第10話:著作権? 大丈夫だ、問題ない


「今日も大量うっれしいな~」


 いつもの薬草採集の帰り、私は鼻歌を口ずさみながら街を歩いていた。

 オタクのみならず誰でもやった記憶があると思う。歌を歌いながらなんらかの作業をやった記憶が。

 そして第三者の存在に気づいて咄嗟とっさに黙る。第三者に気づかずに熱唱していたときの羞恥といったら、もう。あの筆舌にし難さ!

 はい、今まさにそれをやらかしましたオディルですどうも。

 誰もいないと思ってたんだよう。じゃなきゃ私だって熱唱したりしませんて! 大好きな歌を歌ってるとついつい力が入って結果、熱唱、なんてよくあることだよね? ね? 頼むお願いあると言ってくれ。

 そんな全人類やりがちなうっかりをやらかしてしまった私は例に漏れず咄嗟に黙ったし、恥ずかしいから俯いて足速に歩き去ろうとした。ハイハイ失礼、私急いでますんで~。


「君、ちょっと待って!」

「ヒィエ?!」

「私は吟遊詩人のアゴスティーノ! 君に話があるんだ!」


 すれ違いざま腕を掴まれた私はパニックを起こした。ヨシエ時代に習った護身術を思い出し腕を外すのに成功すると脱兎のごとく駆け出した。

 ウオォォォォォ! 唸れ十代の身体能力! このまま薬屋あんぜんちたいまでダッシュだ!


「待ってくれ! 頼む、話を聞いてくれ!」


 待てと言われて待つバカがいるものかよ!


「ま、待って……! ゴホッ、ウェッ、お、お願い……はっ、はなしを……っ!」


 ウオォォォまだついてきてるぅぅぅ! だがこの角を曲がれば薬屋だぜぇぇぇぇ!

 スザァッ! とF1もかくやのドリフトをキめ、私は薬屋へ駆け込んだ。


「ただいま戻りましたっ!」

「ぅわっ、おかえり。今日も元気だね」

「ハイ!」


 手洗いをしておいで、と微笑むクレールに従って洗面所へいく。顔も洗ってぜえはあうるさい息を整えて店舗に行くとクレールと声かけ事案の自称吟遊詩人がお茶をしていた。クレールが店に入れたのなら不審者ではないのだろう、自称吟遊詩人に会釈して収納鞄マジックバックをクレールに渡した。



「今日の薬草です。確認をお願いします」

「ありがとう」


 薬草を検分しつつ、ところで――とクレールが穏やかに世間話を振ってきた。


「オディル君は歌が巧いんだって? 知らなかったな」

「イイエソンナコトナイデスヨ」

「またまた謙遜しちゃって。吟遊詩人のアゴスティーノ君が言ってたんだよ?」

「吟遊詩人のアゴスティーノです。さっきぶりだね、オディルさん?」


 ガッデム! 知り合いだったのか、なんてこった!


「吟遊詩人が絶賛する歌を僕も聞きたいなー。聞いたことのない調べなんだろう?」


 えへへー、ぜったいヤだー。


「薬草の確認ありがとうございました。洗って吊るしておきますね!」

「今日は僕がやるから」


 収納鞄マジバをもらおうと差し出した手にはなにものらない。代わりにきゅっとクレールの薬草の匂いが染みついた手で握られる。わー、おっきー。


「オディル君の歌声を聞きながら作業したいな」


 うぉっ、まぶし。さすがサブキャラ人気投票で一位を獲得した男だぜ。好みじゃないから眼を細めるだけで済んだけど、クレールファンからしたら死ぬレベルの供給なんだろうな。


「……わかりました」


 クレールにはお世話になりっぱなしだしな……なー──ていうと思ったか!

 私は素早く収納鞄マジバを取り上げた。


「あっ」

「へへーん! 吊るし作業はお任せくださーい!」

「待って待って、僕がやる、やるから歌ってー!」


 どたばたと部屋の中を走り回っていると眉間に皺を寄せたダニエルが開口一番うるせぇ、とドスをきかせて入ってきた。


「あ、ごめん。寝てた?」

「寝てた。何を騒いでんでだよ、あんたまで」

「ごめんなさい……」


 ダニエルに睨まれたクレールがしゅんと項垂れ、寝起きのダニエルに茶を淹れてやりながらかくかくしかじかと説明いいわけをした。


「へえ、歌が得意なのか」

「いやいや、得意ってほどじゃ。ちょっと鼻歌を口ずさんでただけで」

「ふうん」


 今日も魔力枯渇寸前までしごかれたらしいダニエルは淹れたての熱い茶をちびちびと飲んでいく。水出しアイスティーでも作ろうかな。


「……聞いてみたいな」

「ほへ」

「……聞いてみたい」


 じ。っと採れたて新鮮、瑞々しい木苺みたいに赤い瞳のダニエルが私を見てくる。ウッ、かわいい……!


