第2話 ティールーム

 Aさんは朝9時から店を開けていた。夜は最終受付が7時。旦那は会社を経営していて裕福だったから、毎日遊んで暮らせる身分だ。臨床心理士なんかを取るほど本気じゃないけど、悩んでる人の役に立ちたかったんだろうか。


1階を改装して作ったティールームは、全面ガラス張り。カウンセリングルームとしては落ち着かない気がするけど、道路よりちょっと高くなっていて丸見えというほどではない。美容院みたいな感じだ。

カウンターの側には趣味の小物なんかも売っている。窓際には観葉植物がふんだんに置かれていて、ショップみたいだった。儲け度外視で、ひたすらAさんの自己満足のために作られた店だ。


 家具もイタリア製で、Aさんの家のリビングに遊びに来たような感じだった。くつろぎというよりは、自慢されに来ているような気持になる。壁には海外作家の風景画なんかがかかっている。肉筆だから高そうだ。Aさんの家は豪邸だし、置いてあるものは何でも高いだろうと思う。


 俺は冷やかしで入ってみた。

 Aさんはすごく媚びたような笑顔をして、俺を出迎えた。年は55歳くらいだろうか。化粧が浮いて顔がテカテカ光っている。デパートで買ったような高そうな服を着ていた。おばさんぽいが値段だけは高そうだ。形容しがたいような派手なデザインのワンピースで、バブル期に見たような鮮やかなマゼンダピンクの口紅をつけていた。

 

 メニューを出されたが、ドリンクの種類の多さに驚いた。コーヒーは10種類、紅茶10種、ハーブティーは30種類、緑茶10種類、ルイボスティーetc...かなり充実している。

 これだけ揃えたら、赤字なんじゃないだろうかと思うくらいだった。


「はじめまして。村松映子です」顔は皺があるけど、歯だけは白くてピカピカだった。前歯は人工物だろう。

「添田です。よろしくお願いします。くだらないことなんですが・・・ちょっと悩んでいることがあってご相談したくて・・・」

「いいえ。くだらないなんてことありませんよ。何でもおっしゃって」

「なかなか結婚できなくて・・・」

 俺はどうでもいい話をする。

「え~。全然そんな風には見えませんけどね。もてそう」

 こいう反応はカウンセラーとしては駄目だろう。感想を言うのは駄目だ。『そうですか・・・。今は独身の方が多いですからね・・・』等、と相槌を打つべきだろう。

「全然。軽そうに見られてしまって・・・」

「軽そうには見えないですけどね。でも、イケメンはもてるから浮気しそうって、女は思っちゃいますよね」(正解は「何ででしょうね~?」等と言ったほうがいい)

「偏見ですよ」

「でも、実際は違うんですか?」イラっとする。

「浮気なんてしたことありませんよ・・・」

 50分がすごく長く感じた。カウンセリングじゃなくてただの雑談だった。


 彼女にしつこくLineを聞かれたから教えてしまった。


 会計を済ませてお店を出る時、彼女は出口まで送ってくれた。

「お近くなんですか?ぜひ、また来てくださいね」

 彼女は満面の笑みを浮かべて言う。

 俺は金はどうでもいいのだが、時間がもったいない。


 彼女のカウンセラーとしての技量には疑問を感じるが、店は繁盛していたらしい。客は女性ばっかり。値段が安いのと、金持ちのインテリアを覗いてみたいという人が多いからだろうか。


 通りかかると、いつも誰かが店にいて、扉にはホワイトボードがかかっていて「本日予約でいっぱいです。ご予約はメールでお願いいたします。先着順となりますのでご了承ください」と書いてあった。直接連絡してみたら、土日は2ヶ月先まで一杯。平日も2週間先まで埋まっているそうだ。土日の夜8時からなら、と言われたけど、気持ち悪いから断った。

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