7 千人の魔人に卵のあるところを聞くんだけど…
玉座の間でのやり取りの少し前、魔王城が見渡せる丘の上に、アウローラたちが転移してきた。
「ずいぶんとチンケな城ね。」
アウローラが眼鏡の奥から城を見下ろしながら、鼻で笑った。
「それでも、防御魔法はしっかりとかかってますよ。」
「そのようね。中にもかなりの数の魔人たちがいるわ。」
ティアラの言葉を受けるように、プリムラが左右を見回しながら、淡々と答えた。
「とにかく、金龍鶏の卵をもらいに行きましょ。」
そう言って、アウローラは地面を蹴ると、空中を歩くようにジャンプし、魔王城に降りていった。
「アウローラ、防御魔法が…」
ティアラが注意しようとしたその矢先に、アウローラは拳を握りしめ、中空を思いっきり殴りつけた。
衝撃音とともに、魔法防壁が粉々に消し飛ぶ。
そのまま、アウローラは魔王城の正門前に降り立った。
それを見て、ティアラをはじめ他の四人は、呆れた顔を見せる。
「しょうがないわね。」
あきらめ顔で、まず、プリムラが
「アウローラらしいわね。」
面白そうな表情を浮かべて、アリスが空中高く舞い上がった。
「待ってよ。アリス。」
置いてけぼりに不満げなローザが、襟に付いているブローチに指を触れると、ローザの身体が音もなく舞い上がった。
「みなさん、当初の目的を忘れぬように。」
ティアラが背中から羽根を広げて、魔王城に向かって飛んだ。
下を見ると、アウローラが正門に向かって、無防備に歩いていく。
「止まれ!」
正門の上に据えられた見張り台から獣人が顔を出し、アウローラに向かって叫んだ。
「ねえ、門を開けてくれる。」
アウローラは見張り台を見上げながら、懇願口調で叫んだ。
美しいテノールが、見張り台の獣人たちの耳に届く。
「きさま、何者だ!」
当然の質問だ。
しかし、アウローラはそれを面倒くさがって、答えない。逆に、
「そんなのいいから、門を開けなさいよ。」
と、命令調に叫んだ。
「なんだと。貴様、ここをどこかわかっているのか!」
「魔王の城でしょう。」
事無げにいうアウローラに、魔人は逆に圧倒された。しかし、すぐに気を取り直し、アウローラに対して威嚇する。あきらかにアウローラを美人だが頭のおかしい女と決めつけている。
「足元の明るいうちに帰れ。さもないと、そのきれいな顔が二目と見れないものになるぜ。」
見張り台から嘲笑が降ってくる。それを聞いてアウローラは、呆れたように息を吐く。
「いいわ。開けてくれないなら勝手に開けるだけよ。」
「なに言ってんだ。このアマは」
獣人たちはいまだアウローラを侮っている。
それを他所に、アウローラは右手を腰のあたりで構えると、鋭く息を吐き、鋼で作られた分厚い正門に向かって、拳を突き出した。
空気を切り裂く音とともに、それが正門の分厚い扉にぶつかる。
瞬時に扉全体に亀裂が走る。
途端に、正門が大爆発を起こし、扉だけでなく、見張り台も粉々に吹き飛ばし、そこにいた獣人たちも巻き込んで、吹き飛んでいった。
目の前に瓦礫の山が築かれる。
「相変わらず、手加減なしね。」
アウローラの後ろにプリムラが現れた。
「あら、これでも力を
アウローラが不満そうにプリムラを見やると、その横をティアラが白い羽根を羽ばたかせて降りてきた。
それを見てアウローラは、
「行くよ。プリムラ、ティアラ。」
と、声を掛け、さっさと瓦礫を乗り越えて、城の中に入っていった。
正門の騒ぎを聞きつけて、城内のあちこちから魔人たちが集まってきた。その数、千人ほど。
「ずいぶんと野次馬が集まってきましたね。」
ティアラがその人数を見回して、冷静に感想を述べた。アウローラはその数を見ても動揺することなく、むしろワクワクしてるようにさえ見える。プリムラは魔人たちの集団の先を伺っていた。
