第9話:米が食べたい今日このごろ

 あれから情報屋は薬屋に顔を出すようになった。クレールが店に来てもらいなさい、と言ってくれたのだ。

 情報屋が普段いる場所は森へ行くついでじゃいけないから助かっちゃった。子どもの足ではちょっと遠いんだよね。

 ばっちりジャンの行先を突き止めてくれた情報屋のおかげで、ダニエルはジャンと密かに文通ができるようになった。どうせなら会わせてあげたいけれど、ジャンを買った貴族はどうも平民が嫌いらしい。使用人ですら下級貴族を雇っているらしいから相当だ。元孤児だなんて考えるまでもない。

 なら奴隷を買ってくなよと胸倉掴んで揺さぶりたくなるな。その辺の事情はお高いのでまだ買えてない。情報屋は言いたそうにウズウズしているが、金の用意ができるまで待ってくれ。


「おばさん、これください」

「毎度あり」


 三日分の食料品を買って帰る。けっこー重い。台車ほしい。


「よ、オディル」

「お兄さん」


 いつの間にいたのやら、情報屋が隣にならんで荷物を持ってくれた。ありがたい。ありがたい、が。


「もしかしてまたご飯目当てですか?」

「そう。だってオディルの作る飯って美味いんだもん。腹も痛くならないし!」

「普通の料理は食べても腹痛を起こしたりしないんだよなあ……。

 クレールさんの許可が出たら食べてってください」


 そう言えば情報屋の表情が曇る。人の良いクレールは、なぜだか情報屋に塩対応だった。なぜ?


「薬草の情報ネタ切れしそうなんだよな……」


 どうしたものか、とブツブツ考え込む情報屋と並んで歩きながら薬屋へ帰った。


「ただいま戻りました~」

「おかえり、オディル君。また来たの、バジル君。荷物はありがとう。そのまま回れ右して帰っていいよ」

「夕飯食ったら帰りますぅー」

「夕飯の準備してきますねー」


 小競り合いを始めた二人は放っておいて台所に入る。買ってきたものを納めるべき場所に収め、下拵えをする。

 はー。米食べたいな米。パンも嫌いじゃないけど日本人のソウルフードといったらやはり米、米だろ。異論は認めん。米米米。塩にぎりでもいいから食べたい。お椀一杯でもいいから食べたい。米米米米。米が食べたい。

 米に思いを馳せていたらスープカレーができあがっていた。スパイスは豊富なんだよな、この世界。フライパンで焼いたなんちゃってナンとサラダとを食卓に並べる。

 二人はなにやら話し合っていたが、カレーの匂いに気づくとすぐ食卓へついた。


「いつもありがとう、オディル」

「いえいえ。ダニエルを呼んで来るので先にたべちゃっててください」

「じゃ、遠慮なく!」

「君は少しくらい遠慮したらどう」

「あ゛?」

「は?」


 ッカーン! とゴングが鳴った気もしたが、いつものことなので気にせずダニエルを呼びにいった。


「ダニエル、ご飯だよー。起きれるー?」

「……おう」


 ノックしながら自室の扉を開けると、ダニエルはベッドに突っ伏していた。これもいつも通りだ。

 私と違って魔術が使えるダニエルはクレールに魔術の手ほどきも受けている。その内容は魔力を限界ギリギリ枯渇寸前まで使いきる厳しいものらしく、魔術の勉強がある日はたいていこうやってダウンしているのだった。


「今日のメシ、なに……」

「スープカレー」

「すぅぷ……かれぇ……」

「スパイスをたくさん使ってるから慣れないと美味しくないかも」

「ばかいえ、おまえが作る料理はだいたいうまいだろ……」


 はぁい! デレいただきましたー──!

 しかしここで指摘すると照れ屋なダニエルに蹴られるので、にやける口元を抑えるために口内を嚙みしめて我慢した。ハー、推しが今日もかわいい。ありがとう世界。推しに美味しいものを食べてもらうためにも料理の腕を磨き続けることを決意した。

 もっと珍しい食材とか探してみようかな。今は市場の露店だけしか行けないけど、お金を貯めたら商店街に行ってみよう。

 疲れでフラフラしているダニエルの手を引きながら食卓に戻れば、大人の二人はすでに食べ終わっていて、真剣な様子で話し合っていた。喧嘩するほど仲が良いのかもしれない。

 慣れてきた食前の祈りをささげてスープカレーを食べる。うん、美味しい。日本風カレーも食べたくなってしまった。それにはやはり米。米米米。米が必要だ。輸入品を扱ってる店とかにないかな、米。そういう店は高級店だから、まだ行けないんだけど。待ってろ、米。ぜったいにお前を見つけてやるからな。


「後片付けはやっておくからもう寝ていいよ」

「ん……。そうする……、ありがと……」

「おやすみ」


 ッハイ! 特大のデレいただきましたー────! ありがとうクレール! あなたのしごきのおかげで無防備になった推しが見られます! くっ……ジャンにも見せてやりたい……! なぜこの世界にはスマホが無いんだ!

 後片付けをちゃっちゃと終わらせテーブルを拭いているとクレールに座るよう言われた。


「あのね、オディル君はお金が欲しいんだよね」

「そうですね。ないよりは」


 嘘だ。うなるほど稼いで満足いくまでドンドンジャブジャブ推しに貢ぎたい。

 私は廃棄寸前処分前セールの古着をタダ同然の安値で買い取り、空き時間にちまちまリメイクしたり、小物を作ったりしている。もちろん売るためだ。生前の手芸スキルがうなるぜ!

 ある程度溜まってから売ろうと、完成した物はクレールに借りた収納箱マジックボックスに入れさせてもらっているので、特に隠したりしていない。


「あのな、オディル。お前の作る料理は、美味い」

「ありがとうございます」

「はちゃめちゃに美味いし、新しい」

「はあ、新しい」

「そう。この料理を売り込んでみてはどうかと、バジル君は言うんだけど……」

「料理を売り込む」


 わけが分からず首をかしげる私に情報屋はだからな、と身を乗り出した。


「俺は情報屋だからもちろん、この都の料理なんかにも精通してる。けどな、オディル。お前が作った料理はこの都中のどの料理屋にだってないんだ」

「そうなんですか?」


 私が作っている料理はどれも日本の家庭料理なのだが、ジャル学世界いせかいでは珍しいようだ。


「そうなんだよ。で、闘う子牛亭は常に新しい味を探してる。お前のレシピを売ればきっと儲かるぞ!」

「なるほど。じゃ、売り込みとその内容はバジルさんにお任せしますね。言ってくれればレシピを書きますので。手数料は何割です?」

「なんわり?! 俺、手数料もらっていいの?!」

「当たり前でしょう。売り込み営業とメニュー選択と交渉なんかも丸っと任せるんですから。対価はきちんと支払う人間ですよ、私は」

「なんか増えてる……」

「手数料は三割でどうです?」

「乗った! 任せとけ!」

「ありがとうございまーす。クレールさん、契約書の作成をお願いします」

「はいはい」


 私が書いたレシピは情報屋が頑張って売り込んでくれたようで、予想していたよりも高く売れた。預金通帳のゼロが増えるぜ、へっへっへっ。


「どうだ、ジャンの情報を買えるくらい貯まったか?」


 買う? 買う? と散歩に行くのが楽しみでしかたがない犬のように眼を輝かせた情報屋に私は精一杯の笑顔を見せた。



「すみません、推し活資金にするので」

「オシカツってなに?」


 トンカツの仲間? と情報屋は腹を鳴らした。食いしん坊か。

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