巻島の脳内1分会議

エス

巻島の脳内1分会議

「ままままままま待て待て待て待て待て待て! おおおおお落ち、落ちくて、落ち着け!」

 髪の毛をツンツンに逆立てたジャージ姿の少年が喚いた。


「キミが落ち着きなよ」

 髪の毛を下ろした学ラン姿の少年が返す。


「きききキミって、お前もオレじゃないか!」


「そりゃあそうだよ、僕たちは巻島ユウトだもの。そんなことよりこの事態にどう対処するのかを話し合おうよ」


「あ、ああ。わか、わかってるって。オレたちはそのためにいるんだからな」


「だよね、じゃあ脳内会議を始めよう」



 ここは中学3年生である巻島ユウトの脳内。


 二人は巻島ユウトの感情だ。もちろん二人は巻島ユウトによる空想の産物である。


 当然二人に名前などはないので、ここでは「ジャージ」「学ラン」と呼ぶことにする。


 ジャージと学ランはどんな状況に直面しているのか。そして二人はどんな答えを出すのか。行く先は巻島ユウト本人にもまだわからない。




「じゃあまずは状況を整理しよう」

「何のんきなこと言ってんだ、早く結論を出そうぜ」

 学ランが切り出すと、ジャージは反論する。


「そんなに急いでもいいことないよ。ちゃんと考えないと」


「何言ってんだよ! 考えたってダメなことばっかだっただろ? この前の期末テストだって、国語の二択まで絞った問題を『ア』と『エ』で散々考えて『エ』にしたけど、結局間違ってたじゃねえか。オレらはいつも最後の最後で間違った方を選ぶんだ。だったら勢いで決めた方がいいだろ!」


「もっともらしいことを言うけどさ」

 学ランがジャージに近寄って意見を言う。

「最後の二択で間違えることが多いって事実はないらしいよ。人間は間違った体験の方が印象に強く残りやすいんだって。だから本当は正解していることもあるのに、間違ったという経験ばかりが印象に残る。その結果、二択で間違ってばかりいるイメージがついてしまうんだ。ちゃんとデータを取れば、二択の正解率は半々ぐらいのはずだよ」


「そ、そんなはずねえよ。かっ、仮にだぞ、仮にお前の言うことが本当だったとしても、確率は半々なんだろ? だったらやっぱり考えても考えなくても同じじゃんか」


「それは違うよ」

 学ランはさらに一歩ジャージへと歩み寄る。

「キミが言ってた国語の問題だけどさ、先生が解説していたよね。ヒントはもっと前の行に書かれていたって。覚えてる?」


「まあ、言ってたな。記憶はオレとお前で共通だから覚えてるのは当たり前だけどよ」

「つまり僕らはそのヒントを見つけられなかったってことだ」

「そういうことだな」

「逆に言えばヒントを見つけられれば、二択で迷わず正解を選べたってことになる」

「見つければ、だろ? 無理だってそんなの。テスト中は時間制限もあるんだからよ」


「それだよ」


 学ランはまたジャージに近付く。もう鼻がくっつきそうな距離だ。


「たぶん僕らにとっては時間があれば解けた問題だった。もう少し踏み込んで言うと、時間さえかければ正解率を上げることは可能なんだ。テストは時間制限があるから難しいかもしれないけどさ、時間をかけることができるなら『巻島ユウト』は正しい答えに辿り着けるヤツなんだよ」


 ジャージは目を逸らす。

「ま、まあ、たしかにな。時間がないし、二択に絞れた瞬間に『答えはどっちだ?』ってなるから視野も狭くなる。そしたらヒントを探しに文章読むこともないわけか」


「そうそう」


「しかも時間が刻一刻と過ぎて行ったら大して考えもせずにほぼ勘で答える。で、正解率が半々になるってわけか。しかも中途半端に考えたから自分では『ちゃんと考えた』つもりになっちまうというおまけつき。最悪じゃねえか」


