第092話 胃薬いる?


 義父と義母はヘイゼルを連れてどこかに行くと、メイドが俺とフィリアを客室に案内してくれた。

 客室はかなり広く、ベッドも4つあるし、かなりきれいだ。


「夕食の時間になりましたらお呼びいたします。何かありましたらそちらの鈴を鳴らせば、人が来ますので何なりとお申し付けください」


 メイドはそう言って、一礼すると、退室した。


 俺とフィリアは一つのベッドに腰かけ、一息つく。


「あー、疲れた」

「ホントねー。ヘイゼルさんのお父さん、優しそうだけど、ちょっと怖かった」

「わかるわー。というか、お前のじいさんと一緒。軍人のそれだな」


 言葉遣いは丁寧だし、優しい声色だった。

 だが、雰囲気とちょっとした時に見せる眼光が強者のそれだ。


「ヘイゼルさん、大丈夫かな?」

「まあ、説明やら親子の会話があるんだろ」

「ものすごく嫌そうな顔してたね」

「あいつ、すぐに感情を顔に出すからなー」


 領主様も言っていた貴族失格の欠点だ。

 俺ら的には欠点でなく、チャームポイントなんだがねー。


「ご両親も苦笑いを浮かべてたし、昔からなんだろうね」

「だろうな」


 こいつ、変わらないなーって声が聞こえてきそうだった。


「今、何時?」

「昼の2時。夕食まで時間があるなー」

「出歩くわけにもいかないし、休んでよっか」

「だなー」


 俺は相槌を打ちながらフィリアを抱き寄せる。


「そういう意味じゃないし」


 フィリアが呆れたように言う。


「いや、さすがにしないわ。ただ、抱いただけ」

「ふーん……ならいいか。それにしても、夕食って、緊張するなー。私、マナーとかわかんないもん」

「俺も知らん。普通に食べればいいだろ。向こうも俺らが庶民なことを知っているし、気にしないと思う」


 礼儀を気にする必要はないって言ってたし、期待もしてないだろう。


「夕食後に話すって言ってたけど、どこまでしゃべるの?」

「状況による。まあ、占いでも特に不幸が訪れることはないと出てるし、ある程度は話すと思う」

「そっかー。任せるよ。私はこの場はちょっとキツい。2号さんだもん」


 フィリアからしたら敵地にもなるな……


「1号を名乗ってもいいぞ」

「絶対にやだよ。ケンカを売りすぎでしょ」


 俺の冗談にフィリアが笑う。


「早くアルトに戻ってゆっくりしたいな」

「だねー」


 さっさとレティシア様とやらに会って帰りたい。

 絶対に会っただけでは帰れないと思うけど。


「ちょっと休もっか。馬車の振動で疲れた」

「わかる。今でも揺れてる気がする」

「ホント、ホント」


 俺とフィリアは抱き合ったまま、ベッドに横になる。


 しばらく2人で横になっていると、部屋にノックの音が響いた。


「はーい?」


 俺が起き上がって反応すると、扉が開き、ヘイゼルが部屋に入ってくる。


「あー、疲れた」


 ヘイゼルはそう言いながら俺の隣に腰かけた。


「おつかれー」

「長かったね?」


 俺とフィリアがヘイゼルをねぎらう。


「きつかったー。癒しをちょうだい」


 ヘイゼルはそう言うと、抱きついてきた。

 俺はヘイゼルの背中に手を回し、背中をポンポンと叩く。


「何を話したん?」

「まあ、これまでの事とかよ。あと、あんたらに迷惑をかけてないかとか」

「普通だな」


 普通の親子の会話だ。


「まあねー。でも、針のむしろよ」

「家出のことは謝ったん?」

「謝ってない。私は間違ったことをしてないから」


 えー…………


「それでいいのか?」

「こういう時に謝っちゃダメなの! 貴族はそんなもん」


 言いたいことはわかるけど、誰も見てない親子間でも適用すんの?


「それでいいのか?」

「いいの! 私はそう教わった! おかげで、針のむしろだったんだけど…………」


 しょぼくれるくらいなら謝ればいいのに……


「まあ、優しそうな両親じゃん」

「それが余計になんだけどね。あと、お母様がウザかった。すごく興奮して、あれこれ聞いてきたわね。あんたの手紙のせいだと思う」


 あー……さっきもちょっと興奮してたしなー。

 ああいうのが好きな人なんだろう。


「結婚については?」

「特に……あ! あの鏡は何だって聞かれたからたまたま持ってたやつって答えておいたけど良かった?」


 ヘイゼルは思い出したかのように言うと、俺から離れる。


「ああ、それでいいよ。俺もそういう風に答えるわ」

「やっぱりあの鏡はマズかったみたい。お父様が動揺してたわ」

「神父様も言ってたなー……」

「あれを王家に献上すれば位が上がるってさ」


 マジ?

