第4話:推しはオレが守る!

 王都手前の集落での目覚めは快適なものだった。ジェネリック推しを得てからのオレはいつだってご機嫌だぜ!


「おはようジャン! おはようダニエル今日も素敵なカラーリングだね!」

「きめえ、こっちくんな」

「そんな絶対零度塩対応も素敵! もっと喋ってオレに推しを感じさせて」

「ごめん、オディル。ジャンに近づかないでもらっていいかな……?」

「ごめん、ジャン。また暴走してた。止めてくれてありがとう」

「なんっっでオレの言うことは聞かねえのにジャンの言うことは聞くんだよ!」


 うん、お怒りはごもっとも。オレもそう思う。しかし見れば見るほど推しのリュンたそにカラーリングがそっくりなのに、どうやってダニエルを愛でずにいればいいんだ? オディル、わかんない。


「ジャン、ダニエルと離れずにそばにいてくれないか……。オレがまともでいられるように……」

「うん、任せて」

「ホンット、きっっめえな、おまえ!」


 こんな辛辣な罵りも、ジェネリック推しの言葉だと思えばご褒美になってしまうから推しの力とはかくも偉大なり。推しが君臨する世界に住みたい。きっと住み心地がいいぞう。


「オディル、顔、顔。それと全部口から出てるよ」

「はっ! おっといけない。ありがとうジャン。ジャンがいてくれるおかげで不審者にならずに済むよ。いやマジで」

「十分不審だ!!」


 推し(ジェネリック)の声、心地良いな……。しかしオレはこれ以上ダニエルの機嫌を損ねないようにダニエルからそっと目をそらした。

 王都への道程は順調だった。道中での薬草収集も順調で、その薬草を売ったり、薬草を使って薬師の真似事をしたりしてせっせと小金を貯めていた。途中、オレの稼いだ金を巻き上げようとする人買いとひと悶着あったが、これは割愛させてもらおう。人買いはクソ。

 ジェネリックとはいえ、推しを堪能できたオレの旅はとんでもなく有意義だったと言える。ダニエルには威嚇されまくり、ジャンには不審者対応されたが、良い旅だった。ただし、脚本家。テメーはダメだ。許さねえ。

 妙に史実に忠実な田舎を設定してくれやがって! 猪に出会って死にそうになったり、転がる死体やら、略奪を目撃しちまったり、何度死にそうな目に遭ったか! 吐きそうになったか! 食べ物がもったいないからぜったい吐かなかったけどな! もし会うことがあったらリュンたそ周りの裏設定を聞き出したのちに殴るわ!


「王都まで目と鼻の先だ! さあ、今日も張り切って歩こうぜ!」

「オディルは今日も元気だね」

「うっとうしい……」

「ありがとうございまぁす!」

「こっちくんな!」


 賑やかな珍道中を何時間か、そうしてゲーム画面で親の顔より見たジャル学の王都ティエールの大門が見えてきた。

 ここにオレの推しが……! リュンたそがいる……! こうしちゃいられねえぜ!

 王都の大門を通り抜けたオレは今までの鬱憤を晴らすが如く駆けだした。だから俺は王都で一番初めの客が誰だか見ることはなかった。


「あっ、オイ、こんガキャどこ行く――」

「オレの買い手を探してきま~~~す!!!!!」

「何言って、待て! …………はあ………。問題児ぶりがどんどんダニエルに似てきやがる……。なんでオレが買うガキはみんなああなんだ……」


 深い溜息をつき、肩を落とす人買いを見て孤児たちはざまあみろ、とほくそ笑む。ダニエルはといえば、あいつはもともとおかしいんであって、おれのせいじゃねえ! と反論したそうにしていたが、ジャンが宥めていた。


