第120話 餌やり


「アイラ様…………!」


 修道女のおばさんはいまだにアイラ様の亡骸に縋りついて泣いていた。


「ヘンリー、アイラ様が亡くなられたこととレティシア様が正式に火の巫女になられたことを中央に報告しなさい」


 神父のローガンは涙をぬぐい、騎士であるヘンリーに指示を出す。


「はい…………」


 ヘンリーも泣きながら部屋を出ていった。


「祈りの間にご案内します。アイラ様の最後の仕事をいたしましょう」


 ローガンはヘンリーが出ていったのを確認すると、俺達を見る。


「フィリア、ヘイゼル、お前らはここに残れ」


 俺は修道女のおばさんをチラッと見た。

 この場に1人で残さない方がいいだろう。


「…………そうね」

「…………そうするわ」


 フィリアとヘイゼルも修道女のおばさんを見て、頷く。


「イレーヌ、あなたも残りなさい」

「はっ」


 イレーヌさんも残ってくれるらしい。


「イレーヌさん、妻をおねがいします」

「わかりました」


 俺とレティシアはローガンと共に部屋を出ると、祈りの間を目指し、歩いていく。


「…………アイラ様はすでに亡くなられていたんですね」


 無言で廊下を歩いていたが、ローガンがぼそりとつぶやいた。


「はい。私達が部屋に入った時にはすでに亡くなっていました。女神様が最後の時間をくださったのでしょう」


 今朝、体調を崩した時に亡くなっていたのかもしれない。


「女神様に感謝します。最後にお別れができてよかったです」


 アイラ様の口ぶりからして、このローガンと修道女のおばさんは付き合いが長かったのだろう。



 俺達がそのまま歩いて行くと、廊下の突き当たりに扉を発見した。

 他に道も部屋もないし、ここが祈りの間だろう。


「こちらが祈りの間になります」


 予想通りだ。

 当たり前だけど。


「この中は?」

「申し訳ございませんが、ここから先は巫女様しか入れないのです。ですので、私にも中がどうなっているのかはわかりません。本来なら引継ぎはこの中で行うのですが、アイラ様があのような状態でしたので…………」


 ボケてたら無理だな。


「定年制を設けるべきでしょうね」

「今、中央でその議論をしています。間違いなく、設けられるでしょう」


 いくら有能でも80歳はやりすぎだ。

 アイラ様はやる気があったんだろうが、どこかで区切りを設けないと今回のようになってしまう。


「それがいいでしょう…………レティシア、行けるか?」


 俺はレティシアに確認する。


「ええ。大丈夫よ」

「よし! では、行って参ります」

「リヒト殿、レティシア様をおねがいします」

「従妹ですのでね。ちゃんとします。ほれ、開けろ」


 俺はレティシアの背中を押し、扉を開けさせた。

 扉の中はゴツゴツとした岩肌が見えているが、奥は暗くて見えない。


「暗いなー。お前、懐中電灯を持ってる?」

「持ってないわ。大丈夫よ。私はライトの魔法を使えるから」


 いいなー。

 まさか、こいつ、俺より魔法が上手いんじゃないよな?


「俺も後でヘイゼルに教えてもらおう」

「あんたって、本当に小さいわよね」


 うっさい。

 10歳のガキに負けられるかってんだ!


 俺達はレティシアの魔法で周囲を明るくし、奥へと進んでいく。


「ここ、何かしらねー?」

「火山じゃね? ちょっと暑いし」


 微妙に暑い気がする。


 俺達はそのまま進んでいくと、どんどんと気温が上昇しているような気がしてきた。

 その証拠に額に汗が出てくる。


「これは今後、タオルと水は必須ねー」

「気分的にはサウナだなー。そういえば、ヘイゼルがアイスって冷やす魔法を覚えてたな」

「いいなー。ちょっと貸しなさいよ」

「ヘイゼルは俺とイチャイチャするのに忙しいんだよ」


 この仕事が終わったらようやく家でゆっくりできるのだ。


「あんたの頭は幸せねー…………ん? あそこに広間があるわね?」


 レティシアにそう言われたので目を凝らして通路の奥を見ると、確かに開けている場所が見える。

 俺達はそのまま進んでいき、広場に到着した。


 何も見えない…………


「ちょっと待ってね……ライトー!」


 レティシアが叫ぶと、周囲が一気に明るくなり、部屋の全体を見ることができた。

 部屋は30メートル四方程度の広間であり、何もない。

 終着点だし、ここが祈りの間で間違いないだろう。

 しかし、暑い……


「精霊がいるわね」

「でかいなー」


 この部屋には何もないが、精霊はいる。

 それもかなり強い力を持っている。


「実体化した方がいいかな?」

「だなー。出来るか?」


 ちょっと強いぞ?


