9 逃げ出した翼人(ハーピー)は、少女に気に入られて…

 魔王の城は大混乱に陥っていた。

 アリスとローザはそれをおもしろそうに眺めていた。

 「きゃは、アウローラ、容赦なしね。」

 「ま、アウローラにかなう相手なんて、いないものね。」

 ローザがキャッキャッと楽しんでいるとき、アリスの目が、城の屋上から飛び上がる一団を捕らえた。

 「だれか、逃げ出そうとしているよ。」

 「ほんとね。」

 飛び上がってきた一団の先頭は、アメルダと呼ばれた魔人だ。背中から出た灰色の羽根を一生懸命に羽ばたかせ、できるだけ遠くに逃れようとしている。


 「なんなの、あいつら。やってられないわ。」

 アメルダは、城を見下ろしながら速度を上げた。

 「アメルダ様、待ってください。」

 後ろに続く部下の翼人ハーピーたちは、アメルダに置いて行かれまいと、必死で追いかけた。


 そのとき、一人のハーピーがあることに気付いた。

 自分たちの行く先に、女が二人、浮かんでいるのだ。

 アメルダもそのことに気付き、急いでブレーキをかけた。

 「どこへいくの?」

 アリスがニコニコ笑いながら、アメルダに尋ねた。その後ろでは、アリスに隠れるようにして、アメルダたちを覗き込むローザがいた。

 「そこをどきなさい。」

 アメルダが威嚇する。

 しかし、アリスはニコニコ笑うだけで、動こうとしない。

 「お退きって言っているのよ!」

 それでも動こうとしない。

 アメルダの後ろにいたハーピーの一人が焦れて、アリスを排除しようと襲い掛かった。


 手にしたロングソードが、首筋を狙う。

 それを笑顔のまま見つめるアリス。

 ロングソードがアリスの首を飛ばす ─かに見えた。

 「あぶないじゃない。」

 ハーピーの手にはロングソードがない。

 それは、アリスの右手に納まっていた。

 「あまりいい剣じゃ、ないみたいね。返すわ。」

 アリスの右手からロングソードが消えた。

 「ぐっ…」

 いつのまにか、ロングソードがハーピーの額に突き刺さっている。驚きの眼で見ていたアメルダの前で、ハーピーは絶命して墜落していった。


 「皆の者、こやつを殺せ!」

 アメルダの号令とともに、従っていたハーピー、5人がアリスを取り囲む。その間にアメルダは、反対方向に逃げ出した。

 部下を囮に使ったのだ。

 「あらら、部下は置いてけぼり?」

 呆れ顔のアリスに、取り囲んだ5人のハーピーが襲い掛かった。


 それを見て、アリスの目が虹色に輝く。

 一瞬、アリスがまぶしく光った。

 その輝きにハーピーたちは思わず目を瞑り、攻撃が一時的に止まった。

 次に目を開けた時、アリスは目の前から消え、いつの間にか自分たちの横に移動している。

 「目くらましか!」

 それぞれが手にしたロングソードが、移動したアリスに向かって突きかかる。アリスはそれを見て、あわてて手を振るが、それを無視して、4つの刃がアリスの身体を貫いた。

 「ぎゃああぁぁぁ~!」

 絶叫とともにアリスは、墜落していく。

 「やった。」

 と、仲間のいる方に顔を向けた時、目の前に倒したはずのアリスが浮かんでいた。


 「きさま、まだ、死んでなかったのか⁉」

 そう叫んで、ロングソードを振るう。

 血飛沫と絶叫を上げて、アリスが墜落していく。

 ホッと一息ついたその刹那、死んだはずのアリスが、また襲い掛かってきた。襲われたハーピーは、必死に剣を振るい、その脅威を退ける。

 それが、更に二度続いた。

 ハーピーは、こいつは不死身なのかと、思いながら剣を振るう。

 そして、やっと静寂が訪れる。


 周りを見れば、自分以外、だれもいない。

 一緒に逃げてきたはずの仲間もいない。

 キョロキョロと辺りを見回したとき、自分の肩を叩く者がいた。

 急いで振り返る。

 目の前にいたのは、アリスだった。

 「お、おまえは⁉」

 「がんばったね。ご苦労様。」

 アリスはニコニコ笑いながら、残ったハーピーの頭を撫でた。

 「どうして?確かに殺したはずだ?」

 「仲間をね。」

 「仲間…?」

 アリスが下を指差す。

 それにつられて、下を見ると、地面に仲間のハーピーたちが転がっていた。

 「私と勘違いして、殺しちゃったのね。」

 楽しそうに話すアリスに、ハーピーは怒りを露わにした。


 「きさま‼」

 手にしたロングソードを振る。

 アリスの胴を薙いだはずであった。

 しかし、アリスは平気な顔で、笑っている。

 しかも、自分の手にはロングソードがない。

 そのとき、胸に激痛が走った。

 見ると、自分のロングソードが心臓を貫いている。

 「へ…」

 訳も分からず、ハーピーの目はぐるんと回り、そのまま地面に落ちていった。

 すべてのハーピーを片付けたことを確認すると、アリスは、アメルダの逃げた方向に目を向けた。

 「ローザ、いい玩具を手に入れたかな。」

  

 アメルダは、魔王城から少しでも遠くへ逃げようと、飛行速度を上げた。限界を超えるようなスピードで飛ぶアメルダは、さすがに疲労が頂点に達したと見え、スピードを落とし、やがて空中で静止した。

 後ろを振り返ると、魔王城はすでに視界の外だ。

 (ここまで、逃げれば大丈夫か?)

