第5話:薬屋へ
「親分ッ! オレがダニエルを買うよ、いくら?!」
「五百ティノ」
どんなに高い値段だって推し(ジェネリック)のためなら安いもんだ! 長時間タダ働きくらいドンと来い! 元社畜なめんなよ! ……ん?
「え、五百ティノ……?」
「やっぱ高いか? じゃ、三百ティノ」
下がった……だと? 聞き間違いじゃなかった! オレですら五千ティノだったのに?! ……うんまあ、確かにダニエルは問題児だけども。他の孤児と喧嘩ばっかして協調性皆無だけれども。基本、ジャンの言うことしか聞かないけども。見た目の小汚さは他の孤児たちと一緒だからスルーするとして。生活魔術も使えるし、読み書きもできるからそれなりの値段でもいいのでは……? ワゴンセールってそれくらいのお値段だけどさあ。実際に聞くとダニエルの値段安ぅーい……。
オレはなんとも言えないしょっぱい気持ちで人買いに三百ティノを支払った。今まで貯めてきた小金入れの重さは少しも変わらない。人買いは不渡手形を処理できたかのような爽やかさを醸し出していた。なんか腹立つな。
「いやー、助かったぜ。正直なところジャンのいねえダニエルとかどう扱っていいか分からなかったからな」
「親分は人間の売買に向いてないと思うよ」
田舎に帰って畑でも耕してた方がお似合いじゃないのか、こいつ。
そうかなあ、そうかもなあ、と考え込み始めた人買いにサヨナラしたオレたちは薬屋の前に古着屋に向かう。
「えーと、友達と離れ離れにならなくて良かったね」
「はい! 手持ちで足りて良かったです!」
なんて会話をしているオレたちの後ろを歩いているダニエルの元気は引き続きない。オレに手を引かれているのに何も言ってこないのがその証拠だ。いつもなら「触るな!」と振り払われていたに違いない。
あんなに勝ち気で、喧嘩っ早くて、ジャン以外触れる者皆傷つける、みたいなダニエルがここまで消沈するなんて。よっぽどジャンと引き離されたのが辛かったんだな。
なんと声をかけたものか、全くわからない。けっきょくクレールと当たり障りのない世間話をしながら王都の街を歩いた。王都はこんなに賑やかで、華やかな雰囲気なのにな。
古着屋でクレールに勧められるままアレコレと古着を買い込んでも、薬屋についてからも、ダニエルはずっと黙ったままだった。心ここに在らずなのか、それともなにがしかの感情を押し殺しているのか、そのどちらでもないのかはオレには分からない。ジャンと連絡を取れれば元気になるかな。でもオレはジャンを買った貴族の名前すら知らないんだった。また明日にでも人買いに聞きに行こう。
「それじゃ、君たちの部屋だけど……」
「あ、待ってクレールさん。
「ああ、うん。裏庭に洗い場があるからそこで洗っておいで」
「ありがとう!」
裏庭に案内してくれたクレールは「食事の用意をしておくね」と桶と盥とそれから石鹸も! 置いていってくれた。いやあ、やっぱりオレの目に狂いはなかった。クレールに買われて良かったぜ。オレはさっさと体を洗うべく洗い場にある蛇口を捻った。そう、蛇口!
転生後初水道! やっぱ王都は最高だな! 魔法の力で上下水道完備だもんな。設定資料集に書いてあった時はふーん、としか思わなかったけど、田舎にもそのふんわりファンタジー技術を浸透させておいてくれよ。井戸から水をまともに汲み上げられなかったんだからな、オレは! 水の入った桶ってなんであんな重いの? ジャンが生活魔術を使ってくれてなきゃ手のひらの皮がボロッボロになってたぞ!
服を脱いでそのへんに放る。草花溢れるファンタジーな庭にボロ雑巾を出現させてしまって申し訳ない。あとで軽く洗ったのち本当にボロ雑巾にしてやるからな、生前の手芸スキルが唸るぜ。今までありがとう、ボロ服。
盥の水が濁らなくなるまで体を洗い清めて、買って貰った古着に腕を通す。うん、これなら王都を歩いてても変じゃないだろ。
「ダニエルも洗いなよ」
「…………」
座ったままだったダニエルに声をかけても反応がない。おーい、息してる? してた。良かった。
「洗わないならオレが洗っちゃうぞ~」
「…………」
わざとおどけてみても、返答がなかったのでオレは勝手にダニエルを洗い出した。盥に座らせて桶でせっせと水をかける。石鹸の泡だらけにしてやった。
「目ぇつぶらないと石鹸が入って痛いと思う」
「…………」
「目に入ったら泣いちゃうくらい痛いと思うよ」
「………」
やっぱり返答はなく、ダニエルは俯いてしまった。その震える肩を見なかったことにしてオレは黙々とダニエルを洗った。水でも目に入ったら痛いもんな、石鹸水が目に入ったらそりゃもう、涙ぐらい出るよ、うん。
ダニエルが必死に押し殺そうとしている嗚咽も聞こえないことにした。
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