11 金龍鶏のことを聞いたら襲ってきたので、思わず倒したら…
プリムラとティアラが調理室に着いた頃、アウローラは城の奥へと進んでいた。彼女にしても目的である金龍鶏の卵を探し出さなければならない。
そのために、城にいる者に聞こうとするが、答えるより先に襲い掛かってくるので、防ぐ。そのときの一撃で、すべての者が永久に沈黙してしまう。
その繰り返しであった。
いささか、食傷気味のアウローラは、情報を求めて、階段を登り、城の最上階に到達した。
手にしていた長刀は、
目の前に大きな扉があり、なにかのレリーフが彫られているが、アウローラにはわからない。左右にはカーゴイルの彫像が扉の前に立つ者を睨むように立っていた。
アウローラはその扉を開けようと近づくと、彫像のカーゴイルが突然動き出し、アウローラの前に立ちはだかった。
アウローラはこれ幸いと、動き出したカーゴイルに問いただす。
「あんたたち、金龍鶏の卵、どこにあるか知らない?」
しかし、カーゴイルは口がきけないのか、アウローラの問いに答えない。代わりに手にした三又の槍を振りかざし、アウローラに突きかけた。
またか、と思いながら
抜き出してきたのは、これも2メートルはあろうかという真っ赤な槍である。しかも穂先の横に刃がついていて、十字を形作っている。
十文字槍と呼ばれるものだ。
アウローラは、その十文字槍で襲い掛かる三又槍を払い除ける。なおも攻撃してくるカーゴイルにその穂先で首を串刺しにし、もう一体のカーゴイルの顔に石突きを叩きこんで、その顔を粉々に砕いた。
瞬殺だ。
カーゴイルは物言わぬ石像に戻り、アウローラの足元に残骸となって転がった。
十文字槍を
コンサートホール並みの広さを持つその部屋は、絢爛豪華な装飾品で飾られていた。
天井からはクリスタル性のシャンデリアが五つほどぶら下がり、床は鏡のようにピカピカに磨かれた大理石、そしてその上に、緋色の絨毯がまっすぐ伸びていた。
その絨毯の先には、黒光りした玉座が備え付けられ、そこに一人の魔人が鎮座している。
あきらかに他の魔人とは、雰囲気が違う。
赤と黒の基調に、金糸銀糸の刺繍であしらわれたロココ調の服装は、高位の貴族を思わせるが、その身からあふれる邪悪なオーラは、どんな強者でも恐れ慄かせるかと思えるほどの迫力がある。
しかし、アウローラにはそのオーラが感じないのか、ごく普通の態度で、距離の離れた魔人に聞こえるように、少し大きめの声で尋ねた。
「ねえ、金龍鶏の卵、どこにあるか知らない?」
その問いに玉座に座る魔人、つまり魔王バキュラは、片方の眉を吊り上げた。
「金龍鶏の卵?」
反応のない魔王に、アウローラは聞こえなかったのかと思い、更に大きめの声で尋ねた。
「金龍鶏の卵、この城のどこにあるか知らないですか?」
今度は聞こえたろうと思うアウローラに、魔王が口を開いた。
「そんなものを我が知るはずがなかろう。先ほどの、許可も得ずに入室する無作法、いまの無礼な物言い。そなた、余がだれか知ってて、そのような態度をとるのか?」
バキュラの青く輝く眼が、アウローラを睨む。
その強圧的な
「そんなの知らないわ。」
小首を傾げながら答えるアウローラに、バキュラは軽く笑った。
「おもしろいやつだ。しかも、美形ときている。よし、余の
「側女?」
「そうだ、味わったことない贅沢と快楽を与えてやるぞ。」
バキュラの断定的な物言いに、アウローラの目が眼鏡の奥で光った。
「あなたの女になれっていうの?」
「そうだ。そなたのその美しき姿に免じて、いままでの無礼はゆるしてやろう。
命令調のバキュラに、アウローラのこめかみがピクリと動いた。そして、おもむろに眼鏡をはずすと、それを胸ポケットにしまった。
「唯一ご主人様のみに仕える私に向かって、その言い草。不愉快極まりない。」
「不愉快だと?貴様ごときが不愉快だと?」
バキュラの額に怒りの皺が刻まれる。
「卵の在りかも知らないばかりか、私に
「我に向かってよう言うたな。もはや、謝罪も命乞いもきかぬぞ。」
「謝罪も命乞いもいらないわ。」
「おろかものめ!」
バキュラの言葉とともに、その青い目が真っ赤に輝いた。
“
生ける者をすべて石へと変える
しかし、アウローラには何の効果もない。
バキュラの困惑の色が一瞬、表れ、すぐに不敵な笑みに変わる。
「シャドウ・サーペント(真影の大蛇)」
アウローラの足元の影から黒い大蛇がいきなり飛び出し、アウローラに絡みついた。
その太い胴体を幾重にも巻き付け、大蛇はアウローラを絞め殺そうと力を入れる。それを見るバキュラは、アウローラの苦痛の悲鳴と命乞いの声をいまかいまかと待った。
しかし、その声はいつまでも聞こえてこない。
「ええい、もっと締め上げろ!」
バキュラの命令に大蛇の胴体に更なる力が加わった。