「やってみる」


 レティシアはその場に跪いて祈りだした。

 すると、周囲が光り出す。


「でかいなー」


 光の大きさはこれまでの精霊の大きさとは桁違いだ。


「きっつー…………」


 レティシアが弱音を吐く。


「手伝おうか?」

「いやいい。いつまでもあんたに頼るわけにはいかない。これからは私一人でやらないといけないのだから」


 なんて立派な子だろう。

 俺に似たんだな。


「うんうん」


 俺は頷きながらレティシアを見守ることにした。


 レティシアは祈りを続けていくと、光が徐々に強くなっていく。

 そして、その光は実体を現していった。


 その姿は大きなトカゲである。

 体長は10メートルはありそうで、レティシアなんかは一口で食べられそうだ。


 レティシアはでかトカゲを出してもなお、目を閉じて祈り続けている。


「レティシア、目を開けてみ」

「ん? って、ひえっ!」


 でかトカゲはレティシアの目の前におり、じーっとレティシアを見ていた。


「でかいなー」

「なんでこんなに大きいのよ!?」

「こいつは火山そのものだ。アイラ様がボケて何もできなくなってしまったからここまで大きくなったんだろう」

「そっか……こいつが爆発するのね…………」


 そしたら噴火だろう。


「レティシア、こいつを小さくできるか?」

「やってみるけど、暴れないかしら?」


 こんなんが暴れたらやばくね?

 俺、死んじゃうよ。


「俺はちょっと離れてるわ」

「おいコラ!」


 レティシアが俺の服を掴んだ。


「俺には愛すべき妻がいるんだ」


 しかも、2人も。


「良いフラグじゃない? 一緒に頑張りましょう」


 死亡フラグは勘弁。


「お前、さっきの立派な発言はどうした?」


 やっぱ俺と似てなかったわ。


「あんたは女神様の使者でしょうが! 使命をまっとうしなさい!」

「どうやんだよ? こいつ、でかすぎて怖いわ」


 でかトカゲはレティシアをじーっと見ているだけで動かないが、圧がすごい。

 祓うのは出来そうだが、それもダメって言われたら何もできない。


「よし! いい考えが浮かんだわ!」


 レティシアはそう言って、魔法袋を取り出した。


「何すんの?」

「餌を与えて、食べている隙に小さくするよ」


 なるほど。


「お前、賢いなー」

「でしょー」


 サラマンダーは食い意地が張ってるし、ナイスアイディアだ。


 レティシアは魔法袋の中からビーフジャーキーを取り出し、封を切って、中身を取り出す。

 すると、でかトカゲが大きな口を開けた。


「イレーヌ、ごめん!」


 レティシアはイレーヌさんに謝りながらビーフジャーキーを口の中に投げ入れる。


「それ、イレーヌさんのかよ…………」


 イレーヌさん、可哀想……

 ビーフジャーキーが好きだったのに……


 でかトカゲは口を閉じ、もごもごと口を動かして、ビーフジャーキーを味わっている。


「今よ! 私が小さくするからあんたはビーフジャーキーで気を引いておいて!」


 レティシアはそう言いながら俺に残っているビーフジャーキーを渡してきた。


 俺はビーフジャーキーを持って、でかトカゲが食べ終えたらビーフジャーキーを投げ入れる作業をすることになった。

 その間にレティシアは祈りを開始する。


 でかトカゲがもぐもぐとビーフジャーキーを食べ、なくなったら口を開けるのでビーフジャーキーを投げ入れる。

 これの繰り返しだ。


「これが使命? 動物園の飼育員になった気分だぜ」


 俺はそう言うものの、口をもごもご動かしているでかトカゲがちょっと可愛く見えてきた。

 レティシアは祈りを続けており、サイズはまだ変わっていないが、徐々に力が落ちていっているのがわかる。

 このままいけば、そのうち小さくなり、普通のサラマンダーになるだろう。


 ビーフジャーキーを食べ終えたでかトカゲが再び、口を開ける。

 俺は再度、ビーフジャーキーを投げ入れようと思ったが、中身がなくなっていた。


「あ……もう空だ。おい、もう一袋を寄こせ…………ん?」


 俺の視界が暗くなっていく。

 気になって見上げると、視界にはでかトカゲの口しかなかった。


 そして、真っ暗になった。


 えー……俺はビーフジャーキーじゃないのに……

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