後日のお話

 荒涼とした風景が続く山道を進む一団があった。

 周りには植物と言えるものは見当たらず、岩と石ころと砂地だけが存在する、そんな死を体感するような風景だ。

 そんな気持ちも萎えるような風景に囲まれた山道を、黙々と進む一団の顔には、しかし、沈鬱な表情は一片もなかった。

 そこには、不安、決意、覚悟、そんな感情がない交ぜになったものが、色濃く表れていた。


 その一団、といっても4人のパーティだ。

 男が三人、女が一人。


 先頭を歩く男は、まだ年若く、精悍な顔をしている。黒髪を肩まで伸ばし、その額に額当てを巻き、銀色に輝く胴鎧ブリガンダインに真っ赤なマントを纏っている。その後ろには多少埃で汚れているが、青白く輝く全身鎧プレートアーマーに身を包み、片方の手に黒く塗られた盾を所持し、その腰には茶色い鞘に納められたロングソードを装着した一目で戦士もしくは騎士とわかる男が続いている。その横に元は真っ白だったのだろうが、長旅で灰色に汚れたローブを纏い、その手に白銀の槍を杖代わりに歩いて行く僧侶と思われる男、最後に続くのは紫色のローブに、大きめのとんがり帽子をかぶり、頭頂部に真っ赤な水晶をはめた杖を片手に歩く魔法使いと思しき女性。その4人は、共通の目的を持って前に進んでいる。


 魔王討伐。


 そう、彼らは勇者のパーティだ。


 彼らの進む先には魔王バキュラの城がある。

 王都を出立して三年。幾多の戦いで自分たちの能力値レベルを上げ、伝説級の武器や防具、魔法をそろえ、いまやっと魔王と対峙できる力を身に着けたと確信した彼らは、最終目標である魔王バキュラを打ち倒すために、この西の果てにやってきた。

 この丘を登りきれば、魔王バキュラの城が見えてくるはずだ。

 4人は、息一つ切らさず、丘を登りきった。

 頂上に立つ4人の目に映るのは、荘厳で邪悪な魔王城……のはずだった。


 「これが魔王城か?」

 全身鎧プレートアーマーの戦士、オードリーが兜の中で、訝しげな声で他の3人に尋ねた。

 「そのはずよね。」

 魔法使いのルシアが同じような顔をして答えた。いや、4人が4人とも同じような顔をしている。


 そのはずだ。

 そこは、廃墟の城だからだ。


 正門は粉々に破壊され、城の中は魔人の一人もいない無人の城。

 4人は、それでも警戒を周囲に張り巡らせて、城の中を進んでいった。

 罠の可能性も疑って。

 階段をいくつも昇り、最上階に到達する。

 悪魔のレリーフのある大きな扉があり、その足元にはガーゴイルの石像が、瓦礫となって転がっている。それを見送りながら4人は、その扉を開けた。


 目の前に広がる豪華な広間。

 その奥にある玉座。


 しかし、だれもいない。


 本来なら魔王が座っていなければならない場所だ。

 しかし、目の前の現実は無人。

 4人はただ、ただ、呆然とするだけであった。



 勇者一行が魔王バキュラの城に辿り着く一週間前。

 その魔王城に降り立った魔人がいた。

 全身を黒いローブで覆い、頭には同色のフードを被っていて、外目からどんな魔人なのかはわからない。ただ、蝙蝠のような翼を持っているということのみ、魔人であることを明かしていた。

