第111話 別れと旅立ち


 スマホのアプリを使い、両親と共にロストにある宿屋に転移してきた。


「ここがロストかー。リヒト君達はすごく良い部屋に泊まってるんだね」


 父さんが部屋を見渡す。


「ここはリビングだな。あと2部屋ある。陛下が用意してくれたんだよ。一応、親戚だし、女神様の使者だからね」

「なるほどねー」

「そんなことよりもさっさと行きましょうよ。それとも寝室を覗いた方がいい? 絶対に1つのベッドしか使った形跡がないわよ?」

「死ね! ちょっと待ってろ。父さんはともかく、母さんはマズい。アルトならまだ大丈夫だったけど、さすがにロストの王都は絶対にばれる」


 20年以上前だろうが、年配の人は気付く人もいるだろう。


「まあ、ママは人気だったしね」


 こいつ、庶民にもわがままクソ姫で有名だったのかよ……

 そら、ロスト王家の恥とか言われるわ。


「…………宿の人に馬車を用意してもらうわ。ちょっと待ってて。あ、寝室は覗くなよ」

「覗かないわよ。最低じゃない」


 だから忠告したんだよ。


 俺は部屋を出ると、近くにいた初老の店員を捕まえる。


「すみません、馬車を用意できますか? 城まで行くんですが、ちょっと内緒な人がいましてね」

「もちろんです。少々、お待ちください」


 さすがは貴族や王族も使う宿屋だ。

 こういうサービスも充実している。


 俺は部屋に戻り、親子3人で世間話をしながら待っていると、部屋にノックの音が響いた。


「はーい?」

「リヒト様、馬車の用意が出来ました。入口の前に停車させませたので直接お乗りください。そのまま城まで向かいます」

「はーい。さて、行くかね」


 俺達は立ち上がり、部屋を出た。

 そして、先ほどの店員の案内のもと、馬車に乗り込む。


 なお、有能な秘書っぽい初老の店員は表情こそは変えていなかったが、汗がヤバかった。

 間違いなく、母さんに気付いたようだ。

 でも、ここは王侯貴族が泊まる宿屋だし、守秘義務はあるだろう。


 俺達は安心して馬車の乗り込み、城に向かっていく。

 そのまま馬車に揺られ、進んでいくと、馬車が止まった。


 俺は着いたなと判断し、まず一人で馬車から降りる。

 すると、確か城の正門まで着いており、兵士が俺を見ていた。


「いきなりすみませんね」


 俺はいきなり馬車で来たことを謝る。


「いえ、リヒト殿でしたか……今日は馬車なんですね。いいご身分ですわ」


 さすがにこの門番の兵士と付き合いも長くなってきたので、このような軽口も言い合う関係だ。


「今日はちょっと色々とありましてねー。陛下にお取次ぎを願いたい。私と私の両親が来たと伝えていただければ、ご理解されます」

「ご両親ですかー。わかりました…………って、え?」


 兵士が俺の後ろを見て、固まる。

 俺がつられて後ろを見ると、母さんが馬車から降りてきていた。


「何してんの!? 馬車に乗っとけ、バカ!」

「うるさいわねー。なんで私が待たないといけないの?」


 こいつ、故郷に戻ってきたせいで、わがままクソ姫になってるし!


「ちょっと黙れや!」

「かわいくない子…………ところで、お前達は誰の前を遮っているのかしら?」


 母さんがそう言って、門番の2人を見ると、門番は慌てて、端っこに避けた。


「おい、お前はこのことを陛下に!」

「わかりました!」


 端に避けた1人がもう一人の方に告げると、その兵士は城の中に走っていく。


「おかえりなさいませ、ソフィア様。ご機嫌麗しゅう……」


 めっちゃビビってるし…………


「くだらない挨拶は結構。お前は私に日の光を浴びせたままにする気?」

「お前が勝手に降りたんだろ」

「リヒトちゃんは黙ってて!」


 お前が黙ってくれないかな?


「いえ、そのようなことはございません!」

「では、通るわね」

「はっ!」


 あーあ、門番が仕事を放棄しちゃった。

 まあ、誰も責めんわな。


 母さんはそのままスタスタと城に向かって歩いていく。

 父さんは兵士に謝り、頭を下げると、母さんを追っていった。

 俺はちょっとその場に残り、ホッとしている兵士を見る。


「わがまま?」

「クソ姫ですよ」


 兵士が即答した。


「やっぱりその認識なんだ……」

「教えておきます。全員がその認識です。だからこそディラン様は英雄なんですよ」


 嫌な英雄だなー……


「よく顔だけでわかりましたね?」

「肖像画がありますからね…………誰でも一度は目にしますよ。何しろ伝説の巫女様で子供にも大人気のわがままクソ姫ですから。ここだけの話、姫様が巫女から逃げたと聞いても誰も不思議に思わなかったらしいですよ。むしろ何日で逃げるかを皆で賭けてて、大儲けしたって先輩から聞きました」


