6 魔王バキュラのところに卵をもらいにいこう…

 森の中に進んだおれたちは、蒼く澄んだ水をたたえる沼のそばに着いた。

 「このへんでいいか?」

 「では、ここに別荘を建てますね。」

 アウローラが先に降り、続いてローザにプリムラ、そしておれと、沼のほとりに降り立った。

 ローザが肩からかけているポシェットの中から、ミニチュアの屋敷を取り出し、それを沼に向かって放り投げた。

 ミニチュアは放物線を描いて沼に着水すると、見る見るうちに大きくなり、やがて白亜の豪邸に変化した。

 「よし、みんな、入るぞ。」

 おれを先頭にプリムラ、ローザ、アウローラと連れ立って屋敷に向かった。入り口から沼の岸辺に向かって光る飛び石が伸び、その上をおれたちは歩いていく。

 沼にふわふわと浮かぶ屋敷の前に到着した俺は、ひときわ大きい玄関ドアに手を触れる。すると、音もなくドアは開き、その奥には豪勢なエントラスホールが広がっていた。


 中はどこかの貴族の屋敷を思わせる内装で、姿が映るほどの磨き上げられた床の上には、真っ赤な絨毯が敷かれ、その上を四人は奥へと進んだ。

 目の前には大きな階段があり、それを登ると、正面にまた大きな扉があり、それを開けると、ダンスホールのようなリビングが広がり、その奥にはフランス扉とベランダが見えた。最高級と思える調度品や椅子にテーブル、絵画や鏡などがリビングを飾り、ベランダには白い椅子とテーブルがパラソルの下に置かれている。


 ローザはさっそくフランス扉を開けてベランダに出る。

 プリムラはすぐに調理室の方へ向かう。

 おれはすぐそばの長椅子に寝そべり、アウローラがおれの足から靴と靴下を脱がせ、足を揉みだした。

 痛気持ちよさに顔が緩む。

 「パパ、アリスたちが帰ってきたよ。」

 ベランダからローザが無邪気な顔で報告に来る。見ると、上空彼方から二つの点が近づいてくる。それはアリスとティエラの姿となってベランダに向かってきた。


 「ただいま。」

 「ただいま戻りました。」

 ベランダに降り立ったアリスは、すぐにおれのそばへ駆け寄り、ティエラは白い翼を背中にしまうと、ゆっくりと頭を下げてから部屋に入ってきた。


 「どうだった?」

 おれが聞くと、アリスが褒めてオーラを出しながら、おれにすり寄ってきた。アウローラがそれを見て、ちょっと眉間に皺を寄せる。

 「主様、ちゃんと調べてきましたわ。」

 アリス得意の甘えた声だ。

 「そうか、良い娘だね。それで、その魔王バキュラの居場所というのは、どこだい?」

 アリスが話すところによると、魔王バキュラはここから北東に数百キロ離れた山脈のふもとにいるという。まあ、普通なら何日もかかる行程だが、おれからすればほんの数分で行ける距離だ。

 「そうか。では、どうするかだな。」

 そこへ、プリムラがサンドイッチとお茶をワゴンに乗せて運んで来た。


 「軽いものですが、お昼にいたしましょう。」

 プリムラが大皿にもったサンドイッチをテーブルの上に置くと、皆がすぐに集まった。サンドイッチといえどもプリムラが作るものは、そんじょそこいらのものとは比べ物にならない。

