第107話 長旅になったなー……

 宰相殿を怒らせてしまった俺は慌てて、部屋を出た。


「あれは怒ると思うよ」

「ホントよねー……宰相様に何を言うのかと思ったわ」


 部屋を出ると、フィリアとヘイゼルがジト目で責めてくる。


「ああ言っておけば、俺らが疑われることがないんだよ。陛下の中で完全に俺らの線が消えて、宰相殿をなだめる方に意識が行ったろ?」

「なるほどー! 詐欺だ!」


 ヘイゼルが嬉しそうにうんうんと頷いている。


 こいつって、俺を詐欺師扱いする時に嬉しそうなんだよな……


「いや、逆効果のような気がするんだけど…………」


 フィリアは賢い!

 当たり前だが、こんなこざかしい方法で凌げるのはその場限りだけ。

 時間が経てば、意味がないどころか逆に怪しいと思われる。

 屁をこいたヤツが最初に声を出し、他の人に犯人を押しつける理論である。


「まあいいじゃん。どうせ犯人は教会だし」

「後で怒られるよー」


 宰相殿は優しいから大丈夫!

 近いうちにこの国ともおさらばだしねー。


 俺は気にしないことにし、レティシアの部屋に向かう。

 城の中を歩いていると、以前より兵士が多い気がする。

 おそらく、襲撃事件があったので、警戒しているのだろう。


 俺達は邪魔にならないように端っこを歩くことにし、兵士も俺達をチラッと見るだけで、特に咎められることはない。

 多分、王様が通達しているからだろう。


 俺達はそのまま歩いていくと、レティシアの部屋の前までやってきた。

 レティシアの部屋の前には兵士が2人をおり、警備をしている。

 俺はその兵士たちに近づいた。


「お疲れ様です。レティシア様は?」

「これはリヒト殿。少々、お待ちください………………殿下、リヒト殿が参られました」


 兵士は俺達に対し、特に警戒する様子もなく、すぐに扉をノックし、扉越しに部屋の中に声をかける。


「お通しして」


 部屋の中からイレーヌさんの声が聞こえた。


「はっ! リヒト殿、奥方様、どうぞ」


 兵士が入室を許可してくれたので、俺は扉を開け、中に入る。

 部屋の中には以前のようにレティシアが椅子に座っており、その後ろにメイド姿のイレーヌさんが立っていた。

 1つ違うのはイレーヌさんの手には剣が握られていることだ。

 イレーヌさんも警戒しているのだろうが、ちょっと怖い…………


「大変だったみたいだなー。襲われたんだって?」


 俺は早速、襲撃事件についてレティシアに聞いてみる。


「そうなのよー。寝てたら急に襲われる夢を見て、起きたの。すぐにイレーヌを起こして、警戒させたわ。そしたら本当に現れてビックリよ! まあ、イレーヌの敵ではなかったけどね!」


 イレーヌさんって、絶対に強いんだろうなー。

 なんかその赤髪が血に見えてきた……


「犯人が誰かわかるか?」

「さあ? 他の巫女候補の差し金じゃない?」


 レティシアも俺や王様と同意見のようだ。


「まあ、そう思うよな」

「そりゃねー。他にいないし。私って、あまり夜会やパーティーとか出席しないし、尊敬されるようなことはしてないけど、恨まれるようなこともしてないもん」


 この国の人間に表にあまり出てこないレティシアを殺す動機はないわな。

 王位継承権も低いだろうし。


「状況的にはどうなってんだ?」

「本来なら私は王都にある教会に引き渡され、教会騎士団の警護でノースに向かう予定だったわ。だけど、お父様が教会を信用できないって言って、保留になった」


 さっき教会の人間が漏らしたって占ったが、王様もそう思っていたらしい。

 まあ、他にいないからなー……


「それがいい。お前は危険を予知するのが得意だし、教会騎士団の警護でどうなるかはわかるだろ?」

「それよね。未来視でバッチリ見えたわよ。ノースに向かう道中で寝ている間にグサッ! 嫌だわー」


 本当に危険予知だけはすごいわ。

 神経衰弱やESPカードは全然なのに。


「あのー、リヒト殿、それはまことですか? 姫様から聞いているのですが、私がいるのに…………」


 イレーヌさん的にはプライドが傷つくんだろうなー……


「イレーヌさん、1人で24時間警護するのは無理です。食事、睡眠、トイレ…………絶対に隙が出来ます。そして、敵は騎士団の誰かであり、特定不能。いくらイレーヌさんでも無理ですよ」