 最悪ですわ…………


 俺はものすごく嫌な気持ちになって、両親を追っていった。


 城に入ると、すごいことに人っ子一人いなかった。

 いつもは警護の兵や文官、使用人などが歩いているのだが、誰もいないのだ。

 多分、王様の配慮だろう。


「……誰もいないねー」


 父さんがこの異様な光景を見て、ポツリとつぶやく。


「そう? いつもこんなんよ?」


 王様の配慮じゃなかった…………

 皆、逃げたんだ……


「陛下は多分、執務室におられるからそっちに行こう」

「ああ、昔、あいつが忍び込んでお父様に怒られてた部屋ね」


 黒歴史まで知ってるんだもんなー。

 伯父さん、ごめん。

 絶対に余計な者を連れてきちゃった……


 俺達がそのまま執務室まで歩いて行くと、執務室が見えてくる。

 ここにはさすがに警備の兵が扉の前に立っていた。


「入るわよ?」


 母さんは挨拶もなく、兵士に告げる。


「話は通っております。どうぞ」


 兵士があっさりと通したので母さんが扉を開けて、中に入っていった。


「すげー。一番関係ないヤツが真っ先に入っていったわ」

「優しくて、気の利く人なんだけどなー」


 父さんがそう言うと、兵士が目をこすって父さんを見る。


「あんたにだけね」


 俺はそう言って、母さんに続いて部屋に入った。

 部屋の中には王様と宰相殿、そして、レティシアとイレーヌさんもいた。


「リヒト…………ワシはお前からリュウジ殿を連れてくると聞いていた…………誰もわがままクソ姫を連れてこいとは言っていない」


 ほら、怒られた。


「申し訳ございません。母がどうしても陛下にお会いしたいと言うものですから」

「誰もそんなことを言ってなくない? というか、わがままクソ姫って言うな」


 うるせーなー……


「いや、杖を返すとか言ってたじゃん。俺は話をスムーズに持っていくために表現を濁してんの」

「んなもんいらないわよ。そうやって、人を騙す詐欺師はめんどくさいわー」

「あんたにめんどくさいって言われたくねーわ。絶対にあんたの方がめんどくさい」

「そんなことないわよ。パパだって素直な君がかわいいよって言ってたもん」


 それ、いつの話だよ……


「ババアが頬を染めんな。きしょいわ」

「あ、めっちゃ腹立った。二度と勃たなくなる呪いをかけてやろうか!?」


 恐ろしい呪いだ……


「やってみろ。二度とトイレに行けなくなる呪いをかけてやるわ!」

「2人共、落ち着いて。しょうもない理由でしょうもない呪いをかけあわないでよ」


 父さんが俺達を諫めてくる。


「けっ! 陛下、父を連れて参りました。残念ながら父はノースに行ったことがないそうですが、アルトまでは行けます。そこからは馬車となりますが、レティシア様をノースまで送り届けましょう」


