第二話 変身! まじ描るリーフ!
2-1 ゆりでえと
「お母さんっ! どうして起こしてくれなかったのおぉぉおお!」
「一回行ったわよ。双葉がそのまま寝たんじゃない」
「それは起こしたって言わないよっ!」
夜遅くまで起きていた私は寝坊してしまい、約束の時間なんてとっくに過ぎている。でもこれは仕方がないこと。昨日の夜にゆりちゃんからミルフィの映画を一緒に観に行きたいというメッセージがレインに届いたのだから。
「だって劇場版を一緒に観たら、アニメ版も一緒に観たいもん…」
劇場版とアニメ版の違いを楽しむのも醍醐味なのだ。今までゆりちゃんが興味なさそうな素振りをしていたから、ついつい張り切ってDVDを準備してしまうのは仕方がないこと。まったく、ゆりちゃんはツンデレさんなんだから。
午前の映画の上映時間はとっくに過ぎている。テーブルの上には私の朝ご飯が並べられているけど、ゆっくり食べていたら更に遅刻してしまう。ちょうど食パンが視界に入った。私にはヒロインみたいなことは似合わないけど、背に腹は代えられない。一切れ取り出して口に咥えると待ち合わせ場所へ全力で向かった。
「双葉、今日は土曜日よ? 制服は着なくても…」
「いって
家を出るときにお母さんが何か言っていたけど、慌てていた私には聞きとれなかった。いつも通り肩にかけたショルダーバッグをガシャガシャと鳴らして駅まで走る。目的の駅についたら出てすぐのショッピングセンターが待ち合わせの場所。
少し走っただけで息切れを起こす帰宅部の私には、やっぱりヒロインみたいなことは向いていない。飲み物がないのに電車の中で食パンを食べたから喉がカラカラだ。美味しそうな飲み物が並んでいる自販機を物欲しそうに眺める。おいしいお茶にミネラルウォーター、今ほどスポーツドリンクを飲みたい瞬間はない。
電車の中でメッセージを送ったら既読無視された。ミルフィの映画を楽しみにしていたのに、私が遅れたから怒っているのだろう。そんなに観たかったなんて私としては嬉しいけど、時間に遅れて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。少しでも早く着くために飲み物の誘惑に負けず、ゆりちゃんの元へ全力で走る。
「はあっ、はあっ。ゆりちゃ…ごめ…ねっ…」
待ち合わせの場所に向かうと既にゆりちゃんが待っていた。謝りたいけど息が切れて思うように言葉が出せない。膝に手をつき息が整うのを待つ。すると、あることに気がついた。私は今、私服ではなく制服を着ていた。持ってきた鞄も学校指定の紺色のショルダーバッグだ。
残念なことに財布は昨日、別の鞄に入れてしまったからこの鞄には学校の教科書とノート、筆記用具くらいしか入っていない。走っているときに荷物が重いと思っていたら原因はこれだったんだ。要らないものを持ってきて疲れるなんて。
くたびれ損の、えっと…ほね儲けだったっけ?
「ひみゃっ!?」
まだ息が切れている私の耳に、湿った何かがかぷっと噛みついた。ハムハムと甘噛までしてくるそれは、ゆりちゃんの唇。耳の輪郭を確認するように、ゆりちゃんの舌が優しく撫でてくる。突然のことで頭が真っ白になり思考が停止する。
「…おしおきよ」
ゆりちゃんに耳元で言われて頭がゾクゾクする。いつもなら怒った時はくすぐられるのに今日は一体どうしちゃったんだろう。舌が耳の中心へ移動すると、走った時とは違う息苦しさを感じて心拍数が早くなる。
「ゆ、ゆりちゃ…んんっ。お、おしおきって…んっ」
幼馴染だから何をされても許しちゃうけど、ショッピングセンター前でこんなことをするなんて恥ずかしい。高校の友達だって近くにいるかもしれないのに。私とは違ってゆりちゃんはかわいくてモテるのだ。ゆりちゃんから逃げるように悶えていると、かえってそれがゆりちゃんを喜ばせたらしい。
「ふふっ。双葉ったらカワイイ反応ね」
「や、やめっ。こ、こんなところで…」
なんで耳を? どうしてこんなことを? そんな疑問が頭の中でグルグルと飛び交う。なんだか頭も熱くなっていくし目も回って何も考えられない。薄れゆく意識の中、ダメ押しだと言わんばかりに、ゆりちゃんが耳元で囁いた。
「別な場所ならイイの?」
「…ふにゃぁ」
私はパタンとゆりちゃんにもたれかかると、そのまま意識を失った。
「あら、初心な双葉には強すぎたかしら?」
―――――――――――――――
【月見里ゆり やまなしゆり】
双葉の幼馴染の高校二年生。身長は双葉より少し高い百六十一センチ。少し紫色の黒髪セミロング。子供の頃からちょっと抜けている双葉がほっとけなくて、世話を焼いているうちに密かに恋心が芽生えてしまった。今の関係を壊したくないため気持ちを伝えられずにいる。
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