第098話 お姫様ってロクなのがいねーな


 俺とレティシア様は椅子に座り、顔を見合わせている。

 というか、レティシア様がめっちゃ睨んでいる。


「あんた、何者?」


 レティシア様はさっきまでのおしとやかな口調をやめている。


「いや、その前に聞きたいんだが、どこまで読んだ? 説明が被るだろ」

「あんたが叔母のソフィア様の子で私の従兄であること、本当に女神様の使者であること、異世界人で日本から来たこと、そのくせ、嫁を2人も娶ったサイテー男なこと」


 サイテーは余計だな。


「ふーん。そのくせ、ねー……」

「――ッ!」


 レティシア様はまた顔をゆがませる。


 またしても失言をしてくれたなー。

 楽な子だわ。


「お前も異世界人だな? しかし、お前、ロストの王族じゃないの? 拾い子?」

「私は正真正銘、お父様の子よ! 私はあんたら転移者とは違う! 転生者なの!」


 転生者?

 輪廻転生かな?

 そういう概念があることは知っているが…………


「え? マジ? 輪廻転生かー……俺、仏教には詳しくないんだが、本当にそういうのがあるんだなー」

「は? 仏教? 何を言ってんの?」

「いや、輪廻転生は仏教じゃなかったっけ? 神道だった?」


 あれ?

 自信がなくなってきたぞ。


「いや、宗教なんか知らないけど…………え? 異世界転生って知らない?」

「なんだそれ? いや、お前は異世界に転生してるから異世界転生なのか」


 なるほど。


「あなたって、小説とか漫画を読まない人?」

「あまり読まないな…………」


 テレビでアニメを見ることはあるが、あまり本は読まない。

 怪しいスピリチュアル系の本なら読むけど……


「あー……わかった……だからか。まあ、異世界に元の知識を持ったまま転生するって認識でいいわ」

「なるほどね。異世界人のようで異世界人ではないわけか」


 精神が異世界人だが、肉体はこっちのものなわけだ。


「まあ、そうね。あんたは日本から来たの?」

「だなー。黒木リヒトだ。お前も日本だな?」

「そうよ。生前の名は小笠原アミ」


 生前……

 そうか、そらそうだわな。

 転生ってことは死んだんだ。


「お悔やみ申し上げます」

「いや、今さら言われてもね…………死んだ時のことはあんまり覚えてない。交通事故で死んじゃったのよ。前からトラックが突っ込んできね。正面衝突ってやつ。後部座席にいた私が死んだってことは両親もかな…………」


 戻ったらネットで調べてみるかな…………


「それで転生か……辛かっただろう」

「いや、前世のことなんかもういいわよ。こっちで10年も生きてんのよ。そりゃ前世の両親のこととか思うことはあるけど、こっちの両親もいるし、私、お姫様なのよ? すごくない?」


 この辺の感覚が俺にはわからんな…………


「まあ、転生先としては良い方かね?」

「最高よ。そこら辺の農民に転生したら嫌でしょ」


 まあ、そうかも。


「なるほどねー……心を読めるのはギフトか?」

「ええ。女神様からもらった。触れないといけないっていうのがめんどくさいけどね」


 やはり触れる必要があるわけか…………


「どんな感じなん? 心の声が聞こえる感じ?」

「そうね。他には断片的に人の心の中を覗く感じ。あんたが異世界人なのもあんたの奥さんから覗いた。日本に帰れるってヤバくない?」


 そこまで見たのか……


「俺の家が見えたか?」

「そうね。あと、でっかいタワー。はしゃぐ奥さんと頑なに下を見ないあんたが見えたわ」


 高いところが苦手なんだよ。


「便利だな」

「まあね。見たくないものも見える時があるのが厄介。あんたらの夜なんか見たくなかったわ」


 レティシア様がすげー嫌な顔をする。


「新婚なもんでね。それはしゃーない」

「よくもまあ、2人同時に結婚するわね。異世界転移のチートでハーレムだー、とでも思った?」

「チート? ハーレム? これ、ハーレムか? どちらかというと、二股野郎じゃない?」

「ああ……あんたはそういうのを嗜んでなかったわね。確かに二股野郎の表現の方がしっくりくるわ」


 自分で言っておいてなんだが、二股野郎って嫌だな。

 事実なだけに嫌だな。


「お前、日本に帰りたいか?」

「どういう意味? 向こうに完全に帰るって言う意味なら帰るつもりはない。私はこっちの世界の人間であり、ロストの王族。ロストのためにこの身を捧げる。あんたの母親とは違うのよ」


 母さん…………

 こんなガキンチョに言われてるぜ?


「ふーん。まあ、向こうに行ってもしゃーないか」

「一時的に帰るっていうのならありね。あんたも奥さん方も楽しそうだし、日本のご飯が食べたいわ」

「インスタントならヘイゼルが持ってきていると思うけど」

「分けて。お金ならいくらでも払うわ」


 ふへへ。

 これは良い商売相手を見つけたぞ!

 あ、今の俺、嫁っぽかった。


「この身を捧げるってことは巫女になるわけだな?」

「それは待って。本当に待って。私、巫女にならないといけないの? 正直、国のためにこの身を捧げるっていうのはそういう意味じゃなくて、国のために頑張るっていう意味なんだけど。巫女とか嫌なんだけど」


 お前、さっきのウチの母親をバカにした発言はどうした?