 ホッと息を吐き、安心感に心を休ませたアメルダの目の端に、なにかが掠めた。


 「えっ?」

 アメルダは辺りを見回す。

 しかし、だれもいない。

 (気のせいか)

 一時の不安を解消させようと、深呼吸をする。


 そのとき、

 「ねえ」

 聞いたこともない声が、アメルダの耳に届いた。


 急いで辺りを見る。

 アメルダの目に、人の姿は映らない。


 「ねえ、おねえさん。」

 また、聞こえた。


 頭上だ。

 すぐに上を向く。

 目の前に少女が浮かんでいた。


 セーラー服を模した服装に、栗毛色の髪を肩のあたりで切り、赤い瞳に浅黒い肌、そして、長い耳。あきらかな闇妖精ダークエルフの少女、ローザは、無邪気な笑顔─アメルダにはそう見えた─でアメルダを見つめていた。


 「おまえは、だれだ⁉」

 「おまえはないでしょ。私にはローザというちゃんとした名前があるんだから。」

 ローザは少女らしく頬を膨らませ、アメルダに抗議した。

 その幼い姿に、アメルダは気を許しそうになるが、自分に気づかれないうちにそばまで近寄れる力に気づき、警戒心を新たにする。

 「ローザ…ちゃん? って言うんだ。ここで何してるのかな?」

 相手を油断させる意味も含めて、アメルダは優し気に語りかける。それに対してローザの反応は、わかりにくい。ただ、笑顔を向けているだけだ。

 「私に用事がないようだから、おねえさん、これでいくね。バイバイ。」

 手を振りながら、アメルダが飛び去ろうとすると、その前にふわりと移動し、ローザはアメルダの行く手を遮った。

 「ねえ、私と遊ばない?」

 その笑みに邪悪な危険を感じたアメルダは、いきなりシミターで斬りつけた。それをローザは、風で流されるシャボン玉のように躱した。

 「きゃは、遊んでくれるんだ。」

 相変わらずの邪悪な笑みに、アメルダは警戒心を最大限に高め、シミターを顔の前に構えた。


 殺気がローザに向かって迸る。 

 しかし、ローザはなんの反応も見せない。

 アメルダのシミターが、ローザの首を狙って走る。

 ふたたび、風に流されるように、身体が後ろに下がる。

 そのとき、アメルダの口から銀の光が、ローザの目に向かって飛んだ。


 アメルダの目が笑う。


 銀の針が、ローザの目に突き刺さる寸前、ローザの手が顔の前に伸び、銀の針をその指の間で挟めて止めた。

 アメルダの口が、驚愕で歪む。


 「こわいね。おねえさん。」

 何にもなかったような顔で、針を放り投げるローザを見て、アメルダは戦慄を感じた。


 (やばい、こいつ…)


 しばしの対峙の時が流れる。


 アメルダの背中の羽根が、いきなり大きく羽ばたいた。

 すさまじい突風がローザに吹き付ける。さすがのローザもそれに抗しきれず、吹き飛ばされてしまった。

 「いまだ。」

 アメルダが逆方向に逃げようとした時、目の前に熊のぬいぐるみが浮かんでいた。


 「?」


 アメルダはそれを避けるように飛ぼうとしたが、ぬいぐるみはその前に立ちはだかるように移動してくる。

 「邪魔よ!」

 手にしたシミターで、ぬいぐるみを真っ二つにする。そのまま飛び去ろうとするが、また別の熊のぬいぐるみが立ちはだかる。

 「なに、これ?」

 気が付くと、後ろにもぬいぐるみが浮かんでいる。

 右にも左にも、下にも上にもだ。

 「邪魔しないでよ。」

 シミターが目の前のぬいぐるみを切り裂く。


 綿が空中に広がる。


 それをきっかけにぬいぐるみがアメルダに抱きついてきた。

 「うるさい!」

 シミターがすがるぬいぐるみを次々と切り裂いていった。そのたびに綿が空中に広がっていく。

 やがて、綿がアメルダの身体にまとわりつき、アメルダの動きを封じようとしてきた。

 アメルダは必死に綿を取り除こうとするが、宙を漂う綿は次々とアメルダに取付いてくる。そしてついには、アメルダは綿に包み込まれてしまった。


 「た、たすけ、たすけ…て…」

 手足や羽根をバタつかせるが、綿はアメルダから離れることない。

 「おねえさん、気分はどう?」

 さきほど、吹き飛ばしたはずのローザが、アメルダの頭上に現れた。

 「たすけ…て…」

 アメルダは必死に手を伸ばそうとするが、綿が邪魔で身動きできない。

 「おねえさん、いい玩具おもちゃになってくれそう。」

 ローザが邪悪な笑いを上げる。

 綿はアメルダの全身を覆い隠し、少しずつその体積を縮めていった。やがて三十センチほど大きさになると、ローザがそれを手に取った。


 「コンバート・マリオ(人形変化)」


 ローザの詠唱とともに、綿の塊は徐々に人の形になり、やがて羽根の生えた人形となった。

 その顔はアメルダの顔であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る