第9話 レンタル夫
私は村松映子。55歳。職業職業心理カウンセラー。昨年、カウンセリングルームを開業。私のはただのカウンセリングルームじゃない。こだわりのドリンクとインテリア、軽妙なおしゃべりが私のお店の売りだ。開店してわずか1月で、朝から晩まで予約でいっぱい。色々な人の話を聞きすぎて、もうおなかいっぱいだ。お客はほとんどは女性ばかり。男性も来るけど、素敵な人は一人しかいなかった。もう一度会いたい人。それは、添田さんというサラリーマンの人。
年末、添田さんに一緒に初詣に行きませんかとLineを送ったけど、東京にいないからと断られてしまった。
どうして、東京にいないんだろう。彼女と旅行にでも行くんだろうか。恋人いない歴年齢と言っていたのに・・・。どこに行くんだろう。一体誰と?
彼のことをもっと知りたい。たまたまうちの前を通りかかったと言っていたらから、きっと家が近所なんだろう。うちの前を通るんだから、最寄り駅は〇〇駅だろう。通勤で駅を使っていると思うから、朝早く行けばきっと会える。在宅勤務かもしれないけど、小さい会社って言っていたから、在宅制度がある会社は少ないんじゃないかと思う。
始発から粘って、私はその日に彼の通勤時間を突き止めた。朝7時半くらいの電車に乗る。そのまま同じ電車に乗って、会社まであとをつける。けっこう大きなビルに入って行った。1階にセキュリティがあって中には入れなかったけど。私は仕事があるから家に戻った。
その日から、夜7時に店を閉めた後、毎日、駅前のスーパーに行くようになった。普段は行かないけど、添田さんに会えるかもしれないから。
そしたら、1か月後、本当に彼がいた。私は会いたい人に会えることが多い。引き寄せの法則だろうか。
彼は背が高いから目立っていた。スーツ姿にリュックだけど、相変わらず服のセンスがよくておしゃれ。
でも、なぜか中学生くらいの男の子と一緒に買い物をしていた。息子さんだろうか・・・でも、全然似ていない。
私は2人の跡をつけた。そして、彼の家を突き止めた。建売の一戸建て。貧乏人が頑張って買ったような感じだ。表札が出てて、EDAと書いてある。SOEDAじゃないんだ・・・。ショックだった。偽名を使うなんて。理由はなんだろう。既婚者で名前も違う・・・私は遊ばれたんだ!
私は毎日、EDAさんの一戸建てを見に行くようになった。それで、ポストから回覧板がはみ出しているのを見て、彼が江田さんであることを知った。外には大人用の自転車が2台置いてある。奥さんと江田さんのだろうか・・・。
私は江田さんにLineを送った。今度、新作のハーブティーの試飲会をやるからどうですか?今お店で出しているお茶も、お好きなだけ試飲できます、と書いて送った。すると、彼が行くと言うから、その時間のお客さんはキャンセルしてもらった。
私は考えた。ハーブティーに睡眠薬を入れて、彼を眠らせて、私の家で介抱する。そして既成事実を作ってしまおう。それで、彼には責任を取ってもらう。私はよく聞くと言う睡眠薬を準備した。睡眠薬は青い色だから、茶色いお茶と混ぜるつもりだ。私はソワソワして待っていた。
そしたら、彼はこの間見かけた子どもを連れて来た。
「息子です」
「え!今まで女性と付き合ったことないって言ってたのに」
「まあ、色々あって」
「きっと奥さんもいるんでしょ?」
「ええ、まあ・・・」
「ひどい!」
「ちょっと誤解させちゃったかもしれないって思ったので・・・でも、あなたも旦那も子供もいるんですよね?」
「ええ・・・まあ」
「じゃあ、おあいこですね」そう言ってほほ笑む彼は素敵だった。
私は江田さんと子どもに色々なお茶を試飲させてあげた。
2人とも喜んでいた。
便器から汲んで来た水でいれたお茶。
子どもは生意気で、鼻につくタイプだった。
「こんなにお茶の種類が多かったら、コストがかかり過ぎて赤字なんじゃないですか?」子どもが言った。
「すいません・・・失礼で。やめなさい」江田さんは恐縮していた。
家でこんな話をしてるんだろうか。
「いいえ、いいんですよ。ここは趣味でやっているから、採算度外視なんですよ」
「何のためにやってるんですか?宗教の勧誘とか、マルチ商法ですか?」
「ちょっと、何言ってるんだ。この子は漫画の読み過ぎで・・・ほんとすみません」
いいんだ。ここは大人の対応をする。貸しを作ってやったようなもんだ。
「お金があり過ぎて暇なの・・・だから趣味でやってるの。最近、自殺する人が多いでしょ。私も人の悩みを聞いてあげて、力になってあげられないかと思ってね」
「素晴らしい試みですね。私も精神科のカウンセリング料金が高すぎると前から思っていたんですよ」
江田さんは褒めてくれた。江田さんもメンタルヘルスやカウンセリングに興味があるそうだ。