 その魔人は、辺りに探索魔法サーチをかけた。

 「だれもいないようね。」

 そう呟くと被っていたフードを取った。

 中から現れたのは銀髪に羊のような角を生やし、エメラルドグリーンの瞳を持った美女である。

 その女魔人は、屋上から下の階に降りる階段を見つけると、そのまま階段を降りていった。

 魔王城は死んだようにひっそりとしており、女魔人の探索魔法サーチの範囲を更に広げても、生命の反応は見当たらなかった。

 「どういうこと?」


 『モル、バキュラのところに着いた?』

 モルと呼ばれた女魔人の頭に、女の声が響いた。

 「リリアナ様。いまバキュラの城に着きましたが、人の気配がありません。」

 『人の気配がない?』

 モルの主人と目される女性、リリアナの声は意味不明というニュアンスが滲み出ていた。

 「はい、いま、玉座の間におりますが、バキュラ殿の姿も六魔将の姿もありません。全くの無人です。」

 『死骸もないのか?』

 「倒されたとしたら、灰になったのではないでしょうか?」

 その答えに、相手は沈黙した。その状況の意味を探り出そうとしているようだ。


 モルは玉座に近づくと、その周りを調べてみた。すると、玉座の下になにやら結晶のようなものがある。

 拾い上げると、それは親指ほどの大きさで、闇より深い黒色の結晶であった。

 モルにはそれがなにかわからない。

 『モル、どうしました?』

 「玉座の下に結晶のようなものがありました。」

 『結晶?』

 「はい、ご覧になりますか?」

 『見せてみて。』

 モルは、胸にぶら下げたネックレスの先に付いている緑色の宝石に、その結晶を近づけた。

 どうやら、遠方にいるリリアナに画像を送る、カメラの役目をする宝石らしい。

 『ほほお、面白そうなものだな。』

 リリアナがその結晶に、かなりの興味を抱いたようだ。

 「あとでお持ちします。更に調査を行います。」

 『適当なところで切り上げろよ。』

 リリアナの関心は、黒い結晶に移り、バキュラの城のことはどうでもよくなった、というニュアンスが含まれた言葉をかけると、モルはまじめに「了解」の返事をして、念話テレホンを切った。

 

 モルは、階段を下へ下へと進み、やがて一階に到着した。

 ここもなにかの魔法によって破壊された痕跡が残るだけで、死体もなにもない。

 「すべて、灰にでもなった?」

 周りを見廻していた時、モルの探索魔法サーチに引っかかるものがあった。

 その方向へ速足で向かうと、光りもささない暗い廊下に、なにかが駆けていくのを感じた。モルは、その後を急ぎ追う。

 すると、暗闇の向こうから扉の開閉の音が聞こえてきた。

 (あそこか?)

 モルも目の前の木製の扉を乱暴に開けると、闇に落ちる室内を見渡した。暗視の能力スキルが昼間のように室内を映し出す。

 どうやら調理室のようだ。

 かなり荒れ果てている。

 食材はすべて腐りはて、包丁などの調理道具は錆びついている。

 そのなか、調理台の下になにかがいる感覚がある。

 「出て来なさい。いるのはわかっているのよ。」

 自分の感覚を信じて、誰何すると、調理台の陰からなにかが飛び出し、逃げ出そうとした。それを見て、モルの右手が軽く上がり、掌から黒い荊の蔦が飛び出した。

 蔦は的確に逃げる相手に絡まり、その動きを封じた。

 「おとなしくしなさい。」

 そう言って近づくと、モルのもう片方の掌に光の玉が浮かんだ。

 灯火魔法マジックトーチでその場を照らすと、蔦に縛り上げられた相手の顔を見下ろす。相手も恐怖に震えながらモルを見上げた。


 「なんだ、ゴブリンじゃあない。」

 相手の正体を知ったモルは、警戒した自分に嘲笑をあげながら黒い荊の蔦を切り、相手を解放した。解放しても逃げられないとの自信ゆえの行為だ。

 ゴブリンはモルを恐怖の目で見つめている。

 「あなた、ここで何があったか、知っている?」

 モルはゴブリンに顔を近づけながら尋ねた。しかし、ゴブリンはいまだ恐怖で口が開かず、全身を震わせている。

 「殺されたくなかったら尋ねたことに答えなさい。」

 モルは、ゴブリンの一度も洗ったこともないような服を握りしめ、引き上げた。大きく見開かれたモルの瞳に睨まれ、ゴブリンの口がゆっくりと、そしてとつとつと開く。


 「お、おん、おんなだ。」

 「おんな?」

 ゴブリンの最初の言葉に、モルは首を傾げる。

 「おんなが、この城にやってきて、みなをころした。」

 怯えで震えながら、ゴブリンは自分の見たままのことを言葉にした。

 「バキュラもそのおんなに殺されたっていうの?」

 「そ、そう、そうだ。」

 モルの疑問に、ゴブリンの答えは信じがたいものだったが、嘘や妄想を語っているのではないことは、モルにはわかる。自分の魔眼の前に嘘はつけない。

 「そのおんなは、何人でどんな感じの連中。」

 「三人…背の高いのと、太ったのと、羽根の生えたのだ。みな、美人だった。」

 ゴブリンが襲撃者の様子を思い出し、頬を赤らめているのを見て、モルは汚らしいものを見ているように、ゴブリンを放り投げた。

 「三人のおんな?」

 「これはすぐにリリアナ様に報告しなければ…」

 そう思うと、モルはすぐに念話を飛ばした。

 その足元では、ゴブリンが呆けた顔をして、モルを見上げている。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

からっぽやみな魔王(おれ)とチートな愛人たち 甲陽 明 @akira-coyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