エピソード1 おいしいプリンと魔王討伐
1 天気もいいからみんなでピクニックと思ったら…
おれはその日もいつものとおり、ぼうっと過ごしていた。
無駄に広いリビングのなかで、長椅子に寝ころび、異世界から入手した本を読みながら、プリムラの作ったクッキーを口に運んでいた。
そんなおれのいる部屋に、長身の美女が音もなく姿を現した。
アウローラだ。
いつものネイビーブルーのジャケットに、同じ色のタイトなミニスカート、長い黒髪をアップにした秘書姿で、おれの邪魔をしないように静かに近寄ってくる。
ベージュのガウン姿で寝そべっているおれを、フチなしの眼鏡の奥から眺め、おもむろに耳元に顔を近づけると、そっと囁きかけてきた。
「ご主人様、今日は外界がいい天気です。たまには、お出かけになりませんか?」
甘い声質で、明らかに二人きりでというニュアンスを含めて、語りかけるアウローラを横目に、おれは読んでいた本を閉じ、起き上がった。
「そうだな。たまに本当の日の光に当たるのもいいかもな。」
その返答に歓喜の笑顔を見せたアウローラの顔が、おれの次の言葉で陰った。
「プリムラ、来てくれ。」
おれはアウローラの本心に気が付かないふりをして、プリムラを
「お呼びですか?旦那様。」
プリムラは白と黒のゴシック調のドレスに、純白のエプロンを身に着け、その
「皆でピクニックに行こうと思う。お茶とお菓子を用意してくれないか?」
「かしこまりました。」
ふたたびお辞儀して顔を上げた時、プリムラはアウローラを見て、軽く笑みを浮かべた。それを見て、アウローラは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「アウローラ。他の者にも声をかけて、ピクニックに行く準備をしてくれ。」
「かしこまりました。ご主人様。」
アウローラは不満げな顔もせず、お辞儀をすると、二人はその場から転移していった。
おれは、アウローラにちょっと悪いことしたな、という後ろめたさを感じながら、軽くあくびをした。
おれの城は世界と世界の狭間にある次元の隙間のようなところにある。
誰にも邪魔されず、おれの愛人でもある五人の部下とのんびり暮らすために、ここに居を移したのだ。
城の周りには三重の
だから、疑似ではあるが、日の光や星の瞬き、春の温かさや夏の暑さ、秋の涼しさや冬の寒さも味わえる。しかし、やはり本物を味わいたくなり、たまに外の世界に出向くことがある。
いまも五人を連れて、馬車にピクニックに必要な荷物を積み、そのまま目的の外の世界に転移していった。
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「うわあ、きれいな花園。」
ローザが、美少女という言葉がぴったりな姿を、馬車から乗り出し、感嘆の声をあげた。その声に釣られて他の四人も馬車から顔を出す。
「止めて。」
御者姿のゴーレムに、アリスが馬車を止めさせた。
「このへんでよろしいですか?