「ティアラ、卵がどこにあるか、わかる?」
「広すぎて、すぐには探知できませんね。」
「ねえ、こいつらに聞いたら。」
アウローラが不敵な笑みを浮かべながら、前に進み出る。
「聞いて言うような様子には見えないけど。」
プリムラはアウローラの意見に同意せず、ティアラに探知をお願いした。その間に集団の数はますます増えていく。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。」
アウローラがよく通る声で、魔人たちに尋ねた。
「金龍鶏の卵がどこにあるか、知ってる?」
その問いに、魔人たちが顔を見合わせた。
あきらかに知らない。
アウローラががっかりしたような顔をしたとき、奥から大音響の声が響き渡った。
「何をしている。侵入者を排除せんか⁉」
アウローラたちが見上げると、正面のベランダに魔人が立っていた。
声同様、大男である。
岩のような身体に、丸太のような手足が生えている。
顔は凶暴な猪だ。
いわゆる
そのハイオークが号令を掛ける。
それに動かされて、魔人たち、それは
正面の数十人が先に、アウローラに向かって、手にした得物を振り上げる。
それを見て、アウローラの口の端が釣り上がる。
右手を空間にねじ込むと、そこから一本の武器を引き抜いた。
それは、刃渡り2メートルはあろうかという、長身の片刃刀だ。
アウローラはそれを、小刀を扱うようにくるりと回すと、横に一閃した。
突っ込んできた先頭の数十人は、バターナイフで切られるバターのように、その刀で上半身と下半身を真っ二つに斬り裂かれた。
下半身だけになった魔人たちは、勢いで数歩進み、そのまま倒れていく。そこに、上半身が次々と落ちてくる。
それだけではない。
その後ろから進んでくる集団も、刃が届いてないにもかかわらず、同じように次々と、真っ二つに斬り裂かれていった。
剣勢だけで、魔人たちが血飛沫と、内臓物を撒き散らして、倒されていくのだ。
アウローラの一振りで数百人が肉塊と化した。
それを見て、進んでくる先頭集団にブレーキがかかる。しかし、事情を知らない後ろの集団に押され、先頭集団がアウローラの前に押し出された。
アウローラの目が残忍に光る。
恐怖に駆られた魔人たちが、奇声を上げて逃げ戻ろうとする。しかし、後ろからは、突き進もうとする魔人たちがくる。
前と後ろの正反対の動きに、集団が渋滞を起こす。
そこへ、アウローラの刀が一閃した。
身動きの取れない魔人たちが数百人、同時に真っ二つに斬り裂かれる。
悲鳴と怒声が響き、血飛沫と肉片が辺り一面に舞い踊る。
ベランダで見ていたハイオークの魔人は、それを呆然と眺めた。
千人を超す魔人たちは、あっという間に物言わぬ肉塊と化し、城の前は血の海となった。
女一人のために、それも秘書風の服装の美女に、たちまち部下たちが殲滅させられたのだ。
ハイオークの男は、怒りで手から血が滲むほど、拳を強く握りしめた。
「アウローラ、汚しすぎよ。」
後ろからプリムラが、眉をひそめて、アウローラに意見した。
「そうかい。」
アウローラは、この光景を見ても、意に介さない。
「こういう汚れを見ると、我慢できないの。」
プリムラは、潔癖症なところがあり、汚れていたり、散らかっていたりする部屋などを見ると、掃除せずにはいられなくなるのだ。
それはこの場でも例外ではない。
「少しは加減してよね。」
そう言いながらプリムラがつぶやく。
「インフィニティ・ダーク(無限の闇)」
途端、足元の影が急激に広がる。
それは血の海となった広場を、瞬時に覆いつくした。