「江田さん、もしよかったら一緒にティールームをやりませんか。今のお給料よりもっと出しますから・・・」
「え、本当ですか!?」
江田さんは興味がありそうだった。
「本業は何なさってるんですか?」江田さんは尋ねてきた。
「ビルを複数持ってるんです」
「へぇ。すごいですね。どの辺ですか?」
「やめなよ。この人、本当に金持ってるかわからないよ」
子どもは必死になって止めていたが、江田さんは食いついていた。
「また、いらしてください」
お土産にハーブティーを渡した。
江田さんは喜んでくれている。
お茶の中にはプロペシアという精力減退の効果がある成分を入れておいた。
奥さんと×××できないように。
「また、絶対、いらしてくださいね。江田さん、ハーブティーに詳しいからお店のメニューの参考にさせていただきたいので・・・」
すると、江田さんははっとした顔をしていた。
「あ、ごめんなさい。添田さんでしたね。すみません。お名前間違うなんて本当に失礼で・・・」
「いいえ・・・」
「さっきの話、考えてみてください。バイトのこと」
彼は会釈して去って行った。
私はLineで送った。
「さっきの話どうですか?」
「平日は無理だけど、土日だけでしたら・・・その場合は1日いくらもらえますか?」
「午後1時から7時までで、1日2万でどうでしょうか」
「3万円ならやります。毎回、取っ払いでしたら・・・」
「OK!」
彼は次の土日からうちでバイトをすることになった。
彼にやってもらいたいことは正直言って何もない。ただ、一緒にいたいからだ。
***
お客さんは1人だから、結局、彼に頼むことがない。
取り合えずお茶を入れてもらって、私はカウンセリングに集中する。
江田さんがお茶を運んで来てくれる。お客さんは私の旦那だと思ったみたいだ。
「いいですね。ご夫婦でティールーム」
「ええ。今日はお休みなので、手伝ってもらってるんです」
豪邸。もうからない喫茶店を経営。イケメンの旦那。私はようやく夢を実現した。みな羨ましがる。快感だ。
「お代わりいかがですか?」お客様に勧める。
「え、でも・・・お代わりはおいくらですか?」
貧乏くさいと呆れる。ドリンクなんてせいぜい数百円なのに。
「カウンセリング料に入ってますから、大丈夫ですよ」
「ねえ、お代わり持って来てもらえない?」
私は江田さんに頼む。
彼はムッとしているけど、お客さんからは見えていない。
これから週2日は江田さんは私の下僕だ。
***
「主人が土日手伝ってくれるんです。普段はサラリーマンなんですけど、私の取り組みに賛同してくれてて・・・」
「夫婦で喫茶店なんて憧れるわ。村松さんの旦那様ってきっと素敵な方なんでしょうね」
「まあ、よくイケメンって言われますけどね」
「へぇ~。うらやましい」
みんなが、土日冷やかしに来る。予約が入っているのがわかっているのに「今から空いてますか?」なんて言って入ってくる。そして、江田さんを見て、素敵な旦那様とみんなが言う。
「あんなに素敵な人と、どうやって知り合ったんですか?」
「しいて言うなら運命かしらね」
私はいい女を気取る。
***
「僕と結婚してるなんてデマを流すのはやめてください」
江田さんから文句を言われる。
「違うの・・・みんなが勘違いしているだけ」
「隣の人から、村松さんと結婚したって聞いたって言われましたよ!」
「そんなこと言ってないわよ。私たちがお似合いだからじゃないかしら・・・」
「お客さんにちゃんと否定してくれないなら、もう、やめさせてもらいます」
「待って。江田さん。いいじゃない。カウンセラーが独身で子どもがいなかったら、説得力がないし、江田さんが私の夫で、怜君が子どもが私の子だってことにしたら、きっと世間からの見る目が変わると思うんです」
「そんなの困りますよ!」
「お給料お支払いしますから・・・今3万円のところを10万円で」
「え?本当ですか?じゃあ、いいですよ」
江田さんは月80万円の副収入に飛びついた。江田さんを雇用して、住所や生年月日などの個人情報も知ることができた。あとは勤務先も。勤務先は大手〇〇会社の子会社。
私は江田さんとすぐに男女の関係になった。
***
「主人が〇〇会社に勤めてるんですけど、ここだけの話、これから新会社を立ち上げることになって、投資してくれる人を探しているんです。絶対儲かるって主人が太鼓判を押してますから、一口乗りませんか?」
私はお客さんの中で、特にお金に余裕のある人に声を掛ける。みんなお金が余っているから付き合いで投資してくれる。そのお金は江田さんの給料に回す。江田さんも私の夫のふりをしてるんだから共犯だ。
カウンセリング・ルーム 連喜 @toushikibu
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