第106話 やっぱりまだ帰れない
レティシアが精霊を実体化させることに成功し、それを王様に報告してから数日が経った。
俺達は早く帰りたいという思いもあるが、仕事も終わったし、せっかくここまで来たので王都見学をすることにした。
俺とフィリアは当然、見るのは初めてだし、前に来たことがあるらしいヘイゼルも子供の時だったので観光はしていなかったため、実質、初めてである。
俺達はこの数日で観光名所を見に行ったり、買い物したりと楽しんでいた。
王都は広いため、いくらでも時間を潰せるのだ…………と思っていた。
俺達は宿屋でぼーっとしている。
王様に数日は宿屋で待機しておいてくれと言われてから10日が経とうとしているからである。
さすがにもうやることがない……
いつ王様からの呼び出しが来るかわからないので、あれから日本には帰っていない。
食料は完全に尽き、お酒も尽きようとしていた。
もっとも、俺達が泊まっている宿屋は高級宿屋なのでご飯は美味しいし、お酒だって飲み放題なため、まだ大丈夫だ。
ただ、暇である。
「帰りたいなー…………」
昼食のパンを食べながらヘイゼルがボソッとつぶやいた。
「まあねー……」
フィリアもやっぱり暇らしい。
「どうする? こっそり日本に帰ってみるか?」
「その間に王様の使いとかが来たら最悪じゃん」
「どこに行った?っていう話になるわね」
「まあなー」
実は俺だけ帰って、2人に留守番をしてもらうという方法もないことはない。
そうすれば、暇つぶしの物でもお酒や食料の補充もできる。
だが、これは言い出せない。
フィリアとヘイゼルも思いついているだろうが、言ってこない。
だって、嫁2人を残して俺だけ帰るのはちょっとね…………
フィリアとヘイゼルも嫌だろうし、俺も今さらあっちで1人で24時間も過ごしたくない。
「ちょっとお城に行って様子を聞きに行く? 王様は無理かもだけど、イレーヌさんか宰相様なら会えるかもしれないしさ…………催促してるようであれだけど」
フィリアが言いにくそうに提案してくる。
「まあ、そうかもね……さすがに10日も経ってるし、様子を聞くだけでもしてみよっか」
ヘイゼルも同意見らしい。
今までは失礼かなーと思って遠慮をしていたのだが、貴族だったヘイゼルがこういうのなら大丈夫なのだろう。
「じゃあ、ご飯を食べたら城に行ってみよう」
「わかったわ」
「そうね…………しかし、フィリアのオムライスが恋しいわー……」
俺もカレーが食べたい……
俺達は昼ご飯を食べ終えると、宿屋を出て、王城に向かう。
王城の正門に着くと、門番をしている2人の兵士に近づいた。
以前に王様から好きに通れとは言われたが、すでに女神様の使命は終えたし、一応、兵士にお伺いを立てた方がいいだろう。
「すみません」
俺はほぼ顔なじみとなっている兵士に声をかける。
「これはリヒト殿、いかがなされました?」
最初に来た時は槍を突き付けられたが、さすがにもうそんなことは起きない。
「実は陛下より数日は待機しているように言われたのですが、今日で10日になります。催促する気はないのですが、どうしたのか気になりましてね」
「なるほど。さすがに10日は長いですねー。忘れているということはないでしょうが、何かあったのかもしれません。ちょっと聞いてきましょう」
「お願いします」
俺がお願いすると、兵士は城に向かって歩いていく。
俺達がそのまましばらく待っていると、兵士が戻ってきた。
「リヒト殿、陛下がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
兵士は戻ってくると、すぐにそう言い、俺達についてくるように言う。
俺達は拒否もできないので大人しくついていくことにした。
嫌な予感がするなー……
トラブル臭がすごい。
俺はちょっと嫌な予感がしたものの、ここまできたのなら親戚だし、最後まで付き合おうと思った。(あと、誰かさんの尻ぬぐい)
兵士に案内されていると、兵士が見覚えのある部屋の前で止まった。
ここは前にも来た王様の執務室である。
兵士は一度俺達を見て、頷いてきたので俺達も頷き返した。
兵士は扉を向くと、ノックをする。
「陛下、リヒト殿と奥方様をお連れしました」
「入れ」
王様が入室の許可を出すと、兵士が促してきたので扉を開ける。
部屋の中には王様と宰相殿のいつものコンビがいた。
「失礼します」
「うむ。まあ、入ってくれ」
俺達は部屋の中に入ると、作業机に座っている王様の前まで行く。
「謁見の許可を頂き、ありがとうございます」
「いや、いい。用件はわかっているしな。遅くなってしまってすまない」
「いえ…………それでどうされましたか? レティシア様が巫女になれなかったとか?」
人間性で落とされたかな?
