第11話:終わり良ければ総てヨシ!

 ダニエルの元気がない。

 そりゃ、いつも元気ハツラツ! というタイプではないけども。覇気がないというか、やる気がないというか。

 いつもよりため息が多いし、気の強さを表すかのようにしゃんと伸びている背筋も丸まりぎみだ。いったいどうしたというのか。我々は原因を究明するためアマゾンへ向かった──

 まあ普通にダニエルのあとを尾行しただけなんだけど。最近は外出時に暇な情報屋がつくようになったよ、やったね。……なんで?


「一人にすると変なのを一本釣りしてくるからだろ?」

「してないしてない。私がしてるのは推しへの積み立て愛貯金だから」

「手広くやってるよな」

「おかげさまで」


 自称私のマネージャーの情報屋のおかげで順調に推しへの積み立て愛貯金は増えている。目標は推しに庭付き戸建てをポンと貢げる石油王のポケットマネー並みに稼ぐことです! 待っててね、ダニエル! ジャン! 君達の結婚式にもぶ厚いご祝儀を包むからね!


「おや……? ダニエルの様子が……?」


 ダニエルが周囲を警戒しながら叩いたのはジャンを買っていった貴族の裏口だ。どこかで聞いたような名前だったけども、忘れた。

 うんうん、平民嫌いな貴族の御屋敷だからね、あの警戒心も頷けるね。

 ややあって扉を開けたのは情報屋がつなぎを取ってくれた使用人だ。台所を主に任されているそうな。名前は聞いたような気もする。思い出せないけど。下級とはいえ貴族らしい、さすがの上品っぽさがうかがえる女性だった。

 ダニエルはその使用人と二言、三言、言葉を交わすと肩を落として帰っていく。


「あれれー? おかしいなー、ダニエルはジャンと文通してるはずなんだけどなー」

「そ、そのはず、だが……」


 当然、中身は見せてもらえないんだけど、ダニエルはジャンからの手紙を貰うと嬉しそうにしてるから分かりやすいんだ。

 今見た、薬屋にとぼとぼ帰っていくダニエルはそれはもう落ち込んでいた。手紙を貰えていないなんてのは火を見るよりも明らかだ。

 あんなにダニエルのことを大事に大事に大切にしているジャンがダニエルに手紙を書かないなんてことがあるか? いやない。つまり、これは! 灰色の脳細胞が私に囁いた!


「ジャンに何かあった!?」

「おい待て、オディル!」


 私は走った。走って走って、閉まりかけた扉に足先をねじ込んだ。


「きゃあ?!」

「こんにちはお姉さん! ちょっとお話いいですか!」


 ちなみにもともとズタボロだった靴は先日ドリフトを決めた際にご臨終を迎えており、クレール曰くちょっと頑丈、な革靴を新しくもらった。

 それでも金属製の扉に挟むと痛いな! 良い子はマネしないほうがいいよ! せっかく貰ったばっかりの靴をすぐに傷付けてごめん、クレール!


「オディル……おまえ……その瞬発力、いきなり発揮するの、やめろ……」

「ウッス!」


 追い付いてきた情報屋にいい返事をして、私は扉を閉めようとする使用人の両手を鷲掴んだ。


「なっ、なに?! なんなの、あなた! ひっ人を呼びますよ……?!」

「あのっ、ジャンに何があったんですか?!」

「ジャン……? あなた、あのド──」

「ジャンがダニエルに手紙を書けなくなるなんて、よほどのことがあったんでしょう?!」


 私はダニエルの落ち込み様とジャンの容体が心配すぎてノンストップフルスロットルで喋りまくった。

 ダニエルとジャンの仲睦まじさを、それがどれだけ尊いのかを、ダニエルの可愛さ、素直さ、わかりづらくても確かに存在するやさしさを漏れのないよう語り、ダニエルに接するジャンの心の広さ、力強さ、そして勤勉さを語りまくった。ああなんてお似合いの相思相愛カップルなんだ。ジャン×ダニエル、やっぱ推せるわー──! 幸せになってくれ、する! してみせる!

 ……あれれー──。ジャンの容体を聞こうと思ってたのに、ついうっかり話がそれてしまった。失敗、失敗。


「という訳でジャンの様子を知りたいんですけど、まさか病気ですか……?」

「ウッウッ、すみません……! わたくし、なんてことを……!」


 改めてジャンの容体を聞こうとしたらなぜかお姉さんが泣き崩れていた。アルェ? ナゼェ?

 現状の説明が欲しくて情報屋を見ればこっちもなぜかドン引いていた。いや、本当に、ナンデ?

 困惑しているとお姉さんが涙ながらに語り始めた。

 お姉さんはお小遣い欲しさにジャンとダニエルのつなぎを引き受けた。しかし手紙をやり取りするためにジャンと接しているうち、ジャンに恋をしてしまった。貴族教育を受け、ゆくゆくは跡取りとなる予定のジャンが平民の、自分よりもよほど劣っている(ように彼女には見えていたらしい)ダニエルに執心しているのが許せなくなってしまった、自分のほうがふさわしいと思った、二人に渡された手紙を自分で止めて二人には預かっていないと嘘をついていた、と嗚咽混じりに懺悔した。

 なんと。お姉さんは二人の恋路を邪魔していたのか。不届き千万! 市中引き回しのうえ磔、獄門じゃ! と処断したいところだが改心してるなら、ヨシ!

 両手で指差し、片足を上げてポーズを取りたいくらい許しの気持ちで満ち満ちているよ、私は!


「いいんだよ、お姉さん。誰にだって魔が差す時はあるものだもの。ジャン×ダニエル、略してジャンダニの素晴らしさに気づいて涙してくれるなら、それでいいんだよ。これから二人の行く末をハッピハピなエンドまで共に見守り、応援していこうじゃないか、同志よ!」

「ジャンダニ……。ああ、なんて素敵な響きなのでしょう。心が洗われるようです……。わたくし、まるで生まれ変わったように素晴らしい心地です……」

「うんうん。あなたは今日生まれ変わったも同然だよ。素晴らしきもの、美しきものを初めて見た人間はそういう心地になるものだよ」

「ええ、はい……まさにその通りです……」


 うっとりと手を合わせて呟いたお姉さんはその後、今まで止めていた手紙を持ってきてダニエルに謝ってほしい、と深く深く腰を折って謝罪してくれた。

 彼女は次に本人に会うときに改めて謝る、と私たちに言付けて、和やかに別れた。


「いやあ、善い人で良かったなあ、あのお姉さん」

「ああ……カルト教団ってああやって人を洗脳するんだろうな……」


 お姉さんが善い人で良かったって話をしていたのになぜ宗教の話が出てくる?

 訳が分からなかったけど、手紙を渡したダニエルが喜んでくれたので、ヨシ!

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