1-2.6 雫の部屋の小さな練り消し

 なんでボクがっ! こんなことしなくちゃいけないんだよ!


 小さな猫の形をした練り消しがひとりごちる。それでも命令には逆らえず、目の前の大男に攻撃を続けることしかできない。自身の身を削り攻撃を続ける。その言葉通り、練り消しを飛ばしているが傷ひとつつけられない。


 それでも「雫を助けなさいなの!」という指示が痛いほど飛んでくる。


 俯いている雫に近づく大男。指示を出しているネーレは、魔力が足りずスケッチブックの中から出てくることができない。たしかに助けられるのはボクしかいない。


 ああもうわかったよ! やればいいんだろ、やればっ!


 もうどうにでもなれとヤケになり、大男に飛びかかった。弧を描くように空を舞い、全身全力の一撃を放つ。だが、大男を倒すような威力なんて出るはずもなく、ペチッという虚しい音と共に地面に落ちた。


「ん? なんだこれは…雫か? いま俺に投げたのか? 親に消しカス投げるなんていい度胸だなあッ!」


「…ッ!」


 大男はボクを掴み上げると怒鳴るように咆哮した。ぺたんと猫耳を倒しても耳が痛くなるほどの音量だ。怒りを表すようにボクの体を握りつぶす。ミチミチと体の軋む音が聞こえてくる。いや、ムニュムニュかも…でもまあ、体の形が保てなくなるのは一緒かぁ。


 ボクなんかの攻撃じゃ倒せるわけがないんだよ…。


 どうでもよくなったのか、ある程度握り潰して満足したのか、ボクは大男の手によって力任せに空中へと投げ捨てられた。運悪く窓の外に放り投げられ、目の前に高速で迫るタイヤを見て自分の不幸を呪った。


 生まれたばかりなのに、なんてサイアクな日だ。


 ぐにゃっ。


 タイヤに轢かれて練り消しとしての形は潰れたものの、魔力が残っていたボクは練り消しから飛び出して彷徨った。顔がないため目が見えないけど安全な休める場所を求めて。モソモソと動いて狭い隙間からどこかへ潜り込んだ。


『うみゃああっ! お父さん車の中に虫がいるーっ!』


 …ぐにゃっ。また、潰された?


 あはは、体がないから潰されたのかもわからないや。


『ああぁぁあっ! 買ったばっかりのノートで叩いちゃったっ!』


 ああもうサイアクな日だ…って、あれ?


 ここ、なんだか落ち着くかも。ここで少しだけ休んでようかな。でも魔力は尽きそうだし、ボクの命はここでおしまいかな。


『シャーペンとセットで買ったミルフィのグッズなのにサイアク…って、あれ? 虫がどこにもついてない…はぁ〜。よかった〜』


 …はぁ、短い命だったなぁ。

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