「だからキミみたいに『勢いで決めても変わらないじゃん』ってなるわけ。本当は時間をかけて考えてないだけなのにね」


 ジャージは後ろに下がって大きく息を吐き出した。


「オーケー、わかったよ。ちゃんと時間をかけて考えることが大事なんだな」


「わかってくれてうれしいよ」


「ならお前の言った通りだ。状況を整理するところから始めるか!」


「そうだね」


「ここは体育館の裏だ」


「そうだね」


「目の前にはクラスメイトの加納アカネがいる」


「そうだね」


「加納アカネは陽キャだ。しかも学年一モテる」


「そうだね」


「その加納アカネがオレたち、つーか巻島ユウトに告白してきた。巻島ユウトは陰キャだ」


「そうだね」


「で、今は加納アカネが巻島ユウトの答えを待っている」


「そうだね」


「これが状況だ」


「そうだね」


「やっぱり早く答えなきゃじゃねえかよおおおおお!!! どうすんだよこの状況おおおおお!!!」


ーーーーーここまでで五秒経過ーーーーー




 二人とも腕を組んでいる。本来なら考えるまでもない状況だ。学年一モテる女の子に告白されているのだから。


 しかし、二人の表情は複雑だ。


「可能性は少なくとも三つあるな」

 ジャージが親指、人差し指、中指の三本を立てる。本人はそれがカッコいいと思っているのだ。



「ひとつめは『って〇〇くんに伝えて』パターンだね」

「直接『巻島ユウト』の名前は言われてねえからな。ここへ来てから『好きです。付き合ってください』しか加納アカネは言葉を発してない。別のヤツに伝えてほしいっていうのはあり得る話だぜ」

「確率は低いと思うけどね。わざわざ僕を介する意味はないし、SNSや電話だってあるわけだし」



「だよな。やっぱ一番確率高いのはふたつめの『罰ゲーム』パターンだろ」

「やっぱりキミもそう思う?」

「当たり前だろ? 見た目も大したことないし、クラスで目立たないし、頭も普通だし、運動神経も普通なんだぜオレは。さらに友だちも少ないし、女子と話をしたことなんて入学してから十回だけだぜ。そんなヤツがあの加納アカネに告白されると思うか?」

「女子と話した回数を数えているところがまた僕たちらしいね。女子とよく喋る男子は回数なんて数えてないだろうに。ダサい」

「そのうち加納アカネと会話したのが四回でトップだ。巻島ユウトのヤツ、個人別の内訳までも覚えてる。自分のことながら恥ずかしくなるぜ」

「ホントに恥ずかしいよ」

「加納アカネは騒ぐの大好きだし、罰ゲームで僕に告白とかさせられてもおかしくないかな」



「で、みっつめ。これは正直ひとつめよりも確率低いかもしれねえ」

「本気で『巻島ユウトが好き』というパターンだね」

「マジでオレたち学校では目立たないからな。同じクラスって以外に接点もねえよ」

「実は幼馴染ってこともないからね」

「放課後植物に水をあげたり、帰りに道端で困っているおばあさんを助けたりしたこともねえ」

「僕のいいところを密かに見てくれてた、ってケースがありえないって意味だね。そりゃそうだ、だって何にもしてないんだから」

「何なら誰よりも早く帰宅してるまであるぜ」

「あるね」

「だから加納アカネがオレを好きになるってことはないだろ」




 ついに二人は座り込む。学ランは正座、ジャージは胡坐だ。


「ということは、罰ゲームって線で考えていいのかな?」

 学ランは顎に手をやりながら問いかける。


「待て待て待て。確かに可能性としては高いが、わかるだろ? その、なんだ、やっぱ一筋の光明にかけてえっつーか」

 ジャージは僅かだが期待を持っている。


「うーん、気持ちはわかるよ。男なら期待しちゃうよね。でもさすがにありえないと思うなあ」


「わかってるよ、わかってるけどもし本当に加納アカネがオレのこと好きだったとするだろ? それを断ったらどうなる? 中学生活で彼女ができることなんてもう絶対ないぜ! 巻島ユウトじゃあ高校生になったって彼女ができるか怪しいもんだ。下手すりゃこんなチャンスは一生ないかもしれねえぜ。一生彼女できなくていいんか? おい」


「だいぶ話が飛躍したねえ。高校のことは高校になってから考えればいいと思うけどね。それより罰ゲームだった場合のことを考えようよ」

 学ランはあくまで落ち着ている。

「罰ゲームだったとした場合、この告白を受け入れたらどうなると思う? みんなに卒業まで冷やかされるか、こっそり僕のいないSNSグループで『あいつ加納の告白マジに受け入れたぜ、ありえねえよなあ』とか言われるんだよ。それこそ高校に行っても知り合いがいたら、噂を広められるかもしれないよ」


