2 プリンには金龍鶏の卵が絶対必要なんです、と言ってね…
飛び出していってから十分ほどで、アウローラがおれのところに戻ってきた。
「お騒がせしました。」
目の前に降りてきたアウローラは、衣服の埃を掃い、髪型を整えて、おれにうやうやしく頭を下げる。
「どこへ行ってたんだ?」
知らぬふりをしておれは聞く。
それにアウローラは、かわいい笑顔で答える。
「なんでもありません。ちょっと注意しに行っただけです。」
その注意がどんなものか、なんとなく想像がつくが、おれは気にする素振りも見せず、馬車に乗り込んだ。後からアウローラたちも乗り込み、馬車は走り出した。
「城に帰りますか?」
というアウローラの問いに、
「そうだな。プリムラのプリンも食べたいし。」
おれの返事に、プリムラが少しこまったような顔をした。
「わかりました。城に戻ります。」
「あの……」
アウローラが城への転移を行おうとしたとき、プリムラがすまなそうな顔をしながら口を開いた。
「どうした?プリムラ。」
「実は、プリンなんですが…」
「うん?プリンがどうした?」
「材料がないんです。」
プリムラが上目遣いにおれを見ながら、消え入りそうな声でしゃべりだした。
「材料がない?」
おれの中でプリムラの言っていることが、いまだピンと来ていない。
「どういうことだ?」
「他の材料はあるのですが、肝心の卵を丁度、切らしておりまして…。」
プリムラがその豊満な身体を小さくしながら答えた。
「うん?卵がないって、一つもないのか?」
「いえ、他の卵はあるのですが…」
「他の卵ではダメなの?」
アウローラもピンと来ていない様子で尋ねた。もっともアウローラはこと料理に関しては、てんでダメなのだが。
「旦那様に差し上げるプリンは、
「「「「「
皆が首を傾げた。おれも同様だ。
「あの、まろやかで、トロリとした舌触りに、確かな食感を出せるのは、金龍鶏の卵だけなのよ。」
プリムラの必死の訴えは、料理人としての誇りがヒシヒシと感じられた。そこまで言うのであれば、金龍鶏の卵でないとダメなのだろう。
「それは手に入るものなのか?」
「はい、丁度、このあたりの土地は、金龍鶏の養鶏をしているところなのです。」
「なら、さっそく手に入れないとな。」
プリムラのプリンは、何をおいても優先される。
「プリムラ、どのへんに養鶏場があるの?」
「確か、この近くの村だったと思うんだけど。」
「ティエラ、探してみてくれ。」
おれにそう言われ、ティエラは中空を見つめ始めた。すると、ティエラの
「ここから東に十キロの地点に村があります。」
「そこよ。そこへ向かって。」
プリムラが御者にそう命令すると、馬車はその村に向かって駆け始めた。
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三十分ほどして、馬車は村の見える丘の上に辿り着いた。
「あそこ?」
アリスが馬車から顔を出して、村の全景を眺めた。
「小っちゃい村だね。」
その隣からローザが顔を出した。
「じゃあ、プリムラ、卵を手に入れてきてくれ。ちゃんと金を払うんだぞ。」
「ご心配なく。」
プリムラが笑みを浮かべながら馬車を降りた。
「ティエラ、一緒に行ってくれないか?」
「承知しました。」
「くれぐれも、揉め事は起こすなよ。」
馬車を降りた二人に、おれはしつこいように釘を刺した。
「大丈夫ですよ。旦那様。」
「行ってまいります。マスター。」
二人は意気揚々と村へと向かった。
おれはその後ろ姿を、心配そうに見送った。
みんなと別れたプリムラとティエラは、ほどなく村に到着した。
「なんかさみしい村ですね。」
ティエラが辺りを見回しながらポツンと言った。
「ティエラ、卵を扱っているお店を探してくれる?私は直接、養鶏場に行ってみる。」
「わかりました。」
プリムラとティエラは、二手に分かれて村に入っていった。
メイン通りと思われる道をまっすぐ進むプリムラは、村人がほとんど見当たらないことに違和感を覚えた。
「ほんと、人がいないわね。」
プリムラは養鶏場があると思われる場所を探すために、最寄りの家のドアを叩いた。
「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが。」
しかし、返答がない。
「留守かしら。」と思い、隣の家のドアを叩いた。
結果は同じであった。
そのとき、人の気配を感じたプリムラが後ろを振り向くと、向かいの家の窓に男の顔が見えたが、すぐに窓が閉められた。
「なに、あれ。」
プリムラはため息をつきながら、更に歩き続けた。すると、前方の角からティエラが姿を現した。
「ティエラ、どうだった?」
「人が見当たりません。というより、我々を避けているようですね。」
「そうみたいね。ねえ、あなた、養鶏場がどこにあるか、見てくれない?」
プリムラの頼みに、ティエラの目がまた紅くなった。
「こちらの方向に養鶏場らしきものがありますね。」
「そう。」
ティエラが指差した方向にプリムラが歩き出すと、その後に続いたティエラが、付け加えるように語りかけた。
「ただし、人が何人かいます。」
「そりゃあ、養鶏場の人が何人かいるでしょう。」
「いえ、どうみても村人とは思われません。」
「じゃあ、なんだっていうの?」
「魔人かと。」
ティエラの報告にプリムラの眉間に皺が寄った。
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村はずれまで歩くと、養鶏場と思われる建物が見えた。その近くに五人ほどの男が立っている。二人は村人のようだが、三人は明らかに魔人だ。
「全部持っていかれては、困ります。」
初老の男が必死に訴えている。
「ザイラス様の命令だ。」
「しかし、卵だけでなく、金龍鶏全部を持っていかれては、われわれは明日からどうやって生活していけばいいんですか?」
「そんなこと、知るか!」
そう言うと魔人の一人が初老の男を突き飛ばした。
「村長。」
若者が倒れた村長を抱き起しながら、魔人を睨みつけた。
「なんだ、その目は。文句でもあるのか?」
魔人が嘲笑を浮かべながら、若者に顔を近づけた。
「この村を燃やされなかっただけでもありがたく思え。」
そう言い捨てると、魔人は背を向け、養鶏場に向かった。
「さあ、さっさと残りの鶏を運ぶんだ。」
後の二人に指図すると、二人は頷きながら養鶏場の中に入っていった。
そんな場面にプリムラとティエラが出くわした。
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