そのまま、影は石畳に染み込むように消えていくと、そのあとには塵一つ残っていない。
死体の山があっという間に消えた。
「これでいいわ。いきましょ。」
プリムラとティアラが、城に入ろうと歩き出したとき、また、大音響の咆哮が木霊した。
その騒音に嫌な顔をしたプリムラが、上を見上げる。
ベランダで例のハイオークが天に向かって咆哮をあげている。
「なに、あの豚は?」
プリムラは、しかめっ面をして、耳を押さえた。
「ハイオークのようですね。」
ティアラが淡々と答える。
アウローラは、例の長刀を肩に担いで、二人の後ろに立った。
「どうやら、親方みたいね。」
ハイオークはひとしきり咆哮した後、ベランダを乗り越え、三人の前に飛び降りる。
衝撃で石畳が粉砕された。
「あなた、お偉いさん?」
プリムラが耳から手を離しながら尋ねた。
「我が名は、ガムル。魔王バキュラ様に使える六魔将のひとり。」
普通に話しているようだが、相変わらず声がでかい。
「自ら名乗るなんて、少しは礼儀を知っているようね。」
アウローラが前に出る。
ガムルから殺気を超えたオーラが迸る。それを三人は平気な顔で受けた。
「誰が相手をする。」
ガムルは、三人を順に見回しながら、相変わらずの大声で尋ねた。
「私が遊んであげる。」
アウローラが更に一歩前に出る。
「じゃあ、アウローラに任せるわ。行きましょ。ティアラ。」
プリムラとティアラは、軽くジャンプすると、ガムルがいたベランダに飛び乗った。あっという間の出来事に、ガムルは一瞬、驚愕するが、すぐに厳しい顔つきになり、アウローラを睨みつける。
「おまえの名は?」
名乗り合うことにこだわるようだ。アウローラは楽しそうに口を開く。
「私の名は、アウローラ。じゃあ、行くわよ。」
アウローラが手にした長刀を斜め下に構えた。
ガムルも背中に背負っていた巨大な
すさまじい殺気を戦斧に纏わせながら、ガムルが地を駆けた。
大男にしては、意外な素早さに感心しているアウローラの顔面に、戦斧が振り下ろされる。
それを柄で弾く。
もう一方の戦斧が、地面を滑るようにアウローラに迫った。
それを長刀の峰で反らす。
反撃を予測したガムルだったが、アウローラは反撃してこない。
ただ、笑っているだけだ。
「どうしたの?まだ、準備体操?」
その言葉にガムルの自尊心が刺激される。
「ぬぉぉぉぉぉぉ── ‼」
まさしく獣の咆哮とともに、二本の戦斧が縦横無尽に振り回される。
その動きは変化自在であり、規則性はない。どこから戦斧がくるか予測がつかない。しかし、それをアウローラは涼しい顔で躱していく。
片方の戦斧が上から振り下ろされた。
同時に下からも戦斧がうなりを上げて迫る。
アウローラの長刀が丁度、二本の戦斧によって挟まれた。
「アームクラッシャー(戦器粉砕)」
ガムルの顔に嘲笑が浮かぶ。
アウローラの長刀が破壊される。─少なくとも、ガムルはそう思った。
しかし、アウローラの長刀はヒビどころか、刃こぼれさえない。
「なんなのかな?」
長刀の後ろで、アウローラが残忍な笑みを浮かべる。
ガムルの全身に冷たいものが通り過ぎた。
(まずい)
ガムルの足が地面を蹴り、後ろに飛ぶ。
距離を取り、態勢を立て直そうとした。
「お遊びもここまで。」
アウローラがつまらなそうに呟くと同時に、長刀が一閃した。
ガムルの二本の戦斧が、それを防ごうとする。
そう思う瞬間、戦斧が刃の部分から真っ二つに割れ、宙に飛ぶ。同時にガムルの首も宙を飛んだ。
なにが起こったか、理解する間もなく、ガムルは絶命した。
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