 すげーじゃん。


「献上するん?」

「するわけないでしょ。娘が結婚する際に旦那からもらった品物を他人にあげるって最低よ。末代まで言われるし、ウチの家は他の貴族との婚姻ができなくなる」


 まあ、結納品を上司にあげる親って考えれば確かにひどい。


「じゃあ、家宝にでもするのかね?」

「多分、そう。この家がなくなる末代まであんたからの贈り物って語り継がれる」


 なんか嫌だな…………

 いや、そのうち子孫が売るだろ。

 多分ね……


「ねえねえ、夕食ってどんなの? 私、いてもいいの?」


 フィリアはよほど夕食が気になるらしく、ヘイゼルに聞く。


「普通の夕食だから大丈夫よ。兄夫婦も他の兄姉も出かけているからいないし、さっきの部屋で同じメンツでご飯を食べるだけ」

「飲みすぎなようにしよ」


 お前は酔わないから大丈夫だよ。


 俺達はベッドでゴロゴロしながら馬車移動の疲れを癒し、休むことにする。

 そして、夕方になると、メイドがやってきて、さっきの部屋に案内された。


 食堂では、すでに義両親が座っており、俺達も先ほどと同じ並びで座る。

 そして、食事が始まると、終始和やかに進んでいった。


 義両親も俺やフィリアに気を使ってか、マナーや礼儀は気にしなくてもいいと言ってくれたし、世間話やアルトの町のことについて聞いてきた。

 基本的には俺が答えたし、対応もしたが、気を使った義母がフィリアにも話を振ってくれたりもした。


 食事を終えてもしばらく話していたが、いい時間になると、義母がヘイゼルとフィリアに声をかけ、どこかに連れていく。

 俺はヘイゼルはともかく、フィリアは大丈夫かなーと思いながらその後ろ姿を見る。

 

「心配いらない。女には女の話があるだけだ」


 この食堂に俺と義父だけになると、俺に安心するように言ってきた。


「気になりますねー」

「気持ちはわかるが、聞かない方がいい」


 義父は苦笑しながら止めてくる。


 さては、昔、気になって聞いて後悔したな。


「そうしておきます。結婚すると、年長者の意見が非常に役立ちますよ」


 特にガラ悪マッチョ。

 あいつは生き字引だ。


「良い心がけだ…………リヒト君、私の娘を頼む。あの子は正直に言って、あまり優秀な子ではない。いや、賢いし、魔法の才能もあるんだがね。それに親から見ても容姿に優れた子だと思うんだが…………」


 めっちゃいい子だね。


「言いたいことはわかります。この家に来てからのヘイゼルの表情がすべてですね」


 少しは隠せよと思うが、ヘイゼルはどうしても顔に出てしまう。

 それは結婚して一緒に住むとよくわかった。


「そうなんだ…………いや、君らにはあまり関係がない話なのだが、貴族としてはな……なまじ頭が良く、自立しているから絶対に他の貴族女子とは相いれない」

「でしょうね。まあ、おっしゃる通り、冒険者の私には関係のないことです。正直に言えば、機嫌がわかりやすい嫁は楽で良いですよ」


 不満を溜められるのが一番困る。(ガラ悪マッチョ談)

 しかも、一方が爆発すると、もう一方も誘爆するからきつい。(ガラ悪マッチョ談)


「では、私も正直に言おう。今の嫁が嫌いではないし、愛してもいるが、そういう嫁が欲しかった…………今頃、あっちでは男の悪口大会というか、私に対する愚痴を言って、君が私のようにならないようにコントールすることって教えているだろう」


 …………反応しづらい。


「なるほど。聞かない方が良かったです」

「だろう?」

「はい……」

「まあ、頑張れ」


 素晴らしいアドバイスをありがとうございます。


「ちょっとへこみましたが、本題です…………レティシア様は巫女候補ですね?」

「そのテンションで聞くかね? いや、まあ、合ってるんだが……」


 うーん、切り替えよう!