「いや、ほぼ内定だ。教会関係者の前でサラマンダーを出したからな…………あいつら、顎が外れるんじゃないかというくらいに口を開けて呆然としていた」
それは見たかったなー……
「それはもう決まりでは?」
「ああ、実際に教会から要請があったし、レティシアがやる気だからワシも許可を出した。現在、レティシアをノースに向かわせる準備をしているところだ」
これは完全に決まったな。
良かった、良かった。
「それで何か問題が?」
帰らせろよ……
「実はな、レティシアが次の火の巫女に決まってから襲撃があった」
「襲撃? レティシア様に?」
マジ?
「ああ、そうだ。何者かが城に侵入したのだ」
「一応、言っておきますが、私は知りませんよ」
「別にお前は疑ってないわ。お前は女神様の使者だし、何かあってはマズいからお前らに護衛もつけていたが、幸せそうに王都観光しとったらしいじゃないか」
あー……護衛をつけてくれてたんだ。
「全然、気付きませんでした。ありがとうございます。レティシア様が襲撃されたと言っておられましたが、レティシア様は無事です?」
「問題ない。レティシアが直前で未来視で予知し、イレーヌが一刀両断だ…………見事なものだが、出来たら生かして捕えてほしかったな」
レティシアは危険を予知する能力が優れているからなー。
未来視の修行をしておいて良かったわ。
「まあ、優先すべきはレティシア様でしょうからね」
「だな。まあ、イレーヌを責めているわけではない。だが、相手がわからん」
生かしておいたらレティシアのギフトで分かったんだけどねー。
「レティシア様に巫女になってほしくない人物の差し金でしょうねー」
「だろうな。ワシもその線で考えておる。お前が言っていた他の巫女候補3人の親族ってところが妥当だ」
「誰です?」
「わからん。教会に尋ねたが、返答できないそうだ。まあ、そうだろうよ」
守秘義務というか、巫女候補の情報を外に漏らすのはマズいだろうからなー。
でも、王様が言っても無理なんだ……
「で? 誰がレティシア様のことを漏らしたんです?」
「問題はそれだ。レティシアが巫女候補になるかどうかを知っている者は多いが、巫女になることを知っているのは限られておる」
レティシアが巫女候補になるのかならないかで意見が割れているとは聞いていたし、その段階まではほとんどの人が知っているのだろう。
「では、犯人探しも楽では?」
いっぱいいるなら大変だけど、限られているならすぐに見つけられるだろう。
それこそレティシアにやらせればいい。
「ワシ、お前ら、宰相、イレーヌしか知らん」
「………………宰相殿」
俺は陛下の斜め後ろに控えている宰相殿を見る。
「私ではないわ! 何を残念そうに見とるんじゃ!!」
宰相殿がツッコミにも似た感じで怒った。
「だって、陛下はもちろんだし、襲撃犯を撃退したイレーヌも違うでしょう。私も違う。もちろん、妻達も違う。じゃあ、宰相殿です。素直にお縄につきましょう」
「お前な…………宰相がこんなことをして何の意味があるんだ?」
王様が呆れた感じで言ってくる。
「きっと宰相殿はまだ10歳のレティシア様に恋慕しているのでしょう。60歳を超えたジジイが遠くに行ってしまうレティシア様に対し、自分の物にならないなら殺してしまえと狂ったのでしょう。さあ、宰相殿、吐いてください」
「陛下! ソフィア様の息子がめっちゃムカつくんですけど! ものすごい誹謗中傷を言ってくるんですけど! このガキ、絶対にあのわがままクソ姫の息子です!」
母さんのこの国でのあだ名はわがままクソ姫のようだ。
「落ち着け、宰相…………あのな、さすがにそれを信じろと言われても難しいぞ?」
王様は宰相殿をなだめ、俺に確認してくる。
「私の占いによると、教会の方から漏れたようです。レティシア様の精霊を見て、浮かれちゃって言いふらしたんじゃないですかね?」
「陛下、私にこいつを殴る許可をください! たとえ、わがままクソ姫の報復で呪い殺されようと構いません!」
冗談なのにー……
「だから落ち着け…………クズ親子にムキになるな。相手にしない方がいい」
「そうですね!」
ちょっとからかっただけなのにめっちゃ怒ってるし。
さては図星か……?
「陛下、私はレティシア様の様子を見に行こうと思います」
「そうしろ。部屋にいるから早く行け。昔はディランと国一番を争った騎士だった宰相が爆発そうだ」
ひえっ!
「宰相殿、私の母が尊敬できる人物と言っていた気がします」
気がするだけ。
聞いたことがないような気もする。
「ほう……! うるせーハゲが口癖だった姫様がですか?」
宰相殿の髪は…………うん……まあ、年相応かな?
「きっと照れ隠しでしょう。では、私は失礼します!」
早く逃げなきゃ!
俺はフィリアとヘイゼルの手を取り、部屋を退室する。
「本当ですかな?」
「嘘に決まってるだろ」
俺の耳には王様と宰相殿の声は聞こえなかったと思う。
はい、嘘です!
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