第6話:それはお断りしておきますね


 ダニエルも盥の水が濁らなくなるまで念入りに洗えば、すっかり見違えた。なんということでしょう、あんなに小汚かった孤児が美少年に! おおう、推しカラーがまぶしいぜ……!

 水に濡れているおかげで陽光に輝く鴉の濡れ羽色。あああ、トリートメントしたい……! 石鹸しかなかったから仕方なく石鹼で洗ったけど、くそう、シャンプーは、リンスは、ヘアオイルはないのか?! ないなら作ってやる! 作ってやるからな!

 俯いているので、残念ながら瑞々しい採れたて苺のような赤い瞳は見れないのだけれども、ジャンと連絡を取り合えるようになればきっと見られるに違いない。

 ジェネリック推しのヘアケアやスキンケア、その他諸々の計画を立てながら、私はダニエルに古着を着せていく。……マジでダニエルを一人にしないで良かった。こんな無気力なダニエル、どうなるか分かったもんじゃない。


「ダニエル、行こう。クレールさんが食事を用意してくれてるよ」

「…………」


 返事はなかったけれど、腕を引けばダニエルはそのままおとなしくついてきた。マジでつれてきて良かった~~。


「クレールさん、桶と盥と石鹸! ありがとうございました。おかげでスッキリしましたよ~」

「それは良かった。もうすぐできるから座っておいで」

「手伝います!」


 ダニエルを席につかせて、クレールの手伝いをするべく台所に入る。台所にも薬草らしきものが吊るしてあった。


「それじゃ、皿を出してもらおうかな。そっちの棚にあるスープ皿をよろしく」

「はい!」


 指示通りスープ皿を持っていく。皿に注がれる出来立てのスープは嗅いだことのない匂いがした。薬屋だし、薬膳スープなのかな?

 スープとパンが並んだ食卓につく。クレールの真似をして食前の祈りを捧げた。ダニエルは無言で食べ始める。孤児時代に培った、食べられる時に食べるの精神は死んでいないらしい。

 子どもの顎には固すぎるパンをスープに浸して、私も食べ進める。味のほうは匂いほど独特ではなく、薄味だった。

 食事中は会話をしないらしいクレールに習って、私も黙々と食事をする。食べ終わって、後片付けを買ってでた。クレールに買われた身の上だし、印象を良くして好感度を上げておけばやさしくしてもらえるだろうしな! 三人分の皿はすぐに洗い終わった。

 食後の茶を飲みながら、クレールが朗らかに笑う。


「いやあ、後片付けをやってもらえるのはいいねえ」

「そうでしょう、そうでしょう。私を買った甲斐があったでしょう」

「うん」


 そう言いながらクレールはダニエルを見た。ダニエルはずっと俯いて、黙ったままだ。生ける屍とか、人形とか、そんな感じ。このままじゃダニエルを買った意味がないと思ってるんだろう。なんの、ご安心召されよ。ダニエルが元気になれる特効薬を必ずや用意して見せますので! 近日中に。


「腹ごしらえもすんだことですし、掃除でもしましょうか? それとも買い出し? 薬草を探してきましょうか?」

「そうだなあ、早速で悪いんだけど、薬草を探してきてもらえるかな? 字は読めるかい?」

「読めるし、書けます!」

「そりゃ良かった。メモを書くよ。……薬草探すのが上手くて、読み書きもできるのに、なのになんで五千ティノ……?」


 言外に道中で一体何をやらかしたの? と問われたわけだが、笑って誤魔化しておいた。だって、そんなたいしたことしてないし。

 書いてもらったメモは分かりやすく、これなら案内がなくてもなんとかなりそうだ。


「じゃあ行ってきます!」

「うん。あのね、オディル」

「はい?」

「もしかして君って女の子?」

「ですけど」

「そっかー。やっぱりかー」


 旅をしてたときは身の安全のために男っぽく振る舞ってたけど、クレールの前ならそんなことする必要はないわけで。

 もっと可愛い服を勧めておけば……、と可愛いもの好き設定のクレールはぶつぶつ言っている。ダニエルはまだ食卓に着いたままだった。


「あの、できればいいんですけど、ダニエルの様子を気にかけてやってください。思い詰めてジャンのことを探しに行ったりしないように」

「ああ、うん。わかったよ。オディル、出掛けに悪いんだけど、これ着てかない?」


 どこから取り出したのやら、フリルのついた猫耳フードを両手にイケメンスマイルを輝かせるクレールに行ってきまーす! と元気に挨拶をしてから出発した。

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