「まだ内密なんですか?」

「そうだ。だが、どうやら君の使命に関係ありそうだから教えよう。レティシア様は巫女の適正はあるし、才能もあるらしい。だが、まだ幼いし、我が国での巫女はちょっとデリケートでな…………慎重にせんといかん。ましてや、王族の巫女となると……」


 あっ……


「そ、そうですか……」


 神父様がレティシア姫の噂を聞いてないのはこのためか……

 巫女候補がロストの王族から生まれれば、誰でも誰かさんを連想する。

 そう……3日で逃げたクズを……


「まだ正式に巫女候補というわけではない。少しずつ修行を開始している段階だ。公表は…………意見が真っ二つだな」

「聞かせてください」

「以前の汚名返上派と次に逃げたら女神様の反感を買うのではないかと考える者だな。まあ、後者の意見が強く、保留状態だ」


 女神様にわがまま姫って言われるくらいだもんなー…………


「閣下……義父である閣下に伝えておかねばならないことがあります…………」

「そう言ってたな。何かね?」

「私はそのソフィアの息子です」

「ん? すまん、聞こえんかった。もう一度、頼む」


 この距離で聞こえないはずはない。

 というか、手で顔を覆ったし……


「3日で逃げたわがままぷーが私の母になります」

「……………………あー……だからか……だからディラン殿が異世界人で詐欺師な君を信頼できる人物と称したのか…………ディラン殿はソフィア様の騎士だからな……」


 あ、詐欺師なことを知ってらっしゃった。


「大変に申し訳なく…………」

「いや! ちょっと待てよ…………あー、つまり、君は王族か?」


 手で顔を覆っていた義父はハッとして顔を上げ、聞いてくる。


「できたらこのままでお願いいたします。王族になる気もないですし、エーデルのアルトで冒険者業や商売をしつつ、妻達と静かに暮らしたいと考えております」

「それもそうだな…………いや、私もそれがいいと思う」

「お願いします…………実を言うと、ロストには近づく気はありませんでした」

「それはわかる。不要なトラブルを招くだけだ」


 後継者争いなんかはさすがに起きないが、派閥や政治に巻き込まれると思う。


「ヘイゼルを妻に迎える際も手紙で終え、挨拶をする気はなかったです。ただ、今回、女神様のレティシア様に会えという啓示のついでに挨拶に行った方がいいよ、と言われましたので立ち寄った次第です」

「なるほど…………手紙と共に贈り物までもらったのに訪ねてくるのは変だと思ったが、そういうことか…………ちなみに、ソフィア様は?」

「異世界でのんきに遊んでいます。先日、ディラン様に会って剣を授けてましたね」

「剣を…………そうか。それは良かった…………ん? 異世界?」


 あ、気付いた。


「私の父が異世界とこの世界を行き来できるらしいのです」


 父さんのせいにしちゃえ。


「うむ…………とんでもないことを言っているが、ソフィア様ならまあそうかもしれん。あの人については深く考えてはいけない…………」


 やっぱり完全に問題児だったんだな。


「ちなみに、お会いになられますか? 両家の顔合わせ的な」

「いや、やめておこう。妻は身体が弱いんだ。ショックで寝込むかもしれん」


 とても弱いように見えなかったけどね。

 まあ、会いたくないわな。


「まあ、母もロストには来たくないでしょうし、やめておきましょう」

「それがいい。しかし、何となく見えてきたな。君は未来視を持っているのだな。それでレティシア様が巫女候補なのを知っていたわけか……」

「ですね。母ほど優れていませんし、見えるのは断片的ですが、その通りです」

「私が思うに、君の使命はレティシア様を巫女にすることではないか?」


 やはりそう思うか……


「私もそうではないかと思っています。女神様の意図は不明ですが、レティシア様を巫女にしたいのではないかと…………」

「本当に汚名返上の機会を与えてくださる気か…………それとも別の何かか…………うーん、わからん」


 汚名返上はない気がするけどなー。


「まあ、とりあえず、会ってみたいと思います。それで閣下には王家への紹介状を書いてもらうといいとディラン様より提案されました」

「なるほど。確かに私が書いた方がいいな。すぐに用意しよう…………あー、君というか、ソフィア様については書かない方がいいか?」

「それについてですが、レティシア様のことを考えますと、陛下には伝えておいた方がいいと思っています。何とか2人で話せるようにお願いできませんかね?」


 実はこれを頼みたかった。

 一国の王と2人きりというのは相当に厳しい。

 ましてや、女神様の使者とはいえ、他国の怪しい冒険者では難しいと思う。


「うーむ、書いてはみる。女神様の使命に関することということにしておく。それで大丈夫かはわからん」

「それで大丈夫です。もしダメなら諦めます。できる範囲のことをして、エーデルに帰ろうかと思います」


 女神様に何か言われたら王様が悪いんだよって言おう。


「うーん、まあ、それでいいと思うな。私としても、ヘイゼルが王都にいるのが怖い」


 ヘイゼルちゃん、信用ないなー……

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