「うっとうしいわね。」
巻き付く胴体の中からアウローラの不機嫌な声が漏れた。
「なっ⁉」
玉座に座るバキュラの目の前で、黒い大蛇の身体が引きちぎられ、四散した。その一部がバキュラの服に飛び散る。
「あら、ごめんなさいね。汚したようで。」
からかうように謝罪するアウローラに、バキュラの怒りが頂点に達した。
「ファイア・オブ・レオ(炎の獅子王)」
玉座から立ち上がったバキュラが左手を差し出す。
その手の平が黒い炎に包まれる。それは巨大な獅子の形に変化し、大きく開いた口をアウローラに向け、彼女に襲い掛かった。
「へえ、結構大きな猫ね。」
口元を緩めてアウローラは、空間から例の長刀を抜き出した。
長刀を大上段に構え、襲い掛かる獅子に正対する。
その牙がアウローラの首にかかる寸前、長刀が振り下ろされ、獅子はまっぷたつに斬り裂かれて、そのまま消滅した。
「なに⁉」
「今度はこっちの番よ。」
アウローラがバキュラに向かって駆けた。
「エビルアロー(邪気の矢)」
バキュラの周りに黒い矢が多数、出現し、迫るアウローラに向かって放たれた。
アウローラの長刀が高速で回転すると、向かってくる多数の矢はその回転で細切れにされていった。
「おのれ─── ‼」
バキュラが次の攻撃魔法を唱えようとしたとき、その視界からアウローラの姿が消えた。
「‼」
次に現れたのは、玉座の後ろ。
バキュラがその姿を追おうと、振り向きかけた時、バキュラの視界がクルリと回転し、その目に天井が映し出された。
「ど、どう・いう・こと・だ・・・」
傍らに自分の身体がある。
その身体が、輪切りになりながら崩れ落ちる。
「さ…さい…せ…い……」
しかし、バキュラの身体は再生せず、復活もできない。
意識が遠のく、その目に、アウローラの美しい顔が映った。
「私をものにしようなんて百万年早いわよ。」
その声はバキュラの耳には届いていない。
バラバラになり、黒い灰となりつつある元魔王のなれの果てを見下ろしながら、アウローラは持っていた長刀を
だれか他にいないか、探ってみるが、広い玉座の間には、アウローラ以外だれもいないようだ。
また、捜さなければならないかと、嫌気がさしたとき、プリムラから
『アウローラ、聞こえる?』
「プリムラ、いま、どこにいるの?」
『調理室よ。』
その答えに、アウローラの中に明るい予感が湧き上がった。
「金龍鶏の卵は?」
『見つけたわ。ついでに金龍鶏も。』
予感の的中に、アウローラの顔が明るい表情になった。
「よかった。これで捜さなくて済む。」
『さっさと、帰りましょう。旦那様が待ってらっしゃる。』
「ええ」
念話を切ったアウローラは、片側に並ぶ大きな窓を開けると、灰色に曇る空を見上げ、背中からドラゴンのような翼を出現させた。
そのまま、窓から外に飛び出し、空高く飛び上がっていった。
灰となったバキュラの遺体の中から、黒い結晶が現れ、玉座の下に転がっていったことなど、アウローラが知る由もない。
下を見ると、プリムラとティエラが各々の翼を広げて、こちらに向かって飛んでくる。
魔王城をはるか下に臨む上空で、三人は顔を合わせ、目的を達成した喜びを分かち合った。
そこへ、アリスとローザが空中を滑るように、三人の元に飛んで来た。
「ご苦労様。」
アリスが笑顔で労をねぎらう。
「お疲れさま。」
ローザも可愛らしく笑顔を向けた。
「あら、それ、新しいお人形?」
アウローラが、ローザが抱いている人形に、目ざとく気づいた。
「うん、新しいお人形さん。いいでしょ。」
羽根の生えた美しい顔の人形を、ローザは自慢げに見せつけた。
「よかったわね。新しいお人形さんが手に入って。」
プリムラもわがことのように喜んだ。
「それで、金龍鶏の卵は手に入ったの?」
「もちろんよ。いっしょに金龍鶏も手に入れたわ。」
今度はプリムラが自慢する番だ。
「で、どこにあるの?」
「ねえ、見せて。」
ローザとアリスがおねだりをする。
「これよ。」
そう言ってプリムラは、白いエプロンのポケットに手をいれ、一個の卵を取り出した。
「え、これ?」
「普通…」
何の変哲のない卵に、二人は期待外れの顔をした。
「何言ってるの。見た目じゃなくて中身よ。料理すればわかるわ。」
「ねえ、ねえ、私にもプリン作ってくれる?」
ローザがプリムラにお願いすると、プリムラはにっこり笑いながら卵をしまった。
「まずは、旦那様によ。余分に作るからローザにも食べさせてあげるわ。」
優しい物言いに、ローザは満面に喜びを表した。
「さ、帰りましょう。ご主人様が待ってらっしゃるわ。」
アウローラの号令に、一同は同じ方向に飛び去っていった。
廃墟と化した魔王城を残して。
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