「それは困る。死んじまう」


「だったら断るべきじゃないかな」


「言う通りなのはわかるんだが、それは罰ゲームだった場合だよな。もし本当にオレのことが好きだったら、オレなんかに断られてショック受けるんじゃねえかな」


「じゃあ加納アカネは本気で僕に惚れてると?」


「いやまあ、それを言われると罰ゲームなんだろうって思うけどな……。ああ! どうにか判別する方法ねえもんかなあ」


「確かに! キミの言う通りだよ。このまま話していても結論は出なさそうだ。だったら別のアプローチをするしかない」


「別のアプローチ?」


「僕らは今まで結論を出すことにこだわっていたけど、これから加納アカネに質問して、探りを入れていけばいいてことさ。告白はされたけど、いきなりイエス、ノーを言わなくてもいいもんね」


 ジャージは手を叩いて喜んだ。

「おお! それはナイスアイディアだ。探りながら三つの可能性をひとつの確信にしていくってわけだな! 早速訊いてみよ……」

「待って!」

 学ランはジャージの言葉を遮る。

「大事なのはここからだよ。『その告白は罰ゲーム?』なんて言ってもマイナスしかないと思うんだ。本気の告白だったら傷つけちゃうかもしれないし、罰ゲームだとしてもホントのことを答えるとは限らない。言い方が重要になるんだ」


「可能性その1の解決にもなってねえしな。そもそも別の人への伝言だったらこれまでの会議は無駄になる。まずは本当に巻島ユウトへ向けた告白なのかを確かめる必要があるな」

 一呼吸置いて、ジャージが続ける。

「あ! これは別に悩む必要はねえか! ちょっと照れながら『僕のこと?』って訊けば一発だ!」


「それはいいね。何となく自然だし。これは早速巻島ユウトに言ってもらおう」


ーーーーーここまでで十五秒経過ーーーーー




「まずは第一関門突破だな。『僕のこと?』って尋ねたら『うん』って頷いたもんな! な!」

 ジャージがこれまでにない笑顔を見せる。


ーーーーーここまでで二十五秒経過ーーーーー



「とりあえず、僕自身に向けられた告白だってのは確定したね」

 学ランもほっとした表情だ。



「いよいよ本番だぜ。もし本気の告白がわかったらイエス、罰ゲームだと判明したらノー、ってことでいいんだろ?」

「うん。それでいいと思う」

「なら、どういう聞き方をすれば本気か罰ゲームかを判断できるかだな」

「罰ゲームの確率が高いのは間違いないと思うけどね」


「そこなんだけどよ」

 ジャージが顎に手をやりながら話す。

「加納アカネって別に性格悪いみたいな噂もないじゃん? どちらかというとオレたちみたいな目立たないヤツにも普通に話しかけてくれるっつーか。一緒につるんでる水近なんかは性格ヤバめとか言われてるけどさ。加納アカネは罰ゲームでもそういうことはしないと思うぜ」


「つまり、可能性は低いと言いつつも、本気で告白してるって考えてるわけだね。まあ理解できる。キミの言い分は理解できるけれども、だ」

 学ランは懐疑的な様子だ。

「僕らには考えるべき点がみっつある」



 学ランが切り出した。

「ひとつは最初から言っているように、巻島ユウトと加納アカネにはほとんど接点がない。何なら加納アカネとよく話す男で、イケメンやスポーツできるヤツ、話の面白いヤツは何人もいる。そいつらを差し置いて巻島ユウトが好かれる要素はどこにあるって言うのか?」


「それは……自分のことながら……ねえな」



「そうだよね。ふたつめ。加納アカネの性格がいいってことについては僕も賛成だ。だからこそ彼女は所属するグループの雰囲気を守ろうとするんじゃないかと僕は思ってる。

『ゲームしよ』

『いいよ』

『負けた人は罰ゲームね』

『やろうやろう』

『あ、負けちゃった』

『じゃあ罰ゲーム何にしようかな』

『巻島に告白するのはどう?』

『めっちゃ面白そう! いいじゃんいいじゃん!』

『え? それはさすがに……』

『ゲームで負けたんだからやらなきゃね』

『それとも負けたのにやらないの?』

『ノリ悪くない?』

『大丈夫だよ、アカネなら絶対オッケーしてくれるって!』

『適当に一週間くらい付き合って振っちゃえばいいじゃん!』

 このくらいの会話があったら、性格のいい人でもノリを合わせる気がするんだけど。自分がグループから外されるかもしれないっていう恐怖もあるだろうし。水近なら言いそうじゃない?」


「うおおお!! 苦しい! やめてくれよそういう想像は!」

 ジャージは頭を抱えるが、急に冷静になり、返答する。

「いやまあ、確かにあるかもな。性格がいいっていうのは広すぎて定義するのが難しい問題かもしれねえ。仲間たちの関係を切ってでもオレたちを傷つけないようにするのも性格がいいって言える。反対に、あまり関係のないオレのことは考えず仲間の和を乱さないようにするのも性格がいいって言える」