 この国の兵士がレティシアを警護できるのはこの国だけだ。

 軍を他国に入れるわけにはいかないし、下手をすれば、国際問題になる。

 ノースに向かうには他国を通らないといけないため、絶対に警備が薄くなる時が来る。

 そうなった時が狙い目なんだろう。


「うーん……」


 イレーヌさんは納得できないようだが、仕方がない。

 この人はレティシアを守る騎士なのだから。


「あのさ、なんで殿下が狙われるの? そりゃあ、他の巫女候補3人だって巫女にはなりたいだろうけど、命を狙うほどのこと?」


 話を聞いていたヘイゼルが聞いてくる。


「ぽっと出が圧倒的だったからだろうな…………自分達があんなに苦労して修行して、巫女候補の最終選考まで残ったのに最後の最後で急に出てきたヤツにかっさらわれた。納得はできないだろう」


 母さんも圧倒的だったらしいが、最初から巫女候補だったし、圧倒的なのは最初から分かっていたことだから他の巫女候補も早々に諦めることができたのだろう。


「気持ちはわかるけど、それで殿下の命を狙うなんて…………」

「レティシアが死ねば、再度、選考をやり直しだからなー」

「王家の者を狙うなんてすぐに捕まるでしょ」

「それが微妙なんだろ。国と教会って、いびつな関係っぽいじゃん。国の方が力はあるだろうが、教会は女神様がついてるから治外法権なんだろ」


 教会だって、国家にケンカを売る気はないだろうけど、力関係が非常に曖昧だと思う。


「ってことは犯人は逃げ切れるの? 許せないわね!」


 ヘイゼルはこの国の貴族だったので熱がこもっている。


「ヘイゼル、あなたの忠誠はちゃんと受け取ったわ。さすがはバーナード家ね。でも、大丈夫。要は私がノースに行って巫女になればいいの。ロストが口を出せなくても私が巫女になったら徹底的に調査して首をさらしてやるわ」


 こいつも元日本人だが、異世界の王家の人間なんだなー。

 怖いわ。


「バーナードってそんなに信用できるん?」


 俺はレティシアに聞いてみる。


「そりゃそうよ。何代か前の王妃はバーナード家の人だもん。それに現当主は優秀な軍人で信頼の厚さは貴族の中でもトップクラスよ」


 まあ、義父は強そうだったし、優しかった。

 上にも下にも好かれそうな人だったし、信頼は厚いのだろう。


「ん? そうなん? え? ということは俺って、ヘイゼルの親戚?」

「親戚って言うほど近くはないけど、まあ、そうかもね」


 マジかー…………


「ヘイゼル、俺はお前の親戚らしい」

「いや、遠すぎて他人よ。家系図で説明するのがめんどくさいけど、めっちゃ他人。あ、いや、私達は他人ではないけどね」


 まあ、配偶者だからなー。

 ある意味、一番近い。


「あ、うざい」

「今のはイラっとしましたよねー」


 レティシアとイレーヌさんがお互いの顔を見合って、顔をちょっと赤くしているヘイゼルを批判する。


「す、すみません…………」


 ヘイゼルが思わず謝る。


「当たり前のことを言っただけだろ。ウチのヘイゼルを責めるな」


 可哀想だろ!