アリスが中にいるおれに声をかけてきた。おれは周りを見渡しながらOKの返事をする。
「さあ、みんな。ここでティータイムにしましょう。」
アウローラが号令すると、中にいた面々が馬車から次々と降りていった。
ローザは紺のセーラー服を模したような服装で、すぐに野原を駆け出し、肩や胸の谷間が剥き出しになるような真っ赤なボディコン姿のアリスは、その妖艶な美しさを見せびらかすように、
馬車の周りは一面の花園だ。
色とりどりの花が、春の陽気の中で、思いっきり咲き乱れている。
透き通りそうな淡いブルーのローブを纏ったティエラが、そのローブの色に合った冷たくも美しい姿で馬車を降り、適当な場所に持っていたシートを敷くと、プリムラは馬車からバスケットを取り出し、中からお菓子を皿といっしょにシートの上に並べた。アウローラはティーセットを降ろし、シートの上に人数分のカップを並べ始める。
おれはといえば、縦縞のシャツとダークブラウンのチノパン姿という、カジュアルというか、やぼったいおっさんファッションで、青空と太陽をまぶしく見上げながら、のどかな花園をのんびりと鑑賞していた。
まさしく平穏だ。
「ご主人様、用意ができました。」
「ああ、今行く。」
私は五人が待つシートへ歩み寄り、アウローラの隣に座った。アウローラの発案だから彼女の隣に座るのが筋だろう。
プリムラがいくつかのお菓子を乗せた皿を差し出し、アウローラがカップにハーブティを入れてくれる。ローザとアリスは、思い思いにお菓子をパクつき、たわいのないおしゃべりに興じ、ティエラはハーブティを口に運びながら、だまってその話を聞いていた。
おれはもう一度、平穏を味わう。
ハーブティもうまい。
お菓子はもっとうまい。
プリムラ特製のプリンは最後にとっておこう。
おれは心地よい温かさに酔いしれながら、アウローラの膝に頭を乗せて、寝そべった。アウローラは少し恥ずかし気に、そして大いに喜びの笑顔でおれを髪の毛を軽く撫でた。
そのとき、ティエラが険しい顔つきで上空を見た。
「大きな
その言葉におれ以外の一同が緊張した。
「正体はわかる?ティエラ。」
「どうやら魔人のようです。もういっぽうは天使かと。」
「ご主人様、どういたしましょう?」
「巻き込まれるのも面倒だ。場所を変えよう。」
そう言っておれは、アウローラの膝から起き上がり、アウローラをはじめ皆も移動の準備をはじめた。
強烈な魔量をもった
あきらかに流れ弾だ。
逃げる暇はない。
ティエラが軽く手上げると、
火炎弾がティエラの張った防御魔法に直撃し、四散する。一瞬で周りの花園は燃え上がり、平穏な光景は一変した。
「あぁー!」
花園が焼け野原になる中、おれは素っ頓狂な叫び声をあげた。
「どういたしました?ご主人様。」
アウローラが心配そうな顔をしておれを見る。
「プリンが、プリンが…」
おれの足元に、シートに落ちて無残に崩れたプリンがあった。
それを見て、一同の顔が青ざめた。
「大丈夫ですよ。旦那様」
プリムラが泣きそうなおれの顔を見て、落ちたプリンをすぐにかたづけて、慰めるようにそう言った。
ローザもアリスも、ティエラも心配そうにおれを見つめている。
ただひとり、アウローラだけが、怒りの表情で立ち尽くしていた。
「ご主人様の大事なお菓子を台無しにするとは、ゆるせん。」
静かだが、威圧感たっぷりのつぶやきだ。こういうときのアウローラはこわい。
おれはすぐに落ち着かせようとしたが、間に合わなかった。
アウローラは背中から翼を広げると、あっという間に上空高く飛び上がっていった。
「アウローラ、飛んでっちゃったね。」
ローザが上空を見上げながら面白そうに笑った。
「でも、どこにいったんでしょう?」
ティエラが不思議そうに首を傾げた。
「え?行き先もわからないまま飛んでっちゃったの?」
アリスが驚きと呆れ顔でティエラの顔を見た。
「行き先はもちろんあの火炎弾を撃ったやつのところでしょ。アウローラらしいわ。」
プリムラが落ち着き払った態度で、崩れたプリンをかたづけ終わると、馬車のほうへ歩いていった。
おれだけが、名残惜しそうに足元を見つめて、ため息をついた。
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おれたちがいた場所から数キロ先。
その上空を駆ける二つの物体があった。
ひとつは美しい純白の翼と同じ色のローブを纏った天使であり、もうひとつは、蝙蝠のような翼とどす黒い鎧を着た、一目見て魔人とわかる輩である。
「逃がさねえぜ。」
魔人が蛇のような舌で、唇を舐めると、その手から