「ほぼ接点のない僕らより仲間を取るのは十分あり得る話だよ。みっつめ。これはかなり今までと違う話になるけど、ある意味では最も重要だ」

 急に声のトーンを落として問いかける。

「僕らは彼女のことを好きなのか?」


「え?」


「巻島ユウトは加納アカネを好きかって話だよ。どう思う? 僕らは罰ゲームがどうかを気にしているけどさ、正直僕らは加納アカネに恋愛感情を持っているかな?」


「……」


「僕は正直持っていないと思う。女の子に告白されるなんてこれまで考えたこともなかった。しかも相手は学年一モテる女子。高嶺の花すぎて恋愛対象にしてなかった。この降って湧いたチャンスが罠かどうかを気にしているだけで、人気のある子を逃したくないって感情だけで動いているように感じる」


「以上が僕らの考えるべき点だ。巻島ユウトが好かれる要素、加納アカネが仲間の雰囲気を守ろうとしている可能性、そして巻島ユウト自身の恋愛感情。キミはどう思う?」


 ジャージは考え込む。学ランも自分の問いに自ら回答を導き出そうとしているようだった。脳内には明らかに長い長い時間が流れる。この告白が罰ゲームかどうかはみっつの問題に回答を出せれば導かれるような気がしていた。


 やがて、ジャージが口を開いた。


ーーーーーここまでで五十秒経過ーーーーー


「ひとつめのオレが好かれる要素についてだけどよ」

 いつもより真剣な表情のジャージがそこにいる。

「これは気にしなくていいんじゃねえかな。人が人を好きになる理由なんてわからないし、それこそ千差万別なんだし。罰ゲームだったとしたら、そもそも好きになられてねえし。ちょっとショックだけどこればっかりは訊いてみても真実かは判断できねえ気がする」


「奇遇だね。僕もこの問題は考えても仕方ないって結論に達したところだったよ。もし『僕のどこがいいの?』って加納アカネに質問しても『優しいから』って返されたらそれ以上何も言えなくなりそうだもんね」




「ふたつめの加納アカネが友だちに合わせているかもしれないってヤツ。罰ゲームだとしたら正直これだと思ってる。いや、これだと信じたいって感じだな。もし合わせていたと仮定して、オレが断ったら彼女は友だちの中でどういう風な待遇を受けるか考えてみたんだけどよ」


「そこまで考えたんだね」


「ああ。恐らく水近あたりは『なんかアカネがヘマして気付かれたんじゃないの?』って言いそうで」


「めっちゃ水近の声で脳内再生されたよ」


「オレらが脳内そのものだけどな」


「そうだったね」


「少なくともオレが断った場合、水近は加納アカネを責める可能性があると思った」


「うん」


「打算的なことを言えば、まだ心のどこかで本当の告白である可能性を捨てられないでいるのもある」


「ということはどちらにせよ」


「告白をオッケーすればダメージを受けるのはオレだけで済む」


「告白を受けるってことか。まあ僕もダメージ受けるけどね。でもなんかカッコいいから僕も反対はしないよ」




「サンキュ。で、みっつめ」


「僕らが加納アカネを好きかって話だね」


「ああ。こればっかりは正直好きかどうかはわからねえ」


「僕から言っといて何だけどさ。お互い好きだから付き合うのが一番自然なんだろうけど、付き合ってから好きになっていく形はアリだと思う」


「お、固いお前が珍しいじゃねえか。どうした?」


「よく考えたら世の中のカップルってさ、全員が両想いでスタートしているわけじゃないよね。何となく好意を持っているって状態から始まって、どんどん好きが増えていくってケースもたくさんあるはずなんだ。今回の場合は、罰ゲームでもそうじゃなくても告白にオッケーを出す。そういう選択をすることになりそうだから一応僕の意見も言っておこうかなって感じ」


「そっか」


「うん」




「じゃあオッケーするぜ。もし加納アカネによる本気の告白だったらみんな幸せ、罰ゲームだったらダメージを受けるのはオレたちだけ。それでいいか?」


「構わないよ」


「もしかしたら高校行ってもネタにされるかもしれないけどいいのか?」


「適当に笑い飛ばすよ」


ーーーーーここまでで一分経過ーーーーー


 そうして、巻島ユウトは『こちらこそよろしくお願いします』と、答えた。



 加納アカネは屈託のない笑顔で、笑った。


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