「巫女は嫌なん?」

「修行が嫌」

「修行ってどんなん? ウチの母親は草を食わされたってボロカスに言ってたけど」

「あー、それもあるわね。草というか、1週間、肉食禁止とかあるのよ。あとはひたすら祈ったり、水風呂に浸かったりとか」


 なんだ、それ?


「意味あんのか?」

「知らない。精霊との親和性を高めるとか何とか…………」


 母さんも言ってたけど、親和性ってなんだ?

 ふわっとしすぎじゃね?


「いや、霊ごときに親和性もクソもあるか。単純に精霊を扱うようにすればいいだろ。お前ならすぐだよ」

「え? そうなの? ってか、なんでわかるの?」

「俺、霊媒師なんだ」

「霊媒師? うわっ! 胡散臭そう…………」


 言うと思った。

 たまには誰かすごーい!とか言えよ。


「悪霊を祓い、人の運命を見極めるプロフェッショナルだ」

「うわー……黒髪の子が『ウチの旦那、詐欺師だけど、大丈夫かな?』って思ってた理由がわかったわー…………」


 ヘイゼルは後でおしおきだわ。


「ちなみに、金髪の方は?」

「…………部屋の調度品にいくらって値段をつけてた」


 フィリア…………


「まあ、あの2人はいいわ……とにかく、俺は巫女だった母親と同様に精霊を扱えるからそれをお前に教えてやるよ。アホな修行なんかしなくても巫女にしてやる」

「うーん、騙されてる気が…………詐欺師だし」

「あのな、俺はやる気ないの。早く帰りたいの。エーデルに帰って嫁と仲良くイチャイチャしたいの。こちとら、新婚だぞ。女神様から祝福をもらってるから仕方なくこんな遠いところまで来たんだぞ。誰が騙すかってんだ」


 というか、王族を騙すってヤバいだろ。

 首が飛んじゃうよ。


「うーん、私が巫女かー……ロスト王家の汚名を晴らすか…………それに巫女になってしまえば、修行はなくなるだろうし」

「そうなん?」

「実際にはあるんだけど、拒否すればいい。巫女になれば、誰も命令はできないし」


 なるほど。

 巫女候補ならば巫女になるために厳しくするが、巫女になってしまえばこちらのものなわけだ。


「でも、巫女になったら国を離れないといけないぞ」

「それは仕方がないわよ。それに私だって、いつかは嫁に行かないといけない。他国の王族との政略結婚っていうのもあるしね」


 こいつ、ドライだな……

 いや、王族はそんなものなのかもしれない。

 母親が特殊なのだろう。


「陛下の話ではノースっぽかったな……北か?」

「北ね。エスタの近くよ。あなたはエーデルのアルトだったわよね? ノースからは割かし近いし、日本のものを輸入すると考えればノースの方がいいかな……? 他は遠いし」


 エスタも遠かったような気がする……

 5日はかかったような?


「輸入? めんどいから持っていくのは嫌だぞ」

「私の部下を使うわよ。魔法袋か何かを持っていかせれば、中身は見えないし…………」


 魔法袋って、5億円じゃなかったっけ?

 持ってるの!?

 さすがはお姫様…………


「俺も魔法袋が欲しいなー」

「アドバイスしてあげましょう。どんなにお金があっても、それは買ってはダメ」

「なんで? どっかから狙われたりする?」

「それもあるけど、あなたの大事な奥さんが拗ねるわよ。あのバーナード家の娘は収納魔法が使えるでしょ」


 あー……拗ねそう。

 めっちゃ拗ねそう。

 私、いらないんだ……って泣きそう。

 というか、そこまで見たのか…………


「アドバイスをありがとう。絶対に買わないことにするわ」

「そうした方がいいわ」

「お前、陛下に転生のことを言ってないな?」

「言えるわけないでしょ」


 うーん、やっぱり言ってないわけか。


「お前が言ったように女神様の指示ってことにしとくかー」

「ああ、2人きりの話ってやつ? そうした方がいいわね。未婚の女性と部屋で2人きりは相当マズいし」

「お前、ガキじゃん。間違いないなんて起きないだろ」

「世の中にはね……いるのよ。そういうのも。特にこっちの世界は法律が緩いからね」


 ロリコンさんかー…………


「うーん……」


 俺はレティシア様をじーっと見る。


 確かに可愛らしいとは思うが……


 俺はレティシア様の顔を見た後にふくらみが一切ない胸部を見た。


「いや、無理だわ」

「どこ見て言ってんのよ! 10歳なんだから仕方がないでしょ! これだから男は…………うわっ……嫌なことを思い出した。あんた、よく奥さんにあんなことをさせるわね…………いや、そういうのがあるとは知ってたけど…………」

「その話、止めない? 誰も得しないと思うんだけど…………」


 ませガキが!

 人の家の夜の生活を覗くんじゃねーよ!


「それもそうね…………」

「お前、何歳の時に死んだん?」

「18歳だったわね。受験が終わった直後だったし」


 受験勉強が終わり、華の大学生活を待っている時に死んだのか。

 そら、辛いわ。


「ませガキって思ったけど、お前、28歳か……アラサーだったんだな」

「殺すぞ!!」


 レティシア様がとてもお姫様とは思えない表情で叫んだ…………

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