第110話 元凶はやっぱりこいつ


 父親への電話を終えた俺はフィリアとヘイゼルを侍らせながらゆっくりと身体と心を休ませていた。

 午後になると、消費していた物を買いに行く程度で後は家で過ごした。

 そして、翌朝、俺達は早めに起きると、ご飯を食べ、準備をする。


 準備を終え、しばらく待っていると、チャイムが鳴ったので玄関に行き、扉を開けて父さんを出迎えた。


「父さん、朝から悪いなー…………いや、なんでいるし」


 父さんの横には母さんが立っていた。


「ママがいてもいいじゃん」

「家で待ってるんだよな?」

「ハゲの頭を叩きに行く」


 やめーや。


「宰相殿もつい口を滑らしただけだよ」

「いや、つまり、それが本音じゃね?」

「はっきり言うが、母さんをわがままだと思っていないのは父さんだけだよ」

「私、わがままじゃないもん」


 もんって……

 40歳前の口から出た言葉だと思うときっついなー……


「実際、問題になるのでは?」

「なんないって出てるから大丈夫」


 この人の大丈夫ってあんま信用できないんだよなー。


「まあ、いいや。上がってよ。俺らの準備は出来てるからさ」

「はーい。息子夫婦の愛の巣に突撃ー」


 俺、こいつ、嫌い。


「父さんも上がってよ」

「ごめんね、リヒト君。母さんはそんなにわがままなことは言わないんだけどねー」


 あんたの前だけ、そうなんだよ。


 俺は嫌々ながらリビングに戻ると、母さんが椅子に座り、フィリアとヘイゼルが立って待っていた。


「うわー……嫁姑だわー。クソだな」


 引くわー。


「いや、強制してないから。私に言わないで」


 母さんが俺にそう返し、フィリアとヘイゼルを見た。


「いや、まあ、何となく立つものかなって」

「私も……というか、王族だし」


 この2人の立場からしたらそうなんだろうな。

 もし、同居だったら一瞬で胃に穴が空きそうだわ。


「もう、あんたはどうでもいいわ。父さん、悪いけど、最初にフィリアとヘイゼルをアルトの俺の家に連れて行ってもらえないかな? レティシア殿下を迎えるのに家を片付けたり、準備がしたいんだよ。何しろ1ヶ月近く家を空けてるから」


 これは昨日、3人で話し合って決めたことだ。

 元々、人を迎えるようにしていないので、ちょっと準備がしたいらしい。

 そして何よりも、父さんの転移の制限人数は5人までだ。

 俺、父さん、フィリアとヘイゼルにレティシアとイレーヌさんでは6人になり、制限オーバーとなってしまう。


「わかった。じゃあ、2人を先に連れていくよ。2人共、手を出して」


 父さんがフィリアとヘイゼルを呼ぶ。

 フィリアとヘイゼルは父さんに近づくと、父さんが両手を伸ばした。

 2人が父さんの手を取ると、一瞬にして3人の姿が消える。


「傍から見てるとマジで瞬間移動だな」

「すごいでしょ。パパは偉大なのよ」


 母さんは自慢げに胸を張る。


「母さんさー、見えてる?」


 俺はあえて主語を言わずに聞いてみる。


「火の巫女?」

「そう。おばあちゃんの巫女様」


 引退する現役の火の巫女様だ。


「あの人はねー、ママが巫女をしていた時も巫女だったわ。優秀でしっかり者なおばあさん。とても尊敬できる人よ。でも、さすがに年を取りすぎたわね。なまじ優秀だったから引退時期をミスった。これは教会のミスよ」

「実は俺も見えてる。完全にボケてるね…………」


 80歳を超えた人なんだから仕方がないが、そのせいで結構ひどいことになっている。

 そして、それを放置しているのが現状なのだ。


「こればっかりは仕方がない。本人もボケてる自覚がないのよ。女神様がレティシアちゃんを次の巫女に指名したのはリヒトちゃんの従妹だから。そして、リヒトちゃんに連れてきてほしいのはついでにリヒトちゃんに荒れた火の精霊を修復してほしいからね。レティシアちゃん程度の力ではまだ無理。それができるのは他の巫女か私かリヒトちゃんだけ」


 俺もそこまでは見えていた。

 見えているくせに無視しようとしたから女神様が夢に出てきて目を逸らすなって釘を刺しにきたのだ。


「他の巫女様がやるのは?」

「動けるわけないじゃん。自分の持ち場があるのに」

「母さんは?」

「1年くらい前かな? 女神様が夢に出てきたんだけど、『もういいです……あなたに期待した私がバカでした』って、ため息をつかれちゃったわね」


 女神様に何を言った!?

