1-4.5 ネーレの魔法

 野良猫も静かに寝ているような夜中。ラッコのような猫のネーレが平垣を軽々と飛び越えて、月見里家の二階の窓へ飛んだ。着地することなくその場で浮遊すると、部屋の中をじっと観察する。ゆりは椅子に座りスマホを操作している。


「もうっ、双葉ったら。明後日、映画は観ないって何度も伝えたでしょ…」


 警戒しながら窓に近づくが、ついさっき小鳥遊家に行った時のように見られているという感覚にはならない。試しに開いている窓からこっそりと侵入して、ゆりの目の前で浮遊してみるが、ネーレのことなどお構いなしに過ごしている。一瞬目が合いドキッとしたが、ゆりはすぐに視線を外した。


 見えてないのかしら?


 魔法に関わりのある者にしかネーレのような存在は見えないため、これが普通の反応。安心してほっと一息。同族がたまたまやってきた場所に偶然いたらたまったものではない。安心すると同時に双葉のこともネーレの勘違いだったかもしれないと思ったが、せっかく来たのだから対策をしておくことにした。


 えーいなのっ!


「あ…れ? なんだか頭が…そ、う…だわ…」


 ネーレの体から黒いモヤが浮かび上がり、前足で投げるようにゆりへ飛ばす。黒いモヤはゆりの体内へ溶けてゆく。ゆりの目から徐々に光が消えていった。


「…双葉に、伝えたいことが…あったのよ」


 ゆりはひとりごちるとスマホのメッセージアプリ・レインで双葉にメッセージを書き始めた。ネーレがニシシと笑いながらゆりを見守る。『いままで伝えていなかったけど、あなたのこと大嫌い』と、書くはずだったのだが…


『いままで伝えていなかったけど、あなたのこと大好き』


 ゆりのスマホにはそう入力されていた。


「…あっ、やっぱり直接伝えたい。明日、双葉は予定空いているかしら?」


 …えっ? な、なんなの?


 ネーレがゆりに取り憑かせたのはグラフィジーと呼ばれる悪い存在。今回のグラフィジーは、取り憑いた人間が素直になる壊れた仮面のラクガキ。


 いくら仲のいい友達でも、相手に言えない本音や悪口は存在する。素直になれば、それがストレートに吐き出されて関係が壊れていく…はず、だったのだが。ゆりは恋する乙女のようにモジモジとしながらスマホの操作を始めた。その様子をポカーンとしながらネーレは見守った。


『明日、一緒に出かけない?』


 ゆりがそう送ると、すぐに双葉から返信が返ってきた。


『あれ? 明後日に出かけるんじゃなかったの?』


『明日、一緒に出かけましょ』


『明日なにかあるの? 明日といえばミルフィの映画だけど。あっ、もしかして一緒に観てくれるの!?』


 ゆりが「明日一緒に出かけよう」ボットになっているが、双葉はそれに気がつかず、さっきまで行っていたミルフィの布教を思い出した。


『明日、一緒にみましょ』


『ほんとにいいの!? わーい、ゆりちゃん大好き〜』


 その後、日時と場所を決めてレインを終えた。普段はスタンプをそれなりに使うゆりだが、双葉がスタンプを送ってもゆりがスタンプを使うことはなかった。


「もうっ、双葉ったら。私もよ。明日、何度も伝えてあげるからね…」


 ネーレは疑問に思いつつもフラフラと浮遊して暗い夜空に飛び立つ。グラフィジーが取り憑いているから大丈夫と自分に言い聞かせながら自宅へ帰っていったのだった。




 ―――――――――――――――

【第二話】

 変身! まじ描るリーフ!


 幼馴染・月見里ゆりのノートを買うために、休日にショッピングセンターへやってきた双葉。しかし、隣にいるゆりの様子が少しおかしい。グラフィジーが取り憑いているせいで、いつもより過激なスキンシップで誘惑してくる。双葉はされるがまま身を任せてしまう。そんな中、間違えて持ってきた学校用鞄の中から小さなラクガキが飛び出して、双葉に魔法の力を与える。

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