1-2 試写会のペアチケット

『いるべきレイヤーに戻りなさい、グラフィジー浄化ーッ!』


 ピンク色の可愛いコスチュームを着た少女が、テレビ画面の中で魔法砲撃を放つ。それと同時に、私もミルフィーユグラッセを口の中に放り込む。口の中には何枚も重なるパイ生地のサクサクとした食感と砂糖の甘みが広がっていく。


 美味しいけど、美味しいんだけどね…。


 いっぱい食べて、そろそろ飽きてきたよ。リスのように膨らませた頬をムグムグと口を動かし、いっぱいの紅茶で流し込む。ミルフィのイラストがプリントされている空箱を持ち上げると、掲げてバタンと後ろに倒れた。


「ふぅ。ミルフィ…やっとこの箱も浄化できたよーっ!」


 とある理由で大人買いしたのはいいけど、賞味期限はあと二ヶ月後。有名なお菓子屋さん『にゃとれーぜ』の糖衣がけしたミルフィーユ。個包装の一口サイズ。紅茶と一緒に食べると美味しいんだけど、一箱二十個入りを三箱も食べると流石に飽きてくる。


「あはは…あと、五箱かぁ…」


「〜♪」


 ゴロゴロと転がっていると突然スマホが鳴った。こんな時間にくるのなんて、どうせ広告のメールだよね。特に身構えないでメールを開く。件名を見た瞬間、私はガバッと飛び起きた。


『まじ描るミルフィ試写会チケット当選のお知らせ』


「…へ? 当たった…? ほんとに当たったの!?」


 このミルフィーユグラッセは買うと試写会チケットの応募ができる。一人二箱までだから、お父さんとお母さん、ゆりちゃんにも頼んで合計八箱買った。お小遣いを全額投資したから当たって欲しいとは思っていたけど、まさか本当に当たるなんて。


 今まで一度も懸賞には当たったことがないし、宝くじは当たっても末等の三百円。そんな私だから、注意深く何度もメールを確認する。でも、やっぱり当選と書かれている。わーい、今までの苦労が報われた気分だよ。


 あ、そうだ! 早くゆりちゃんにも報告しないと!


 きっと喜ぶに違いない。急に立ち上がり足がもつれた。咄嗟にテーブルの上に手をつくと、運悪くノートの上。そのままズルズルと手が滑り、気がついた頃にはテーブルの上にラクガキのような跡が拡がっていく。


「あわわ…ッ! ゆりちゃんのノートに!? どどど、どうしよう!? もしかしてグラフィジーのせいっ!?」


「…なに言ってるのよ。双葉が紅茶を零しただけでしょ」


 お手洗いから戻ってきた、ゆりちゃんが呆れた表情で私を見る。ハンカチを取り出して、零れた紅茶を冷静に拭いてくれる。ほんと、私とは違ってよくできた幼馴染だよ。っとと、私も一緒に拭かないと。慌ててティッシュケースを掴み、ティッシュを取り出して花柄のラグを拭く。シミになってないといいなぁ。


「ご、ごめんね。ゆりちゃん」


「…はぁ。授業用のじゃなかったからいいけど、今度買い物に行ったら代わりのノートを買ってね」


「ら、来月でもいい? 私、今月ピンチで…」


 私のその言葉に反応して、ゆりちゃんがミルフィのイラストがプリントされた箱を指さした。こんなの買うからでしょ、という目で私をジロリと見つめてくる。うぅ、それは必要な出費で…って、そうだった!


「忘れてたっ! ゆりちゃんみてみて!」


 紅茶を拭いてる場合じゃない。急いで拭き終えると私のスマホを差し出す。まだラグに紅茶の跡が残っているけど、後で濡れタオルで拭けば取れるよね。ゆりちゃんは意味がわからずキョトンとした顔で受け取り、画面の文字を読んで納得したように声を漏らした。


「あら、当たったのね。よかったじゃない」


「えへへ。ペアチケットに応募したから、ゆりちゃんと一緒に行けるよ〜」


「…え? 私は行かないけど?」


「…ほえ?」


 ゆりちゃんも好きなミルフィの映画なのに。最近流行りのアニメのリメイクブームの波に乗っているけど、当時のスタッフを集めて今の技術を融合した正当進化のリメイクだ。


 家に来るとたまにアニメを一緒に観ているし、今日だって勉強の息抜きに観ていた。子供の頃なんて一緒に魔法少女ごっこ遊びした仲なのに。ムッとした表情でゆりちゃんを見つめると、私の思考を読んで先に言われた。


「これは双葉が見せてるからで…私はもう高校二年生よ。これは小学二年生が見るようなアニメでしょ。双葉は別にいいかもしれないけど、私が観たら恥ずかしいじゃない」


「そんなっ! 私だって高校二年生だよっ! だからゆりちゃんも一緒に観に行こうよ〜っ!」


 せっかくのペアチケットなのに、映画を一人寂しく観ないといけなくなる。お母さんもお父さんも一緒に観てくれないだろうし、ゆりちゃんくらい面倒見のいい友達は他にいない。


 ぐぬぬ。ここは泣いてお願いするしかっ…!


「どうしても、ダメ?」


 双葉の お願い!


「…ッ! そ、それは卑怯よ」


「もしかしてオッケー!?」


 ここで断られると来月の私がピンチだ。ゆりちゃんの紫色の瞳をジッと見つめる。もうひと押しと言わんばかりに両手をギュッと握る。


「う、嘘泣きしても…無駄だからね…」


 …効果は いまひとつのようだ。


「えー! 来月一緒に行こうよ〜!」


「そもそもテストは大丈夫なの? 来週のために今日の勉強会をしてるんでしょ?」


 あ、すっかり忘れてた。来月の予定よりも来週のテストの方がピンチだった。


「あはは、実はここがわからないんだけど…教えてください、ゆり先生!」


「はいはい。そこはね…」


 テスト勉強は最後まで付き合ってくれたけど、結局、何度頼んでも試写会には付き合ってもらえなかった。

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