第095話 伯父との対面


 俺達は城の正門の前でずっと待っている。

 30分は経ったと思うが、さすがに一国の王に会うのには時間もかかると思うので仕方がない。

 実際、ヘイゼルも特に不満はないようでじっと待っていた。


 俺が内心で今日じゃなくても、後日でもいいんだけどなーと思っていると、先ほど城に入っていった兵士が走って戻ってくる。


「お待たせしました。陛下がお会いになるそうです。あ、武器はこちらにお預けください」


 兵士に言われたので、俺はもう一人の兵士に腰の剣と杖、そして、銃を渡した。

 ヘイゼルも杖を渡す。

 なお、フィリアは最初から杖を持ってきていない。


 兵士は俺の銃を見て、首を傾げたが、スルーした。


「では、こちらに。案内します」


 兵士が城に入っていくので、俺達も続く。

 城の中はかなり豪華であり、通路も広い。


 俺達はそのまま進んでいくと、やたら豪華な装飾が施された扉の前にやってきた。


「この中が謁見の間になります。中に入ったら中央まで行き、片膝をついて跪いてください。陛下が許可を出すまでは絶対に顔を上げてはなりません。しかし、ご夫人方は跪いてもいけませんし、頭を下げてもいけません。それと絶対に旦那さんより前に出てはいけません。それだけを注意してください。あとは大目に見てくれます」


 兵士はわざわざ作法を教えてくれる。


「ありがとうございます」

「では、いきますよ………………女神様の使者殿をお連れしました!」


 兵士は大きな声を出して、扉に告げる。


「入れ!」


 中から低い声が聞こえた。

 すると、兵士が扉を開き、俺達に部屋の中に入るように促す。

 俺は背筋を伸ばし、中に入っていく。


 部屋の中は長方形に長い部屋であり、確かに謁見の間と言われて、納得がいく。

 両脇には強そうな兵士や偉そうな文官がずらっと並び、部屋の奥には王様らしきおっさんが玉座に座っていた。

 王様の横には立派な髭を生やした初老の男性が控えている。


 あの座っている人が伯父か……


 俺は兵士に指示されたと通り、部屋の中央まで歩くと、跪き、床を見る。

 後ろが見えないが、フィリアとヘイゼルも兵士の指示通りにしているだろう。


 時間にして、10秒くらい経っているが、誰も何も言わない。


 これ、嫌がらせか?

 作法を知らんかったら絶対に顔を上げるだろ。


「面を上げよ」


 俺がちょっと意地悪だなーと思っていると、前方から声がしたので顔を上げる。


「おぬしが女神様の使者か?」


 普通に答えていいよな?


「はい。女神様に命じられてエーデルより参りました」

「うむ。大義であった。使者の証である腕輪を持っていると聞いた。見せてくれ」


 えーっと、立って渡しちゃダメだよね?


 俺がどうすんのかなと思っていると、兵士の1人が俺に近づいてきた。

 俺は跪いたまま、兵士に腕輪を渡す。

 兵士は俺から腕輪を受け取ると、王様の所まで歩き、手渡した。


 王様は腕輪を隈なく見ると、兵士に渡す。

 兵士は腕輪を持って俺のところに戻ってくると、返してくれた。


「腕輪は本物であった」


 王様がそう言うと、部屋の両脇に控えている人達が『おー』っと感嘆の声が漏れる。


「使者殿よ、我が国に来てくれたことを歓迎する。また、ヘイゼル」


 王様が俺の左後ろを見る。

 

「はい」

「女神様の使者に嫁いだおぬしは正しかった。バーナードも納得しているし、私の名において、おぬしらの結婚を認める」


 えーっと、何これ?


「ありがとうございます。私は命を懸けて守ってくれる夫に人生を捧げます」

「うむ。よろしい。使者殿」


 王様が俺を見る。


「はっ!」

「ヘイゼルを頼む」

「我が命に代えてでも」


 実際、フィリアとヘイゼルのためなら惜しくはない。


「うむ。それで使者殿は我が娘、レティシアに会うというのが使命と聞いたが、相違ないか?」

「はい。レティシア様に会えと言われました。会えばわかる、と」

「ふむ。では、そのようにせんといかんな…………」

「お待ちください、陛下!」


 王様の横に控えていた初老のじいさんが急に大きな声をあげた。


「なんだ、宰相?」


 宰相?

 クレモンと一緒じゃん。


「このような怪しい男を信じるべきではありません。他国の刺客かもしれませぬし、レティシア様に合わすなど問題外です!」


 えー…………

 いや、まあ、それでもいい気がする。

 帰れるし。


「腕輪は本物だった」

「盗んだものかもしれません」


 ひっで。


「ふむ…………」


 いや、悩むんじゃないよ!

 そんなに怪しいか?

 甥っ子だぞ!


