8 まずは、調理室を探しましょうと思ってたら…

 城の中に入ったプリムラとティアラは、金龍鶏の卵を探すべく探知魔法マジックサーチを起動した。

 「ティアラ、どう?金龍鶏の卵はあった?」

 「プリムラ、まず、ありそうな場所を指定してくれますか?」

 ティアラは探知の範囲を限定したいようだ。広すぎる城を隅から隅まで見るのは時間がかかる。

 「そうね。まずは、調理室を探してくれる?」

 「調理室ですね。わかりました。」

 ティアラの目が紅くなる。


 ティアラが調理室を探している間、プリムラは辺りを見回した。

 豪勢な作りの踊り場が眼前に広がる。その向こうには大きな階段があり、渡り廊下は左右に伸びている。その渡り廊下を一人の男が歩いてきた。


 やせ細った、手足の長い男。

 スメルニアと呼ばれた男だ。


 そのスメルニアが手すりに手を置きながら、プリムラを見下ろし、叫んだ。

 「貴様ら、何者だ!」

 当然と言えば、当然の疑問だが、プリムラにとっては、いささか食傷気味の疑問だ。

 「教会の回し者か?それとも、王国の回し者か?」

 スメルニアは、その灰色の目を見開いて、プリムラを睨んだ。

 答えるのも面倒くさいプリムラは、スメルニアの威圧を無視して、ティアラの探知の報告を待った。

 「無視とはいい度胸だな。ええい、魔導士はなにをしておる!」

 プリムラの態度に不快感を表わしたスメルニアは、大声で魔導士を呼ぶと、広間に面したドアが一斉に開かれ、灰色のローブを纏った魔導士たち数人が現れた。


 スメルニアは、階段の最上段に立ち、

 「この二人を抹殺せよ。」

 と、命令する。

 それに反応するように、魔導士たちは両手をかざし、詠唱する。

 「ファイアブレッド(火炎弾)」

 紅蓮の炎の弾が次々と放たれ、プリムラを押し包んだ。

 「ふふ、ばかめ。」

 その光景を見下ろして、スメルニアはほくそ笑んだ。しかし、その笑みはすぐに打ち消された。

 炎がプリムラの手の中に吸い込まれるように消え、プリムラの白と黒のゴシック調の服は、すこしも焦げておらず、プリムラも平気な顔で、魔導士たちを冷たい目で見つめていたからだ。


 「鬱陶しいわね。」

 プリムラが魔導士たちの足元に向かって、手を指し示した。

 「リベンジ・シャドウ(復讐の真影)」

 プリムラの詠唱とともに、魔導士たちの影が揺らめく。

 次の瞬間、影から紅蓮の炎が立ち、魔導士たちを押し包んだ。

 「ぎゃああああぁぁ~!」

 魔導士たちは炎に焼かれ、絶叫を上げながら灰になっていった。

 「なっ?」

 スメルニアはその光景に驚愕するが、すぐに気を取り直し、階段を駆け下りた。


 「ふ、下っ端では荷が勝ちすぎたか。」

 「あなた、親玉?」

 「魔導士は倒せても、私はそうはいかんぞ。」

 スメルニアは、モーニングの袖をまくると、手にしていた白い手袋を脱ぎ捨てた。

 「ねえ、あなたに聞きたいことが…」

 「プリムラ、調理室の場所がわかりました。」

 プリムラがスメルニアに尋ねようとしたとき、ティアラが目的の場所を探り当てたようだ。プリムラはスメルニアに尋ねることをやめて、ティアラの報告を聞く。

 完全に無視されたスメルニアの怒りが、頂点に達した。

 「貴様ら。もはや、ゆるさん! 死ね!」

 スメルニアの両手が青白く発光しだした。


 「我が魔法に刮目せよ。フリージィ・ヘル(極寒地獄)」


 両手の光が大きくなる。それにあわせて、スメルニアの周辺から氷結が急速に広がっていった。

 踊り場全体が一瞬で凍り付き、プリムラとティアラの下半身も氷漬けになり、身動きができなくなった。

 「これは?」

 二人は多少の驚きの顔を見せる。

 「これで終わりじゃあないぞ。」

 スメルニアの顔が残忍に歪んだ。

 両手を振ると、スメルニアの頭上に巨大な氷塊が出現する。その氷塊が割れ、その一本一本が青白い槍に変化した。


 「アイスランサー(氷獄の槍)」


 詠唱とともに、槍のすべてがプリムラに向かって飛んだ。

 「いいかげんにしなさい。」

 ティアラの叱責が飛ぶと同時に、背中の羽根が大きく開いた。


 「リティアリビ・ジャスティス(因果応報)」


 プリムラの前に光の球体が出現する。

 氷の槍がその球体にそって走っていく。そして、球体を一周すると、その鉾先をスメルニアに向けて、次々と飛んでいった。

 「なに⁉」

 慌てて防御魔法シールドが張るが、氷の槍はその防御魔法シールドごとスメルニアを吹き飛ばした。


 「ありがとう。ティアラ。」

 プリムラが自分とティアラの氷結を溶かした。

 「どういたしまして。」

 プリムラがお礼を言うと、無表情の顔に微かな笑みを浮かべ、プリムラに調理室の場所を再度、教え始めた。


 「ふざけるな。」

 その場から立ち去ろうとした二人の背中に、先ほど吹き飛ばしたスメルニアの呪いの声が届いた。

 振り返ると、自分の氷の槍で傷ついた身体を治癒魔法ヒールで回復させながら、怒りに歪んだ顔をしたスメルニアが、立ち上がるところだった。

 「しぶといわね。」

 「その天使の羽根。やはり、聖教会の回し者か?」

 「なに、言ってるの?」

 プリムラとティアラは、スメルニアが言っていることが理解できず、同じように首を傾げた。


 「…殺・し・て・や・る…」


 憎悪に燃えた目で二人を睨みつけたスメルニアは、両手に魔力を集中させた。

 「おれの最大魔法だ。あの世で後悔しろ。」

 「もう、結構です。」

 ティアラが口をへの字に曲げて、右手を上げた。


 「シャイン・オフ・イビル(聖光退魔)」


 右手からまばゆい光が噴出した。

 スメルニアの魔法が発動する前に、その光が彼を押し包んだ。

 「まてまてまて!おれの─ま─ほ──」

 スメルニアの身体があっという間に、物言わぬ、真っ白な柱に変わった。


 ティアラが一仕事終えたように息を吐くと、プリムラは白い柱に無造作に近づき、それをひとつまみして、軽く舐めた。

 「あまり、良い塩じゃあないわね。」

 ペッと吐き捨てると、急いで振り返り、ティアラとともに調理室へと向かった。

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