第5話 統合失調症の緒方さん

*本作品は完全フィクションです。


12月某日。女性。緒方さん来店。

上品できれいな人だ。年齢は60歳くらい。服装もセンスがよくて、高そうな物を着ている。バッグはシャネル。私と趣味が合いそうだ。


オーダーは、ハイグローブのプリンスオブウェールズブレンド。


こういうお客さんばっかりだといいんだけど。

悩みは何だろう。旦那の浮気なんかだろうか・・・。


***


「本当に素敵なお店。インテリアはご自分で考えたの?」

 緒方さんは店内を眺めてうっとりしたように微笑んでいた。

「はい。イタリアの貴族をイメージした部屋にしました」

「あなたも何だか貴族っぽいわね。もしかして・・・」

「まあ、旧華族です」

 映子は嘘をついた。先祖は茨城県の乾物問屋だった。

「あら、どちらの?」

「水戸です」

「もしかして・・・徳川の?」

「はい。先祖は水戸黄門って聞いてます」

「あら~こちらの御宅の雰囲気を見て、きっとそれなりのご家庭じゃないかと思ったけど、やっぱりそうだったわ」

「いいえ・・・先祖が立派でも、私たちは庶民ですから」

「そんなことないわ。やっぱり血筋って大切よ。私はね・・・ふふ。皇族なの」

「え、そうなんですか?」

「私は天皇陛下のいとこなの」

「あら~すごいですね」

「まあ、世間には公表していないんだけど」

「どうしてですか?」

「隠し子なのよ・・・宮内庁がちょっと公表できなくてね。今も連絡が来るのよ・・・皇族からも宮内庁からも。私の母はまあ、側室で・・・江戸時代より前だったら、それなりの待遇を受けられたと思うんだけど、明治時代からは日本も一夫一婦制になったから。母は日陰の身で気の毒よ。

 今、女性天皇で揉めてるでしょ?ああいうのも、一夫一婦制にしてるからなのよ。昔みたいに、一夫多妻にすればいいのに」

「じゃあ、愛子様の大叔母に当たるんですね~すご~い。私の学校にも皇族の方がいらしたんですけど・・・」

「もしかして、学習院?」

「はい」

 映子も嘘をついた。学習院なんて庶民が行くもんじゃないと親が判断して、もっと別の学校に行かせていたのだ。

「私が小学校の頃は、今上天皇は高校生で・・・すごく素敵でした」

「あら、そうでしょ。私も時々お会いするんだけど、スマートで素敵な方よ」

「え、今もお会いになっていらっしゃるんですか?もしかして、皇居にも入れたりなんて・・・?」

「ええ。まあね。ヒロちゃんとタカちゃんの間柄だから」

「これから、いきなり行っても大丈夫ですか?」

「まあ、入れてくれるんじゃないかしら。私だから・・・」

「じゃあ、ご一緒させていただけまっせんか・・・ご迷惑でなかったら?」

「あ、いいわよ。これから行く?」

「はい。じゃあ、私もお店を閉めて・・・」

 

 映子は、その後の予定を急遽キャンセルした。親族の体調不良と嘘をついて。

 そして、タクシーを呼んだ。車がないからタクシーは頻繁に利用している。運転手さんたちとも顔見知りだった。あのメンタルクリニックに通ってる女の人の家、と言われていた。

「皇居の〇〇門まで・・・」緒方さんは行き先を告げた。

「天皇陛下の電話番号はご存知ですか?」

「ええ。宮内庁は知ってるんだけど・・・ヒロちゃんのは間違って消しちゃって・・・。今日聞かなきゃね」

「皇后様のはご存知ですか?」

「いいえ。私たちがあまりに仲がいいから、よく思われてないの。私は雅ちゃんのこと好きなんだけどね」

 運転手は頭のおかしな人を乗せてしまったと思ったが、かなり距離があるから、今日は稼げると思って2人の会話には入って行かなかった。緒方さんは皇族との付き合い方の難しさを延々と話していた。内容は普通の親戚と変わらなかった。


「さあ、着いた・・・」門の前には警察官が立っている。皇宮警察というやつだろうか。緒方さんは緊張していた。

「じゃあ、私ここにいますから。そこにいる警察の人と話をつけて来てください。待ってます・・・」

 映子は降りていかなかった。これから面白いことが起きると思って、静観していた。緒方さんが警察の人に話しかけて、相手が困ったような顔をしているのを見ると、映子は腹を抱えて笑い出した。


「運転手さん、すみません。家に戻っていただけます?もう、用は済んだんで・・・」

「あの人、何なんですか?」

「自分を皇族だと思い込んでる人。だから連れて来てあげたの。ふふふ・・・。これから、精神病院に入院かしらね」


 運転手は気味の悪い人だと思いながら、車を発進させた。

 あのカウンセリング・ルームはやばいと同僚に言おう・・・そう思いながら。

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