第3話:ジェネリック推し

 オレは王都への道すがら、目ざとく薬草を見つけては、束ねて腰に括り付けた。人買いに怪訝な目で見られても気にしない! これは王都でオレを買ってもらうための布石なのだ!

 ジャル学には主人公が部活動で手に入れた素材を買い取ってくれる薬師がいた。彼は薬師のくせして薬草探しがド下手という設定で、薬草を特に言い値で買ってくれるのだ。彼に薬草を売りつけた金で自分を買うもよし、薬草探しが得意だと売り込んで彼にオレを買ってもらうもよし、だ。

 それにしても、とオディルはため息を飲み込んだ。前世の記憶を思い出してから三日、一度も風呂に入っていない。水浴びだけでもしたかったが、井戸のつるべは重すぎて断念せざるを得なかった。この体は思った以上に貧弱だったようだ。川に入ろうかとも思ったが、入ったあとに拭くものがないと気付いて、水浴び自体を諦めるしかなかった。人買いめ、商品の手入れくらい気をくばれや、クソが!

 ジャル学が王都だけ王道ファンタジー全開で、その他の地域――主に田舎――は妙に中世の世界観に忠実だったのを思い出し、そこは他の地域もふわふわ中世ファンタジーにしとけよ! と顔も知らない脚本家に悪態をついた。

 脚本家といえば、タクミの言っていたリュンたそ周辺の裏設定ってどんなのだったんだろう。それだけが前世の心残りだ。せめて聞いてから死にたかった。クソッ、あのクソジジイ。地獄へ落ちろ。

 ジャル学をやり込んでいたおかげで、面白いほど薬草が取れた。ついに薬草の腰蓑のできあがりだ。ちょっと歩きずらいし、薬草臭がすごいけど、体臭がごまかせるからヨシ! これだけあればばっちり有能アピールできるでしょ!

 王都へはあと何日歩き続ければいいのやら。人買いが酒場で愚痴っていた内容を耳に挟んだだけじゃ要領を得ない。おまえの稼ぎが悪いのは、商品に対して最低限のコストもかけないからであって、孤児オレたちは悪くないからな。ダニエルの扱いづらさに関しては同意しかないが。


「おい、臭いから離れて寝ろよ。臭いがうつる」

「へーへー」


 ダニエルの口の悪さにも慣れたのでいちいち腹を立てることもなくなった。こぜり合いがないのは良いことだ。せめて手足だけでも洗ってくるか、と寝場所に指定された馬小屋を抜け出そうとしたオレは、ジャンが心配そうにダニエルの足を診ているのを見つけてしまった。ケガでもしたのだろうか。


「大丈夫だ、これくらいどうってことない」

「でも、少し腫れてるみたいだ。痛いだろ?」

「……痛くない」

「ダニエル……」


 ジャンの背中越しにダニエルの足を窺ってみる。ジャンの言う通り赤く腫れていて、見ているだけで痛そうだった。


「捻ったの? それとも虫に刺された?」

「! ……おまえには関係ないだろ」

「あるよ。ジャンには世話になりっぱなしだからな、お礼のひとつもしないと寝覚めが悪い。それに薬草も集めすぎて邪魔になってきたからな、ここで使っておくのも悪くない。ジャン、ダニエルの症状はどんなもの?」

「あ、ああ……、どうも毒虫に刺されたみたいで」

「ふーん」


 オレは薬草腰蓑から解毒と体力回復作用のある薬草を抜き取った。この薬草を調合してたくさん毒消し作ったからよーく覚えてる。


「ジャン、これを揉み潰して患部につけて。あ、その前に水で洗ったほうがいいかな。オレ井戸から水を……」


 汲んでくる、と言う前にダニエルがそれを遮った。


「必要ない」


 素っ気なく言って、患部に手を当てた。これが本当の手当ってか。なんちゃって、と思っていたらダニエルの手がちょっと光って、水が出てきた。ナンデェ?!


