエルの腰に手を回して逃げられないようにする。

 ここがどこだか気づいたダニエルが逃げようともがきかけたところにこれまた見慣れた扉が開く。ふっ、ナイスタイミングだぜ同志よ。


「時間ぴったりですね、教祖様オディル

「こんにちは、同志おねえさん


 私たちは頷きあい、お姉さんが体をずらせば扉の向こうにはジャンの姿があった。


「久しぶり、ジャン! 今日はおめかししたダニエルを連れて来たよ!」

「久しぶり、オディル……」


 ジャンは私からダニエルに視線を移すとそのまま固まった。私とお姉さんは密かにガッツポーズを決めた。ジャンダニイベントを起こしてやったぜ!


「き、きれいだよ、ダニエル。すごく似合ってる」

「……おう」

「長い髪も、似合ってるね」

「……かつらだ」


 そーでしょう、そーでしょう! リュンたそにばちくそ似合ってたドレスそっくりに作ったからね! カラーリングのよく似たダニエルに似合わないはずがないんだよなあ!

 かつらは絹糸を漆黒に染めて作ったんだけど、糸問屋も染物屋もいい仕事してくれたぜ……。へへ。お礼参りは気合いれなくちゃな。


「お姉さん、ジャンはあとどれくらいここにいられます?」

薬屋クレールさんが人払いの魔術を使ってくれていますし、十分程度なら問題ありません。旦那様がいらっしゃらなければもう三十分は確保できたのですが……。部外者を感知する結界さえなければ台所にでもダニエルを屋敷内に案内できますのに……」

「まあまあ、そのへんは仕方ないよ。万が一にもダニエルとジャンのことは平民嫌いのお貴族様に知られるわけにはいかないし」

「口惜しいことですわ」


 話し合いながらも私とお姉さんはダニエルとジャンの姿を眼に焼き付けていた。尊い。

 短い邂逅ののちにジャンと別れた私たちはついでに買い出しをしてから薬屋に帰る。


「こーゆーカッコウだとオマケをたくさん貰えていいですね」

「そうだろう? 普段からそういう可愛い恰好をしているともっとお得だよ?」

「動きづらいのでお断りしますね」

「そっか……」


 荷物持ちを買って出てくれたクレールには悪いが、それはそれ、これはこれ。普段からこんな布たっぷりの服は着る気にならないぜ。裾も長いとさばくのに技術が要るし。お嬢様は一日にして成らず、だ。


「髪……伸ばそっかな……」


 是非!

 ジャンに長髪姿を褒められたダニエルが黒の絹糸を摘まみながら呟いた。独り言かもしれないが、ばっちり私の耳には届いてるぜ!

 推しの髪が伸びるとどうなる? 知らないのか、手入れをさせてもらえる。ありがとう世界。

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