 ヘイゼルが可哀想だと、ちょっと興奮するのは内緒……


「ウチのだって……」

「この人達って、さり気に見せつけてマウントを取って来ますよね」

「新婚はうざいからねー」


 うざいのはお前らだと思う。

 別に見せつけてもないし、マウントも取ってない。

 そもそもお前らにマウントを取る意味がない。

 なお、これを言ったらイレーヌさんが剣を抜くと思うから言わない。


「そんなことより、お前はどうやってノースまで行くんだよ?」

「それよねー……今、お父様や宰相殿が考えているんだけど…………あんた、いい方法を知らない?」


 お前を日本の俺の家に転移させ、待機させる。

 俺達はこっちに戻ってきて、ノースまで行き、転移し、お前を迎えに行く。

 そうすると、あら不思議……レティシアは安全かつ何も苦労せずにノースに行けるのだ。


「ちょっとわからんなー……」

「そっかー……まあ、あんた、バカだしねー。思いつくわけないわよね」

「そうなんだわー。悪いな」


 すげー嫌な予感がする。

 何故、伯父が俺を返さないのか……


 俺の未来視や占いで危険を回避できるだろって言ってきそう。

 これはヤバいな。


「お前さ、陛下にさっさと俺らを帰すように言ってくんね?」

「ん? あんた、もう帰るの?」

「使命は終わったしなー。さすがにアルトの家に帰りたい」


 実は使命が終わったって言い張っているけど、誰も終わったとは言っていない。

 なんとなくだが、俺の使命がレティシアを巫女にすることだった場合、レティシアをノースに連れていくまでが使命のような気がしないでもない。

 でも、誰もそんなことを言っていないし、きっと気のせいだと思う。


 もう馬車の旅は嫌なんだ……


「うーん、そうねー。じゃあ、ちょっとお父様に言ってみるわ」


 おー!

 さすがは従妹!


「悪いなー」


 本当に悪いなー。

 お前は頑張ってノースまで行ってくれ。

 俺はさっさと帰る。


 俺達はレティシアにお願いをし、未来視の訓練という名のトランプ遊びをした後、宿屋に戻ることにした。




 ◆◇◆




 ここはどこだろう?

 俺はまるで雲の上で寝ているかのような感じがしている。

 視界に入ってくるのは白い色だけ。

 他は何も見えない。

 身体を動かすこともできない。


 なんだこれ?

 …………いや、夢か。

 俺はフィリアとヘイゼルに挟まれて寝ているはずだ。

 こんな雲の上っぽいところでは寝ていない。


 って、すげーデジャヴ…………

 いや、デジャヴではないだろう。


 女神様ー!

 あなたは帰ってー!

 そして、俺をフィリアとヘイゼルの間という天国に戻してー!


『天国はここですよ』


 えー……

 その場合、俺、死んでますやん……


『冗談ですよ。それよりもあなたには明確に使命を伝えた方が良いようですねー。すごく言い訳をして、使命を放棄しようとしています』


 そんなことないですよ。

 私の使命はレティシアに会うことだけです。

 他は知りません。


『すべてをわかっているくせにまだ言いますか…………』


 ノースは嫌なんですー。

 エスタよりも遠いんですよね?

 もう馬車は嫌なんです。


『ホント、わがまま姫の子供ですねー。従妹のために頑張ろうとは思わないんですか?』


 あいつはもう立派に育ちました。

 私ができることはありません。


『ハァ……わかりました。この使命を終えたらあなたにギフトを授けましょう』


 マジで?

 すげー!

 女神様、びじーん!


『美人って…………見えてないでしょ』


 まあ、声しか聞こえんね。

 ギフトって、何をくれんの?


『あー……ちょっと考えさせてください。一応、その人のセンスや人柄とかで決めるんで』


 金になるやつか、えっちなのがいいなー。


『人柄はサイテーっと…………』


 メモすんな!

 ちょっとした冗談やんけ!


『とにかく、レティシアを頼みますよ。そして、ノースに来てください。あなたが来ないと意味がないのですから』


 はーい。

 偽札づくりか絶倫がいいなー。


『奥さん方はこれのどこがいいんでしょうかねー? あ、そういえば、あなたのお父さんにもそう思ったことがあります。あんなわがまま姫のどこがいいんですかねーっと』


 ほっとけ!

 母さんは父さんにわがままを言わんし、俺も嫁達の前ではいい子にしてんの!


『いい子? え? あれで? さっきまで奥さんにあんなことをさせておいて?』


 人の家の夜の生活を覗くなや!

 お前もレティシアもむっつりドスケベか!

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