「無能なおまえと違っておれは生活魔術が使えるから、井戸まで行く必要なんてないんだよ」

「こら、ダニエル」

「へー便利だねぇ」


 なるほどこれが生活魔術。すっごい便利じゃん! なんでオレは使えないのかなァー。異世界転生といえばチートスキル必須じゃろがい。魔法が使いたい放題とかさー! わかってねーな転生の神様はよー。いるか知らんけど。


「薬草消費にご協力ありがとうございましたー」

「あ、ありがとう、オディル」

「なんのなんの。いつも世話になってるのはオレのほうだからさ、ジャン。気にしないでよ」


 ジャンに手を振って、オレは手足を洗うために今度こそ馬小屋を出た。


「うぅー、微妙につめてぇー……」


 手足と、ついでに顔も洗ったはいいけど、乾くまで岩の上に座っているしかなくて、暇だし、寒い。やっぱやめときゃよかったかなぁ。でも臭いって言われたしな。

 寒さを我慢していると背後の茂みから音が聞こえて飛び上がった。ジャル学は恋愛シミュレーションゲームだけども、戦闘パートもあるのだ。つまり魔物がいる世界!

 ジャル学の主人公は攻撃魔術をバンバン使って狩猟ハントしていたが、オレはなんの魔術も使えねえ無能! 魔物に襲われる、即ち、死! なんだと、推しに会わずしてこんなところで死ねるか! 冗談じゃねえ、なんとしてでも生き残ってやる! オレは伝説の勇者になったつもりで身構えた。


「おい、オ……」

「うおらー――!!」

「なんだぁ?!」


 茂みから出てきたのは魔物ではなくダニエルで、オレに驚いたダニエルが放った土魔術の土くれに当たったオレは川に落っこちた。ぶえっ、川も別にそんなキレイじゃねぇな。

 夜目にはキレイに見えていても、実際入って見るとそーでもないのがわかった。もう二度と川で洗ったりするもんか。


「ぺっ、ぺっ、うわ気持ちわる……ハァ……しかたねぇ、脱ぐか……。ダニエル、驚かせて悪かったよ、けど魔術ぶっぱはやめてくれ……イテテ……」

「……っ、わ、わるかったよ」


 あ、謝った……? あの問題しか起こさないダニエルが、自分の非を認めて謝った、だと……? 明日は槍でも降るのか? それともジャンにきつく叱られたのか? ……それはないな。