「では、宰相はバーナードが嘘をついていると?」

「いえ、そのようなことは…………」

「バーナードの手紙にはこの者は信用できると書いてある。まあ、自分の愛娘を嫁がせたくらいだ。当然だろうがな……それに、そこの娘は修道女であろう? 手紙にはディランの孫とある」


 王様が俺の右後ろを指差す。


「ディ、ディラン殿の!?」


 神父様の名前が出ると、宰相はもちろん、両脇にいる人達もざわつき始める。


「我が忠実なる臣下が認め、教会までもが認める者を疑うのか?」

「い、いえ! 使者殿、失礼いたした!」


 宰相さんが俺を見て、謝ってくる。


「他に意見があるものは?」


 王様は両脇に控えている人達を見渡す。

 でも、誰も何も言わなかった。


「…………ないな。では、以上だ。使者殿、レティシアには会わせるが、時間をもらいたい。おい! 使者殿と夫人を客室に案内せよ!」


 王様が兵士に告げると、兵士が俺達に近づいてきた。

 俺はそれを確認すると、兵士の案内のもと、出口に向かって歩いていく。


「使者殿」


 俺が歩いていると、後ろから王様の声がした、

 俺は振り向き、王様を見る。


「何でしょう?」

「貴殿の苗字を聞きたい」


 苗字?

 普通は庶民にはありませんよ。


「黒木と言います」

「クロキ…………か。クロキ・リヒトか?」


 わーお!

 黒木リヒトって言われたー。

 血は水よりも濃かったー。


「さようでございます」

「そうか…………客室で待たれよ」

「はっ」


 俺は再び、王様に背を向けると、謁見の間を退室した。

 そして、そのまま兵士に案内され、客室に通される。


 客室はすげーデカくて豪華なベッドとテーブル、高そうな調度品が並んでおり、ちょっとした高級ホテルのようだった。


「あー、緊張した」


 俺は兵士が退室し、3人になったのでテーブルにつき、息を吐いた。


「おつかれ」

「私も緊張したよー」


 ヘイゼルがねぎらってくれ、フィリアが同意してくれる。


「思ってたのと違ったわー」

「ホントだよねー、なんで私は立ってないといけないの? 頭を下げちゃダメなの? すごい居心地が悪かった」


 ずっと立って、頭を上げているのは辛いだろうな。


「ごめん。説明してなかった。というか、謁見の間とは思わなかった。あれは最上級の国賓の待遇よ。いくら女神様の使者とはいえ、他国の庶民にあんな待遇とは思わなかった」


 歓迎してるのかもしれんが、ぶっちゃけ、余計なことだし、めっちゃ迷惑だわ。


「ハァ……怖かったー。なんで跪いちゃダメなの?」


 フィリアが胸を押さえて、ため息をつきながら聞く。


「あれはロスト独自の作法なんだけど、妻は夫の物だからたとえ、王様相手でも頭を下げちゃダメなの。大昔だけど、権力を使って臣下の嫁を奪った王様がいてね……しかも、その女性はそれを恥と思って、自害しちゃったわ。まあ、それで多くの臣下から反感を買って国を揺るがす大問題になったのよ。それ以来、その女性の貞操観念を讃えて、結婚した女性は王様だろうが何だろうが従ってはダメって言う意味を込めて、ああなったの」


 そいつのせいかよ。

 とんだ暴君だな。


「こわー……」

「まあ、公の場だけの話だし、古い習わしよ」


 そういえば、ヘイゼルも義母も普通に頭を下げてたな。

 ああいう場だけの話か。


「あのお前との結婚を認めるくだりは何だ?」


 急に何を言い出すのかと思ったわ。


「あれは陛下のご配慮よ。私は公爵家に嫁ぐ予定だったのに立ち消えちゃったからね。陛下がああ言って、私達の結婚を認めてくだされば誰も文句は言わないし、バーナード家が責められることもない」


 なるほどね。

 公爵家が文句を言えなくなるわけだ。

 それはありがたい。


「この国って、結婚観念がすごいな」

「夫は命を懸けて妻を守り、妻はそんな夫に人生を捧げ、支える。それがロストの風習ね」


 だからヘイゼルもウチの母親も命を懸けて守るって言えば、すぐに上機嫌になって、顔を赤くするのね。

 あ、母親は余計だった。

 昨日の夜のヘイゼルを思い出すと、両親の最悪な想像をしてしまう。


「でもまあ、とりあえず、第一関門は突破だなー」

「だねー。宰相様に疑われた時は内心、リヒトさんが怪しいからだよって思っちゃった」


 こら!


「大丈夫よ。あれは台本なの」

「台本?」

「何それ?」


 演劇部ですか?


「一番偉い宰相閣下がいちゃもんをつけて、陛下に論破されたら他の人達は何も言えないでしょ。あれはああいう台本で、他の人達を黙らせるものなの。しかも、神父様の名前を出して、教会も認めてるんだぞって言えば、誰も何も言えなくなる」


 なるほどー。

 賢い!


「おかげで、私が注目されて心臓が止まるか思ったけどね」


 かわいそうに…………

 確かに辛いわ。


「心臓が止まったらマッサージしてやるよ」

「えっち…………リヒトさんって、どんなに疲れててもだし、どんな場所でもだよね。困った旦那だわー」

「わかるわかる」


 いや、君らだって、昨日、ノリノリだったじゃん!


「やや! あんなところに豪華なベッドがある。これは連れ込むしかない!」


 仕方がないね!


「いや、その前に話をしようか…………」


 俺が立ち上がって、並んで座っている嫁2人に後ろから抱きつくと同時に王様が宰相閣下を伴って部屋に入ってきた。


 俺は嫁2人を抱きつつ、そちらを見る。


「ちょっと出ていく気ないっすか?」

「残念ながらお前は母親に似たようだな…………」


 伯父にすげー悪口を言われた!

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