第8話:シャベッタァァァァァァ!

「ただいま戻りましたー!」

「ぅわっ、おかえり、オディル。扉はもう少し静かに開けようね」

「ハイッ!! 採ってきた薬草です!」

「ありがとう。手を洗っておいで」

「ハイッ!!」


 手洗いうがいをきっちりして、ダニエルがいるだろう私たちの部屋へと走る。その勢いのまま扉を開けたかったが、驚かすのはよくないので深呼吸とノックをしてからゆっくりと部屋に入った。


「ダニエル、ただいま」

「…………」


 返事はない。ダニエルはベッドに寝ていた。掛布にくるまって、死体と見違えるレベルで動かない。


「あのさ、ダニエル。薬草採りの帰りに情報屋の兄さんに会ってさ、ジャンの行先を調べてくれるように頼んだんだ」

「…………」


 ぴくり、とダニエルのたぶん肩あたり、布の塊が少しだけ動いた。

 動いたァー──! ダニエルが動いたァー──!


「できれば連絡も取り合えるようにしてほしいってのも頼んだ。まだ今日頼んだばっかりだから、いつになるかは分からないけど……」


 私は情報屋のちょっと引きつった顔を思い出す。立て板に洪水の勢いで喋り倒しちゃったからなー、ごめんて。

 期待してくれていいぜ、とウィンクをした情報屋を見て思い出したが、彼もまたゲームに登場するキャラだった。ネームドキャラではないが、攻略対象の好感度を教えてくれるお助けキャラだ。腹痛でダウンしているところを主人公に助けられ、情報を教えてくれるようになる。日替わり定食で運試しでもしてるのか?


「凄腕の情報屋さんなんだ、ぜったい、ジャンと連絡取れるようになるから! だから元気出してほしい」

「…………」


 返事はやっぱりない。けれど、今までの無反応とは違う。それが分かっただけでも大収穫だ。今はひとりにしてやるべきだろう。

 クレールの手伝いをするためにも私は部屋を出た。



「クレールさん、薬草はどうでしたか?」

「全部メモ通りだったよ。数も申し分なし。多いくらいだ。助かったよ、ありがとう」

「それならよかったです!」


 クレールの隣に立って見様見真似で薬草をまとめる手伝いをする。クレールの教えも分かりやすかった。


「ダニエルに何を言いに行ったんだい?」

「ジャンの行先が分かるかもって」

「そうなのかい?」

「はい」


 世間話をしながら薬草を種類ごとにまとめて縛って、吊るして、それから夕飯を作らせてもらう。台所のあれこれを教えてもらいながらできたのは野菜スープだ。顆粒かりゅうコンソメがあればもっと時短できたのにな。


「美味しそうだね。あとはぼくがやっておくからダニエルを呼んできてくれるかな」

「はい」


 部屋への廊下を歩く。日が沈んでしまったので暗い。食卓からの明かりと、暗闇にすぐ慣れた眼を頼りに部屋へとたどり着き、扉をノックした。


「ダニエル、夕飯ができたよ。食べにいこう」

「……おう」


 ダニエルはすでにベッドから起き上がっていた。照明器具ランプをつけていない暗がりで表情はよく分からないけど、とにかく立って、喋った。


「ダ、ダニエル……」

「……感謝なんかしないからな」

「いいよ、べつに」


 シャベッタァァァァァ! ダニエルが! シャァァベッタァァァァァ!


「私はぶきっちょだし、生活魔術も使えないしさ、ダニエルに雑用を押し付けたかっただけだし」


 あ、ヤバ、泣きそう。リュンたそとのカラーリングが似てるからって推し(ジェネリック)としてダニエルを見てきた私だけど、いつの間にかめちゃめちゃダニエルのことを好きになっていたようだ。だってダニエルって素直でかわいくてやさしいんだもん。


「……べつに、おまえに買われなくたって、ジャンが迎えに来てくれるって約束してたんだからな」


 えええええええええええええええええそうだったのぉぉぉぉぉぉ?! そんなエモい会話いつしてたのおぉぉぉぉ?! 私のいるところでやってよおぉぉぉぉ! チクショウいい場面見逃した!!


「まあまあ。いいじゃん、ジャンは王都にいるんだし、近くにいたほうがお互いに安心でしょ? すぐ会えるしさ。人買いおやぶんはまた地方に行くんだって」

「ふん」


 ダニエルはそっぽを向いてしまった。素直じゃないなあ。

 思わず笑ってしまった私をダニエルが睨んだようだった。残念。部屋の中は暗いから睨まれてたってちっとも怖くないんだな、これが。

 ッハァー──。尊い。ジャンダニ推せるわ。推す。イヤー、推しが増えて嬉しい。困っちゃうナー!

 ダニエルをつれて食卓につき、私は上機嫌でクレールとダニエルに情報屋と知り合った経緯を説明した。


「情報屋のお兄さんならすぐジャンの行先を見つけてくれるよ。私たちがクレールさんに買われたのももう知ってたし」

「……そう、なのか?」

「うん」

「……オディル君。知らない人に近づくのはやめようね」

「はい!」


 元気いっぱいに返事したのになぜだろう、二人から疑いの視線を向けられた。解せぬ。


「ダニエル君。オディル君のことをしっかり見ててあげてね」

「わかった。任せろ」


 なんで? 私年上ぞ? ダニエルより全然年上ぞ? 幼稚園児を見る様な目で見るのをやめてくれません?

 しかし、翌日から私が出かけるときは必ずクレールかダニエルが一緒に行ってくれようになったし、二人に用事があってどうしてもついてこれないときはこれでもかと言い聞かされるようになった。なんでさ。


「いいかい、オディル君。知らない人には?」

「近づかない」

「お菓子を貰っても?」

「ついていかない」

「倒れてる人は?」

「警備隊に知らせる」

「よし! 忘れないようにね。気をつけて行ってくるんだよ」

「ぜってー他人には近づくなよ」

「はい……」


 私ってそんなに危なっかしいかなあ?

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