1-3 まじ描るノートのネコのラクガキ

 ある土曜日の夕暮れ時。信号待ちをしている車の後部座席で、私は今日の戦利品を見てニマニマしていた。ピンバッジにキーホルダー、それにノートにシャープペンシル。紙袋から試写会の先行販売グッズを取り出して並べていく。そんな私を、運転中のお父さんがミラー越しに注意してきた。


「双葉、嬉しいのはわかるが帰ってからにしなさい。汚れるじゃないか」


「だいじょ〜ぶ〜。椅子の上に並べてるから。それに紙袋が汚れるかもしれないから、早く詰め替えないと〜」


 紙袋を折り目の通りに畳んでいく。紙袋には試写会限定のミルフィとグラッセの可愛いイラストが描かれている。絵を見るたびに手が止まってしまうけど、絵は家に帰った後でいくらでも見れる。汚れるというお父さんの助言もあるし今は手早く済ませる。綺麗に畳むとトートバッグに仕舞った。これでよし。


「…はあ。嬉しいのはわかったから周りを見なさい」


「ほへ? 周り…?」


 お父さんのその言葉で周りを見た。座席には紙袋から出したグッズが散乱している。既にいくつか開けていて、プラスチックの包装が足元に転がっている。あはは、嬉しくてつい。お父さんに謝ると屈んでゴミを拾い始めた。そんな中、足元にモソモソと動き回る何かを見つけた。


「うみゃああっ! お父さん車の中に虫がいるーっ!」


 見た目は黒いモヤみたいなもの。大きさからしてイニシャルGのアイツだ。慌てて反対方向に飛び退く。お父さんだって人のこと言えないじゃん。車にこんなの飼っているなんて。そんなことを考えていても現状は変わらない。


 ええっと、どどどうしようっ!


 ティッシュを探すとすぐに見つかった。でも、ティッシュで撃退するにはアレを掴む必要がある。むり無理かたつむりだって。戸惑う私をあざ笑うかのように、黒い悪魔が座席に乗っているグッズに這い寄っていく。


 あっ! それだけはダメッ!


 咄嗟にちょうど手元にあったものでゴキブリを叩いた。


 …あれ?


 手元にあったのって…。ギギギと顔を下げて手元を見ると、まじ描るミルフィのグッズが握られていた。少し丸められていて、ちょうど表紙がゴキブリのいた場所にクリーンヒットしていた。


「ああぁぁあっ! 買ったばっかりのノートで叩いちゃったっ!」


 …はぁ。せっかく買ったのに短い命だったなぁ。大人向けのグッズで普段使いできそうだから、ゆりちゃんとお揃いで使いたくて、この前ダメにしたノートの代わりに色違いを買ったのに。このノートを見るたびにゴキ…じゃなくて、黒いアイツを潰したことを思い出しちゃうよ。


「シャーペンとセットで買ったミルフィのグッズなのにサイアク」


「…お父さんのほうが最悪なんだけど。車の中のどこで潰したんだい?」


 もちろん座席の上…あっ。中身が出てたらこのクルマ乗れなくなっちゃう!


「…あれ? 虫がどこにもついてない…はぁ〜。よかった〜」


「なんだ双葉の見間違いか。はぁ、よかったよかった!」


 そんな騒動もあったけど無事に家に帰った。でも、夕飯を食べてもお風呂に入っても、試写会のことを思い出すと黒いアイツのことが頭をよぎる。部屋の電気を消して布団に潜っても。せっかくの楽しい試写会だったのに、こんなのじゃダメだ。


「そうだ! ミルフィで上書きしようっ!」


 ベッドからバサッと起き上がると、私はミルフィを観始めた。私が子供の頃に放送していたテレビ版のDVDだ。映画もよかったけど、やっぱりオープニングの曲は聞き慣れた放送版の方が好き。深夜なのについつい口ずさんでしまう。


「ららら〜♪」


 サイアクだった気分がよくなっていく。ちょうど手元にシャーペンとノートがあって観ながらラクガキを始める。もしかしたら黒いアイツがついているかもしれないと思って片付けられずにいた、試写会で購入したミルフィのグッズ『マジカルペンシル』で『まじ描るノート』に夢を描いていく。


「できたっ! 私も、こんなマスコット欲しかったな〜」


『…ん? 魔力の込められたイラストがある…?』


 アニメに集中していた私は、描いたラクガキに黒いモヤが吸い込まれていくのを見ていなかった。


『うわっ! これ汚っ…でも、消えるくらいなら…』


「あれ? いま何か聞こえたような…?」


 異変に気づいて手元を見ると、ついさっき描いたラクガキが動いていた。産まれたばかりの子鹿のようにぎこちないけど、それでもラクガキが動いている。それを見た瞬間、驚きすぎてお尻が少し浮かんでしまった。お尻も痛いしほっぺをつねっても痛さを感じる。


 え? …えっ? これって現実…なの?


「えええっ! 絵が動いたあああ!?」


 私はノートを持って部屋を飛び出すと、お父さんとお母さんを慌てて起こした。でも、もう一度ノートを見た時にはラクガキはどこかに消えていた。その後、私の大声で深夜に起こされたお父さんとお母さんに近所迷惑だと散々怒られた。


 その日以降、試写会で買ったミルフィのグッズ『マジカルペンシル』で描いた『まじ描るノート』には動くラクガキが住みついた。でも、誰かに見せようとすると隠れてしまう。描いたのが猫だから、人見知りな性格の猫なのかもしれない。お父さんは信じてくれなかったけど、お母さんには「昔、育成ゲームのたまご型おもちゃが流行っていたから、それが進化したものなんじゃない?」と言われた。


 試写会で観たミルフィの映画は最新技術ですっごくキラキラしていたし、そのグッズのシャーペンやノートも最新技術で作られたおもちゃだったのかもしれない。最新技術って、すごいなあ。


 これが私、小鳥遊双葉と…


 ノートに描いた猫、リリィの初めての出会いだった。

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