「失礼。売り物を見せて貰えるかね」

「あ、ハイ!」


 商売の基本は笑顔であるので、人買いもその例に漏れず、できるだけの笑顔を浮かべて声をかけてきた男に振り返った。

 人買いが振り返った先にいたのは、見るからに身分の高そうな貴人だった。


***


 ちらほらと見覚えのある街中を歩きながら、オレはきょろきょろとあたりを見回す。さて、薬師クレール・ヴァランシの店はどこだったか。

 クレールは代々魔女の家系の薬師で、住んでいた森が焼けてしまったから王都に出て来た、という設定だ。森出身のわりに薬草探しがド下手で、だから主人公の持ってきた薬草を良い値で買ってくれるお助けキャラみたいな位置にいるキャラだ。ゲーム終盤のレア薬草のお金とかどこから出てたんだろうな。ゲームのネームドキャラだからもちろん顔が良い。

 学園に程近い商店街の隅だったから、と推しの情報を求めて読み込んだ設定資料集を思い出しながら王都を歩く。ハハッ、みんな汚い恰好のオレを避けて歩くぞ。歩きやす~い。ジャンに頼んで生活魔術を使ってもらってから出てくれば良かったぜ。え? ジェネリックな推しのダニエルには頼まないのかって? うん。ダニエルへの接近禁止令が出てるからさ……。でも、一メートルまでは近づかせてくれるダニエルってやさしいよな!


「たのもー! ここで薬草を買ってくれると聞いて来ました!」

「へぁっ?! い、いらっしゃい……?」


 商店街の隅、というよりは少し外れの、離れた場所にその店はあった。薬屋『ヴァランシ・ファーマシー』の看板がかかった、こぢんまりとした店だった。

 ゲームでは本当にお世話になりました。主に金策で。主人公にかわいい服を着せようと思えば、大量のゲーム内通貨が必要になるのだ。推しカラーの赤と黒、紫色のコーデにしたくてがんばったっけな……。


「ええと、薬草を売ってくれるの? ありがたいなあ……たくさんあるね……」


 クレールは腰蓑状態になっていた薬草を外して渡すと、夢中になって見分し始めた。


「君、小さいのにこんなに薬草が取れるなんて、すごいねえ……。これなんて、王都近辺じゃ取れない野草じゃないか……」

「そうでしょうそうでしょう! だから薬屋さん、オレを買ってよ!」

「へぁっ?! か、買う……?」

「うん、オレ今人買いのところにいるんだ。買い手を探してて、薬屋さんならいい人そうだし、買ってもらおうと思って! オレ、買ってもらったらがんばって薬草を探すよ! だから、お願い! オレを買って!」

「え、ええ~……。うーん……」


 クレールは考えこみながら薬草をより分けて部屋に次々と吊るしていく。


「そうだなぁ、人の売り買いは好きではないけれど……。君がいてくれたら薬作りが捗りそうだ」

「やったー!!」


 オレは両手を上げて喜んだ! これで推しのいる王都を拠点にできるぞ! 薬草の金を受け取って、上機嫌で人買いのところに戻った。

 ジャンもダニエルも驚くだろうなー! 問題児仲間のオレがこんな上客に買われるなんてなー! 自慢してやろ!

 くふくふ笑いをこぼしながらオレは人買いのところに戻った。ヘイヘイヘーイ! オディル様の凱旋だぜー!


親分おっやぶ~ん! オレの買い手をホラ、このとーり! 連れて来たぜ!」

「ど、どうも……」

「……っ、あ、ああ、なんだおまえか」

「? 親分?」


 まるでひどい二日酔いのような酷い顔色で、人買いは緩慢な動作でオレとクレールを見る。昨日は深酒をしてなかったはずだけど、覇気がなさすぎないか?


「あんた、こいつを買うのか?」

「はい、買います」

「そうか。こいつは五千ティノだ」


 五千ティノって、つまり五千円くらいだと思うけど、やだ……、オレの値段安すぎ……?

 それはそれとして、やっぱり人買いの元気はない。何かあったのか?