 そんなことをしているから女神様が呆れきってるんだわ。


「それで俺に白羽の矢が立ったわけね…………」


 ちょうどいいのがいるじゃんってことか。

 今思うと、俺がエスタに転移したのもノースに近いからかもしれん。

 でも、俺は逆の南に行った。

 女運に恵まれていると出た南に……


「まあいいじゃん。リヒトちゃんはそのおかげで結婚できたんだし。一生独り身で金儲けばっかりするよりかは幸せになれるわよ」


 …………すげー気になる言い方をするな。


「俺、あっちの世界に行ってなかったら結婚できなかったの? 俺、女嫌いじゃないよ?」


 むしろ、好きな方だよ?


「残念ながらリヒトちゃんは一生独り身だったわね。あなたは女の人と付き合えるかもだけど、結婚は出来ない人なの。だって、誰も信用しない詐欺師だもん」


 そんな気はする……

 親以外の誰かと一緒に暮らすって考えたこともなかった。


「でも、フィリアとヘイゼルとは結婚したな」

「異世界だから価値観も違えば、文化も違う。リヒトちゃんは信用できたんでしょ。まっすぐ好意を示してくれる子と………………ば……ポン……絶対に人を騙せない子」


 わがままで有名な母さんがヘイゼルに対し、一生懸命言葉を選んだ。


「多少、流された感じはしたが、あんだけ娶れって言ってきたフィリアと庇護欲をかきたてる天才のポンコツか」

「言葉を選んであげたのにポンコツって言わない。まあ、結婚は勢いもあるからね。ママとパパなんて勢いそのものだし。知ってる? ママはパパと駆け落ちするまでにね、パパとは数日しか会ってないんだよ?」


 短っ!

 会って数日で駆け落ちしたんか……


「短すぎん?」

「ママの占いでは、この人と一緒になったら幸せになれると出た。縁を感じた。リヒトちゃんは感じなかった?」

「感じたな。結婚とは思わなかったが、フィリアとヘイゼルに最初に会った時に縁を感じた。だから近づいたんだ」

「それでいいよ。その縁は大事なもの。実を言うとね、ママとパパの結婚を女神様は祝福してくれた。だからぶっちゃけ、教会が何を言おうと、私を捕まえようと、もう無理なの。女神様は勝手にしろって言ってたし」


 女神様はめんどくさくなったんだと思う。

 いくら優秀でも文句ばっかりですぐに逃げそうな母さんを諦めたんだと思う。


「ただいまー。何を話しているの?」


 父さんが戻ってきた。

 もちろん、フィリアとヘイゼルはいない。

 おそらく、掃除と迎える準備をしているのだろう。


「ううん。リヒトちゃんにお幸せにって言ってただけ」

「あんたに言われんでも幸せになるわい」


 あっ…………いや、うん。

 親子だもん。

 同じことを言うこともあるさ。


「まあまあ。じゃあ、僕達もロストに行こうか。ちなみにだけど、本当に母さんも行くの?」

「うん。これを返さないといけないしね」


 母さんはそう言って収納魔法で杖を取り出した。


「何それ?」

「ロスト王家の秘宝である祝福の杖。まあ、高い杖って思ってくれればいい。これはママがロストを出て、イースに行く際にリヒトちゃんのおじいちゃんがくれた物。王家の秘宝だし、私には必要ないから返す。お父様はもう死んじゃってるけど、現王である兄に返せばいいでしょ」


 2階の謎の部屋にあったやつか……


「じゃあ、まあ、しゃーないか…………父さん、今から俺のスマホでロスト王都にある宿屋に転移する。そのまま陛下のもとに案内するからレティシアとイレーヌさんを連れて、アルトの家まで転移をおねがい。そこからは仕方がないから馬車でノースに向かうわ」


 10日かかるが、近くなったし、我慢しよう。


「わかった。じゃあ、行こうか」

「めっっちゃ久しぶりの里帰りねー。二度と戻らないと枕を濡らした少女時代を思い出すわ」


 どうせおねしょだろ。


「じゃあ、アプリを起動させるわ。ささ、こっちにおいでー」


 俺はスマホを取り出すと、スマホを操作しながら両親を呼ぶ。


「すごくいやらしい言い方ね」

「いつもこんなことを言っているんだろうなー。嫌なことを想像してしまった」

「ホントよね。息子のそういうのとかマジで聞きたくなかったわ」


 昨日、その息子にクソみたいな甘え声を聞かしてきた母親を殴りたいわ。

 3人で一緒に寝ていた子供の頃の最悪な記憶がよみがえったんだぞ!

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