「そういえば歩いて大丈夫か? けっこう腫れてただろ、足」

「……大丈夫だ。オイ、そこの岩に座れ」

「え?」

「座れ」

「アッハイ」


 なんか知らんがめっちゃ睨まれた。逆らうと怖いので、おとなしく指定された場所に座る。座っても何をされるのか分かんなくて怖ェけど。


「目をつぶれ」

「へ? ヴァッ!」


 めちゃめちゃ機嫌の悪そうな声が聞こえてきたと思ったら頭上から水が降ってきた。盥をひっくり返したくらいの水量がいきなり、どばあ、と。


「ぶぇっ?! な、なに?! 水?!」

「じっとしてろ」

「え? え?」


 何が起きたのか分からず、慌てて立とうとすれば、やっぱり機嫌の悪い声が降ってくる。ダニエルの声に従って座ったままでいると、こんどは暖かい風に包まれた。


「うはー……あったかーい。これも、さっきの水ももしかして、生活魔術なのか?」

「……そうだよ」

「へぇー。やっぱすげえ便利だな」

「……おまえ」


 ビショビショだった服と体が乾いていく。冷えていた体も温まってきて、空腹感がなければ眠っているところだ。


「んー……なにー? これすっげえ気持ちいーね、ありがと、ダニエル」

「……おまえ、やっぱ、キモチワリィ」

「えっ、ヒドッ」


 なぜか罵倒された。それでも暖かい風が吹いたままだったので、それ以上は何も言わずにおいた。


「前はそんなんじゃなかっただろ、おまえ」

「えー? そう?」


 思いの外真剣なダニエルの声に、オレはオディルの記憶を掘り起こした。たしかにオディルとダニエルの仲は良くなかった。むしろ悪かった。

 オディルは自分には使えない魔術が使えるダニエルとジャンを嫌ってたし、ダニエルも自分とジャンを嫌うオディルを嫌ってた。わあ、負のスパイラル。しかし前世の記憶を思い出してからのオレは、推しのいる世界にいるだけで世界は美しいと小躍りしたい気分だったので、ダニエルにそこまで敵意を抱いていない。というか、こちとら享年二十八歳だぞ。ひと回り以上年下の子どもの言うことにいちいち腹を立てていられるか。

 しかし、ダニエルにしてみればオレの内面が変わったことなど知らないのだから、急に態度が変わったのを不審がるのも無理はない。うーむ、どうやってごまかしたものか。


「いや~、考えたんだけど、自分に無いものをいつまでも欲しがってたって時間の無駄だなって。そんなことしてるより、自分にできることを極めたほうが得だろ? それにジャンには世話になってるからなー。生活魔術を使える二人に貸しを作っとくのも悪くないってわかったし?」


 ギブアンドテイクに目覚めました! という方向にしてみたけど、どうだろうか。ちょうど風がやんだので、ダニエルの様子を窺う。

 いっつも怒ってるオーラが漂ってるからしっかり見る機会がなかったから気づかなかったけど、ダニエル、めっちゃ顔が整ってるな……? 短いし、ボサボサだけど、推しと同じ見事な鴉の濡れ羽色の髪、推しと同じ月明りに透き通るような、採れたて新鮮苺みたいに魅力的な眼。……これは実質推しでは? ジェネリック推し。


「リュンたそじゃん……」

「はあ? りゅんたそ? なんだそれ」

「オレの推しだよ。一目惚れだったんだそれはもうきれいで気高くてもうまさに高嶺の花を体現したような人でね? 彼女の全てをしってるかって言われたらそんなことは全然まったくそんなことはなくてオレはただただ彼女の幸せと平穏な生活を願ってるだけのいちファンでしかないんだけどね、少しでもいいから彼女に近づきたくていろいろがんばったんだよ、いつ推しに会っても恥ずかしくないようにってさ、でまさにその機会が巡ってこようとしてるってわけなんだよ、わかる? この胸のトキメキが。何が何でも生きて王都に行くって決めたし、人買いともおさらばしてやるね、オレは孤児のまんまじゃ推しの役に立てないからさ。……ゴメン、喋りすぎた」


 オタク特有の早口長文を浴びせられたダニエルは明らかに引いていた。ゴメンね、怖かったよね……。でもリュンたそへの想いは誰にも止められないんだぜ。


「よ、よく分からんが、おまえがりゅ、りゅんたそ? ってやつを好きなのはわかった」

「ありがとう!! リュンたそはね……!」

「もういい、もう喋るな!」

「ゴメン」


 リュンたその素晴らしさを布教しようとしたら遮られた。残念。まだぜんぜん喋り足りないのに。


「服も体も完全に乾いたや。すげ~、ありがとなダニエル」


 立ち上がってダニエルと視線を合わせる。見れば見るほどダニエルは推しカラーだった。なぜ近くにいたのに気づかなかったのか。ジェネリック推しをスルーしていたとは……ッ! 不覚!


「ダニエル……。今やっと気づいたんだけど、おまえ……いや、君は」

「きみ?!」


 はっはっはっ、なんでそんな幽霊でも見てしまったような顔でオレを見るんだい?


「オレの推しにカラーリングがそっくりなんだ! だからこれから君をジェネリック推しとして推し活に利用させてもらうから、よろしくねダニエル」

「ヒッ」


 両手を握って熱弁したらもっと怯えられた。なぜだ、解せぬ。

 オレたちがケンカをしないか心配で様子を見ていたらしいジャンが飛び出してきてその背中にダニエルを隠した。なんで警戒されてるの? なぜだ、解せぬ。オレは悪いスライムじゃないよ!

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