天使は巧みな飛行術でその攻撃を躱し、さらにスピードを上げようとした。しかし、今まで受けた攻撃に翼も身体も損傷があり、思うようにスピードがあげられない。魔人にどんどんと距離を縮められていく。
「覚悟しな。」
再び両手から火炎弾が放たれた。それは八方に広がり、天使の行く手を阻むように襲い掛かった。
「くそ!」
天使が全体に
火炎弾は防げたが、それが天使の飛ぶスピードを殺す結果となった。
魔人が目の前に迫る。
「おしまい」
残忍な笑みを浮かべながら、魔人が腰から剣を抜いた。
「ここまでか!」
天使が背中の槍に手を掛け、防戦の構えを見せた。
「接近戦で俺に勝てると思っているのかよ。」
呻りを上げて、魔人の持つ剣が天使の槍を打つ。
すさまじい衝撃が天使の全身を貫く。
しかし、斬撃は一度では止まず、繰り返し放たれる。
天使は必死にそれを防戦するが、それも時間の問題だった。
鈍い音とともに槍が真っ二つに折れたのだ。
「!」
驚きの表情の天使の目に、嘲笑を湛える魔人の顔が映った。
斜めに振り下ろされた剣が、天使を肩口から切り裂く。
「ぐわっ!」
天使は絶叫を上げながら地面へと落下していった。
地面に叩きつけられた天使の上に、魔人の放つ火炎弾が降り注いだ。
あっという間に、天使の美しい姿は黒焦げの消し炭に変貌し、それを満足そうに眺めていた魔人は、その場から飛び去ろうとした。
そのとき、自分に近づく物体に気が付いた。
猛スピードで飛翔する見たこともない輩に、魔人ははじめ、今の天使の仲間かと思った。しかし、全体像が見えるにつれ、それが天使の仲間でないことはすぐにわかった。
第一、 服装が違う。
ネイビーブルーのジャケットとタイトスカート。顔には細長い眼鏡。
髪をアップにした美人。
どう見ても秘書の姿だ。
背中に生える翼の形も違う。
それはドラゴンの翼に似ている。
なにより、その剥き出しの殺気が天使の物と違っていた。
「おまえか?いま、火炎弾を撃ったのは?」
目の前で空中静止した
「だれだ?おまえは?」
「だれでもいい。よくもご主人様の大事なプリンを台無しにしたな。」
「プリン?」
魔人には、相手が何を言っているのか、わからない。
「その行い、万死に値する。」
「万死だと。おれを誰だかわかって言っているのか?」
魔人は嘲笑を浮かべた。
「だれでもいい。」
「おれは、魔王バキュラ様に使える六魔将のひとり、レーディス…」
そう言い終わらぬうちに、レーディスの頭上からすさまじい衝撃波が降り注ぎ、あっという間にレーディスは押しつぶされてしまった。
つぶされたレーディスと名乗った魔人は、そのまま森の中に墜落していき、すさまじい衝撃音を残して、元の形も分からぬ塊となって地面に突き刺さった。
アウローラはそれを一瞥すると、そのまま飛び去っていった。
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そのほぼ同時刻。
アウローラとレーディスが戦った場所から東に更に数キロ行ったところに、某貴族の領地がある。
その貴族の城のある大広間に、二人の魔人がいた。
足元には、かつてこの領地を支配していた貴族のなれの果てが横たわっている。
「レーディスはどこへ行った?」
人の背丈ほどある大剣を背中に背負ったその魔人は、傍らにいたセクシーな格好の、羽の生えた女魔人に尋ねた。
「知らないわよ。天使を追っかけてどっかへいっちゃったわ。」
女魔人は自分の爪のマニュキュアのほうが気になるのか、そっけなく答えた。それを見て、もう一方の魔人が額に皺を寄せる。
「天使がいたのか?アメルダ。」
アメルダと呼ばれた女魔人は、聞こえないふりをして、答えない。
「天使がいたのかと聞いているんだ。アメルダ。」
再度、尋ねた魔人の声の強さに、アメルダは睨み返すと、
「教会に潜んでいたようよ。三匹ほどいて、二匹は片付けたけど、一匹に逃げられて、そのあとを追っかけていったわ。」
面倒くさそうにそう答えると、アメルダはまた爪の形を眺め始めた。
「ふむ、レーディスの奴、大丈夫だろうな。」
「ザイラスは心配性ね。レーディスだって六魔将のひとりよ。下級天使に後れを取るわけないわ。あなどったとしてもね。」
アメルダが爪の次に枝毛を気にし始めたのを見て、ザイラスは鼻で笑った。
「ま、確かにそうだな。よほどのことがない限りな。」
ボソッと独り言をつぶやくと、ザイラスは大広間から外へ出ていった。
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