 味、ボリューム、ともに絶品だ。

 「いただきま~す。」

 ローザがさっそく、パクついた。

 皆もおのおのに手に取る。あっという間に皿はさびしくなる。

 「まだあるから、どんどん食べて。」

 そう言いながら、プリムラは皆にお茶を入れていく。そばではアウローラも手伝う。


 このお茶がサンドイッチに合うのだ。

 「うまいな。」

 私は口いっぱいにサンドイッチをほおばりながら、お茶をすすった。

 あまり、みっともいいまねではない。

 しかし、彼女らの前であることも気にせず、私はプリムラのサンドイッチに舌鼓を打った。

 「ご主人様、それでどうなさるんですか?」

 アウローラがおれの隣に座りながら聞いてきた。


 プリムラのサンドイッチのおいしさについ忘れていたが、魔王バキュラのところにある金龍鶏の卵をどうするか。

 「ご主人様においしいプリンを食べていただきたいので、ぜひ、手に入れたいのですが。」

 プリムラがお茶を飲みながら、おれに訴えた。

 それはそうだ。

 プリムラのプリンはなにを置いても食べたい。

 また、あの味を思い出し、よだれが垂れる。

 それを見て、アウローラが決心したように立ち上がった。

 「じゃあ、そのバキュラとかいうやつのところに行って、卵をもらってきましょう。」

 「ついでに金龍鶏ももらえると、今後、卵に困ることはないわ。」

 プリムラがそう提案すると、またお茶を一口飲んだ。

 「それじゃあ、一休みしたら、ご苦労だが行ってくれるか?」

 おれがそう言うと、皆が笑顔で頷いた。

 「もちろん!」

 五人が一斉に返事した。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


 その頃、バキュラの居城ではちょっとした騒動が起こっていた。

 「どういうことだ?レーディスとザイラスが行方不明とは?」

 長身で手足が長い、やせ細った男が叫んだ。

 「わかりません。急に連絡が取れなくなり、所在も不明なのです。」

 灰色のローブを頭から被った魔導士が、男に向かって返答した。

 「所在不明?なにをやっているんだ。」

 細身の男が額に皺を寄せると、その威圧感に魔導士は怯んだ。

 「どういたしましょう。スメルニア様。」

 指示を仰ぐ魔導士を睨みつけて、スメルニアと呼ばれた男は、黒のモーニング服を翻して、背を向けた。

 「ほっておけ。」

 そう言い捨ててスメルニアは、城の奥へと向かった。


 城の最上階。魔王バキュラと謁見するために設けられた空間。

 コンサートホールひとつがまるまる入るような広さのなか、一番奥まったところに玉座が設けられ、そこに威圧感と恐怖感を伴って座る男。


 全身を黒と赤の貴族風の服で包み、ほりの深い顔と灰色の髭、蒼い長髪から二本の角を威嚇するように生やすその男こそ、魔王バキュラ。


 この地と城の支配者だ。


 その魔王を前にして、スメルニアは片膝をつき、こうべを垂れた。

 「すこし騒々しいが、何があった?」

 よく通るが、少し神経質な中低音の声が、広い玉座の間に響いた。

 「は、レーディスとザイラスからの連絡が滞っておりまして。」

 「レーディスとザイラスの?」

 「たぶん、どこかで油でも売っているのでしょう。」

 スメルニアは皮肉っぽく答えた。

 「そうか。仕方のない奴らだ。ところで侵略のほうは順調か?」

 魔王バキュラは、その青く輝く目をスメルニアに向け、威圧的に尋ねた。

 「順調に進んでおります。すでに王国の領地の二か所を占領いたしました。」

 「二か所だと?ずいぶんと遅いな。」

 青い目がスメルニアを睨みつける。

 その鋭さに、スメルニアの長い手足に震えが起きた。

 「申し訳ありません。全軍に申し付け、速やかなる侵攻を進めます。」

 スメルニアは更に頭を下げる。それを見下ろすバキュラは、鼻から一息はくと、

 「三日以内に、王国を占領せよ。抵抗する者は皆殺しにしてよい。」

 冷酷な命令を口から吐いた。

 それを聞いたスメルニアは、

 「かしこまりました。」

 その一言だけ伝えた。


 そのやり取りをしていた玉座の間に、魔導士のひとりが飛び込んできた。

 「大変です。魔王様!」

 「騒々しいぞ!」

 今度はスメルニアが叫んだ。

 その声に恐縮して跪く魔導士は、震えながらバキュラを上目遣いで見た。

 「何事だ。下らぬことならその首、引き抜くぞ。」

 スメルニアの恫喝に、身を縮めた魔導士は、震える声で答えた。

 「し・しん…、ししんにゅう……しんしん…にゅう…」

 「ええい。きちんと報告せんか!」

 スメルニアの再度の叫びに、魔導士は言葉を飲み込み、しゃっくりをした。それをきっかけに魔導士は、吹っ切れたように叫んだ。

 「侵入者です!」

 「侵入者だと⁉」

 スメルニアはその灰色の目を見開き、バキュラは「ほほぉ」という言葉を漏らして、頬杖をついた。

 「どこの軍勢だ?」

 バキュラの落ち着き払った声に、魔導士は困ったような顔をした。それを見て、スメルニアは苛ついた顔をして、魔導士に近寄った。

 「魔王様がお尋ねだ。どこの国の軍勢が侵入してきたというんだ。」

 相変わらず跪いている魔導士に、スメルニアの細長い顔が思いっきり近づいた。

 「いえ、軍勢ではありません。」

 「では、勇者のパーティか?」

 バキュラは、ちょっと興味を持った顔をしながら、笑みを浮かべた。

 「ちがいます。女です。」

 「女?」

 魔導士の思いがけない返答に、バキュラとスメルニアは、ほぼ同じように首を傾げた。

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