「はい、五千ティノね。君、あんなに薬草を採るのが上手いのに、ずいぶん安いんだね?」

「うーん、道中でやらかしてたからかな?」

「やらかしてたの……?」

「うん、たぶんわりと」


 主に推し関連。ダニエルが暴行されそうになるとつい、口も手も足も出しちゃったからなあ。テヘペロ。あと腕力体力魔力がないからだと思う。食事事情が悪かったのものあってガリガリだし。


「おかげですんなり薬屋さんに買ってもらえて良かったよ! オレはオディル。よろしくね、薬屋さん!」

「ああ、そうか。まだ名乗ってなかったね。ぼくはクレール・ヴァランシ。よろしくね、オディル」


 クレールが手を差し出して握手をしようとしてくれたけど、オレは手が汚すぎたので、そっと手を隠して握手はやめておいた。


「……じゃあさっそく君の服とか見に行こうか。古着で悪いけど」

「ボロじゃなきゃなんでもいいよ、ありがとうクレールさん!」


 やっぱお人好しだ。クレールに買ってもらってよかったぜ! 人買いのところもこれでおさらばだ。やったぜ、あったかい寝床にありつける!

 人買いからおさらばする前に今まで散々世話になったジャンとダニエルに挨拶すべく二人を探した。けど、二人がいない。あれえ? まさか売れちゃった……わけはないだろうしなあ。


「親分、ジャンとダニエルは?」

「……ジャンは買われてったよ」

「ふーん?」


 ならダニエルも買われてったんだろうか。二人はいつも一緒だもんな。と、思えば人買いは暗い路地の隅を指さす。


「ダニエルはあそこだ」

「えっ!」


 クレールに待っててもらって、オレは路地に座り込んでいるダニエルに近寄った。いつもならきめえ、とか近寄んな、とか子猫ちゃんみたいに可愛く威嚇してくるのに、それがない。顔を伏せて、蹲ったままだ。


「ダニエル? 気分が悪いのか? ジャンは売れたって聞いたけど、ダニエルは……?」


 聞いてもダニエルは答えない。身動ぎさえしなかった。ひどく打ち沈んでいる。答える気力がないというか、もう何もかもどうでもいい、というように投げ出している。仕方なく他の孤児たちに聞くと、恐る恐るという風に話してくれた。


「オディルが買い手を探しに行っちゃってから、キゾクサマ? ってやつがきて、ジャンを買うって言ったんだ。ジャンはいつもみたいにダニエルといっしょじゃなきゃいかないって言ったけど、そしたら、キゾクサマは剣をぬいてさ、ダニエルにつきつけたんだ。そんでさ、『このドブネズミが死ぬ前に私に買われるか、それとも死んでから買われるか、どちらだ』って。オレもう怖くって。あのダニエルだって、固まってたんだぜ、おキゾクサマって怖いんだな。オレはあんなのに買われたくねえよ」


 その孤児は両手で自分を抱きしめて震えている。よほど怖かったんだろう。

 そうか。ジャンはダニエルの命を助けるために買われていったのか。あの仲が良かった二人を引き離すとか、お貴族様には血も涙もないようだ。


「なんというか、お気の毒だったね……」

「うん……」


 眉を下げてクレールが言う。同情されるのが嫌いなダニエルはクレールの声が聞こえているだろうに、やっぱり俯いたまま顔を上げなかった。


「あの、クレールさん」

「うん?」


 生きる気力を失くしたままのダニエルをここに置いていったらどうなるだろう。たぶん、客が買うと言えばなんの反抗もせずに付いて行くに違いない。そんなのはダメだ。

 オレは決意した。ジャンの代わりにダニエルを守る。そうしなければ口も態度も悪いジェネリック推しは人買いの元にいても、買われても、ロクな未来は待っていない。


「ダニエルも買ってください! お願いします!」

「えっ」

「ダニエルは口も態度も悪いけど、手先はめちゃくちゃ器用だし、オレと違って生活魔術が使えるし!」


 生活魔術のくだりでクレールが驚いた。やっぱりそうだよな。生活魔術すら使えないやつって珍しいよな。土下座したオレを立たせようとするクレールに構わず叫んだ。


「手持ちがなければオレも出します! 足りなければその分タダ働きします! だからお願いします!」


 たとえジェネリックだろうと推しはオレが守る!

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