 俺は切り替えて、陛下に伝える。


「うむ。切り替えが早すぎて少しついていけんかったが、了解した。こちらも教会に話は通したし、囮の馬車も出発させておる。いつでも行ける」


 準備はすでに終えてたか。


「わかりました…………ほれ、転移する前に返すもんがあるだろ」


 俺は母親に言う。


「そうね。お兄様、これをお返しするわ」


 母さんは収納魔法から杖を出して、王様に渡した。


「これは! 何者かに盗まれていた祝福の杖ではないか! お前が盗ったのか!?」


 えー…………

 話が違うよー……


「なんで私が盗まないといけないのよ! これはお父様が餞別にくれた物なの!」

「あのバカオヤジ……! 王家の秘宝をくれてやったのか! あのバカオヤジがソフィアに甘くするからこんなんになったのだというのに……」


 おじいちゃんのせいらしい。

 娘が可愛かったんだろうね。


「とにかく、返すから。本当はお父様に直接返したかったけど、死んじゃったしね。あんたに返すわ」

「ああ、確かに受け取った」


 王様は杖をしまい、一つ頷いた。


「陛下、私とソフィアの結婚を認めてくださり、ありがとうございます」


 父さんは母さんを下がらせると、前に出て、頭を下げた。


「いや、当然だ。まあ、今さら反対するようなことでもないしな。それよりも、この度は貴重なギフトを使わせてもらい、感謝する」

「いえ、事情は息子から聞いております。私の力で良いのでしたらいくらでも貸しましょう」

「おー! なんと立派な男だ。なんでこんなにいい男にウチのバカが…………」


 王様がチラッと母さんを見る。

 母さんはそんな王様を睨みつけた。


「私にとってはかけがえのない妻ですよ」

「リュウジさん…………」

「そういうのいいから。マジでいいから」


 何をキラキラさせてんだよ。

 もうやめてくれ。


「コホン! それで陛下、私はいつでも行けますが、いかがなさいます?」

「すぐにでも頼む。すでに囮の馬車は出しておるのだ。馬車が出たのにいつまでもレティシアがこの城におってはマズい」


 そら、そうだ。


「レティシア、イレーヌさん、大丈夫か?」


 俺は2人に確認する。


「ええ。物は全部、魔法袋の中だし、いつでも行けるわ」

「私もです」


 準備は完了しているのか。

 本当に俺ら待ちだったわけだ。


「では、行きましょう…………席を外そうか?」


 別れの挨拶があるだろうし、部屋を出たほうがいいのかもしれない。


「大丈夫よ。お父様、今までありがとうございました。私は遠いノースに行きますが、ノースで巫女となっても皆様の無事を祈りたいと思います」

「レティシア…………ああ、お前は巫女になろうとも私の子であり、この国の宝だ」


 レティシアと王様がハグをした。

 レティシアは泣いている。

 そんな光景を見ている宰相殿とイレーヌさんも泣いていた。


「宰相様、お世話になりました」


 レティシアは父親から離れると、宰相殿に頭を下げる。


「いえ……姫様、活躍と息災を祈っています」


 宰相殿の目が完全に孫を見る目だ。


「ありがとうございます」


 レティシアが再び、頭を下げた。


「イレーヌ、我が娘を頼む!」


 王様はイレーヌさんを見た。


「はっ! 命に代えても!」


 イレーヌさんって、マジで騎士なんだなー。

 メイド服なんだけどな……


「リヒト、今までよくやってくれた。あと少し、レティシアを頼む」

「女神様の使命ですし、従妹のためです。必ずや無事にノースまで送り届けましょう」

「うむ。頼む。これを受け取ってくれ」


 陛下は机の上に置いてある袋を取り、俺に渡してくる。

 俺は袋を受けとり、思わず、腰が砕けそうになった。


 重っ!

 この重みは金貨500枚!


「ありがとうございます」

「どうでもいいが、お前、少しは鍛えたらどうだ?」


 すみません。

 筋トレは3日でやめました。


「私は魔法使いですので」

「まあ、好きにすればいいが……」


 めっちゃ呆れられたし……


「そうします。では、陛下、宰相殿。レティシア様とイレーヌさんを送り届けてきます」

「うむ。頼む。それと、ディランにもよろしく言っておいてくれ」

「わかりました。あ、ヘイゼルの両親にこのことを言っておいていただけませんか? 帰りにも家に寄るという話をしていたのですが、こういうことになったので無理そうです。あとで謝罪の手紙を送りますので」


 ヘイゼルは喜んでいたが、さすがにちょっと罪悪感がある。


「わかった。バーナードには私から言っておこう…………レティシア、頑張れよ」


 王様は俺の頼みを了承すると、再び、レティシアに声をかける。


「はい!」


 レティシアはもう泣いてはおらず、笑顔だ。


「…………お前は……勝手にしろ」


 王様は最後に自分の妹を見たが、どうでも良いようだ。


「言われなくてもそうするわよ」


 母さんが年甲斐もなくプンって擬音が出そうな感じでそっぽを向いた。


 かわいくないわー。


「じゃあ、父さん、お願い」

「ああ、わかった。ほら、ソフィア」


 父さんが拗ねている母さんの手を引いた。

 すると、母さんは父さんの胸にしな垂れかかった。


「子供の前で止めろちゅーに……」

「ほら、リヒト君」


 父さんが俺に手を伸ばしてきた。


「パパー」


 俺は父さんに抱きつき、母さんをどかせた。


「リヒトちゃん、邪魔」


 目障りだから邪魔してんだよ。


「気にしない気にしない」

「もう! しょうがないわね。いつまでも子供なんだから!」


 母さんは何をトチ狂ったか、俺の頭に手を置いてきた。


「きっつー…………レティシア、イレーヌさん、早くこのおっさんに触れ。さっさと転移するわ」

「う、うん」

「では、失礼します」


 俺がレティシアとイレーヌさんに父さんに触れるように言うと、2人はおずおずと父さんの肩に触れる。


「では、行きますよ?」


 父さんがレティシアに確認をする。


「はい。お父様、今まで本当にありがとうございました。愛してます!」

「ワシもだ。お前がどこに行こうと、何をしようと、お前の味方であることを誓おう」

「はい! 私もお父様のことを祈り続けます! さようなら!」

「ああ、元気でな…………リュウジ殿、行ってくれ」


 父さんは王様に向かって頷くと、一瞬にして視界が変わったのだった。


 王様、泣いてたね……

 まあ、別れだからなー……

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