「いや……でも……そんなうまいわけじゃないので……」

「……」

「この国の歌じゃないから、ダニエルの好みじゃないと……」

「…………」


 目を逸らしても分かるこの圧ッ! うぅ、ダニエルってば、私が推しあなたに弱いの知っててやってるな?! この策士! そんなところも好き!


「わ、わかった、歌うよ……歌わせていただきます……」


 わっ! と両手を上げて盛り上がったのは大人二人で、ダニエルは満足そうに笑んで茶を飲んだ。くっ……、推しの笑顔のためならいくらでも歌いますとも!


「下手くそでも指差して嘲笑わらったりしないでほしい……」

「しないよ。僕らのことなんだと思ってるの」

「一生懸命歌ってるかたをバカになんてしませんとも」

「桁外れのド音痴だったら腹抱えて笑うかもしれねえ」

「ダニエル君、しっ!」

「……ハァ。では、一番オディル! 歌います!」


 オタ仲間でもない人の前で歌うとかこれなんて罰ゲーム?

 歌うのはカラオケ配信がなくてキレて家で狂ったように歌ってたジャル学のテーマソング。いい曲なんだ、これが。後々配信されてやっぱり狂ったように歌いまくった。ランキング一位を取るまで歌ったので音を外すことはない。


「────……。ご清聴ありがとうございました」


 パチパチとまばらに拍手があがった。ありがとう、ありがとう。ダニエルは目を丸くして驚いている。こ、好みじゃなかった……? と、とりあえず並外れた音痴じゃなかったと思うんだけど……。

 さすがに本家本元の歌手さんと比べるまでもないんだ、許せ。本物はもっとすごいんだよ、聞いて欲しい。手段がないけど。


「じゃ、吊るし作業しますね……」

「私に歌う許可を下さい!」

「ひぃえっ?!」

「ぅわ?!」


 吟遊詩人がいきなり土下座してきた。


「その歌は素晴らしい! 是非私にも歌わせて欲しい!」


 現代日本の作詞作曲家プロフェッショナルが作った曲だし、そりゃ素晴らしいものだろうとも。しかし著作権とか、大丈夫……?

 この世界に存在しない人たちの歌だから大丈夫といえば大丈夫なんだろうけど。


「えーと……」

「話は聞かせてもらった!」

「うわっ! 誰?!」

「いらっしゃい、バジル君」

「こんにちは、バジルさん。今日の夕飯は麺類パスタにしようと思ってるんですけど、リクエストはあります?」

「僕は前に作ってくれたナポリタンがいいな」

「ああ、あのうまかったやつ。おれもそれ好き」

「じゃ、それで。今日の夕飯はナポリタンでーす」

「俺のリクエストじゃなくてもいいのかよ……。ナポリタンは美味しかったからいいけどよ。

 吟遊詩人のアゴスティーノ! オディルの歌を歌いたかったらマネージャーの俺にまず話を通しな!」

「えっ、は、はいっ」


 店舗の一角で商談を始めた二人を横目にひそひそとクレールが話しかけてきた。


「バジル君はいつの間にオディル君のマネージャーになったの?」

「さあ。でもお金とか契約とか、子どもには難しい話をしてくれて私は助かってますよ」


 こうして私は知ってるアニソンなどを月に一、二回、吟遊詩人に提供することに決まった。

 情報屋のおかげで通帳が潤うぜ。そんなにジャン周りの情報を買わせたいの? うーん、推し活に関係なさそうなんだもんなあ。

 それからときどきクレールに歌をせがまれるようになってしまった。やんわりと拒否しているとダニエルがじ……と見てくるので、それに負けてちょくちょく歌っている。緊張するけど、頑張るよ!


「ダニエルのためなら一日中だって、喉が潰れたって歌うよ!」

「一曲でいい、一曲で」

「あっ、ハイ」

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