第091話 バーナード家へ


 関所に着いた俺達は馬車を下り、御者とギースとアレンにお礼を言い、別れた。


 俺達はそのまま歩いて関所に向かい、門に近づく。


「止まれ」


 門に近づくと、門番の兵士が止めてきたので立ち止まった。


「悪いな。ロストには何の用だ?」


 俺達が立ち止まると、門番の1人が近づいてきて聞いてくる。


「後ろにいる2人は俺の嫁でな。内1人がロストの人間なんだ。事後報告になってしまうが、結婚の挨拶にいく」

「なるほど。それは良い心がけだ。ちなみに、ロストのどこだ?」


 いや、知らん。

 どこ?


「ヘイゼル、バーナードってどこだ?」


 俺はよく考えたらバーナードの領地を知らなかったのでヘイゼルに聞く。


「マイラーよ」

「だってさ」

「ヘイゼル……? バーナード家のヘイゼル嬢か?」


 知ってんの?


「そうだ。絶縁状を送って、家を出ているけどな。あと、これが紹介状」


 俺は神父様からもらった紹介状を渡す。


「神父…………ディ、ディラン様か! ちょっと待ってくれ」


 紹介状に書かれていた名前を確認した兵士は慌てて紹介状を読みだす。


「ふむふむ。確かに…………いや、失礼した。実はバーナード家より、娘一家が訪ねてくるとは聞いていたのだ。確かに本人のようだし、問題ない。通ってくれ」


 あー、神父様が手紙を送ったからヘイゼルの親父さんが話を通してくれてたのね。


 俺達は通行の許可が下りたので、門をくぐり、ロストに入った。

 門の先には結構な数の馬車があり、乗合馬車もいくつかある。


「どうするか…………ん?」


 俺がどの馬車がいいかなーと悩んでいると、兵士が2名ほど、近づいてきた。

 俺は懐に手を入れ、警戒する。


 兵士は俺達のそばにくると、一礼した。


「ヘイゼル様でしょうか?」


 兵士がヘイゼルを見て、尋ねる。


「そうよ。でも、まず、私の夫に挨拶をなさい。無礼よ」


 ヘイゼルが冷たい声で返した。


 怖っ!


「し、失礼しました! リヒト殿でしょうか? 我々はバーナード閣下の命令であなた方を迎えに参りました」


 あ、わざわざ迎えに来てくれたんだ。

 ラッキー。


「私がリヒトです。バーナード閣下のご厚意に感謝します」

「いえ、では、こちらに。道中に危険はないと思いますが、我々が警護をします」

「よろしくー」


 俺達はバーナード家の兵士に案内されると、ちょっと豪華な馬車が見えてきた。


「こちらです。すぐに出発いたしますのでお乗りください」

「はーい」


 俺達は馬車に乗り込んだ。


「中は変わらんな……」


 俺は馬車の中に入り、座るとボソッとつぶやく。


「まあ、そんなもんよ。それよか、こっちの道は本当に揺れるから気を付けて」

「4日だっけ? ここからが大変ね」


 俺達が話していると、馬車が出発した。


 確かに揺れる……


「お前がこのクッションを買おうって言ったのは正解だったわ」

「ホントに……もうこれがない馬車とか無理」

「でしょー。それでもちょっとあれだけど…………」


 まあ、振動を完全に消すことは出来ないだろ。

 お尻が破壊されないだけマシ。


 俺達は多少の振動は我慢し、お酒を飲んだり、雑談をしながら時間を潰し、マイラー目指して進んでいった。

 夜は野営だったが、兵士の人達が護衛をしてくれたし、完全にヘイゼルにビビっている様子の兵士はこっちに干渉してくることもなかった。


 気楽に3人で過ごし、長い旅路を進んでいっているが、ヘイゼルのテンションが徐々に下がっていくがわかる。

 そして、4日が経ったある時、ヘイゼルがボソッっとつぶやく。


「着いたわよ…………ここがマイラー」


 俺はそう言われたので外を覗くと、緑豊かな町並みが続いていた。

 農村というわけではないが、アルトやザイルと比べると、田舎だ。


「農業が主体か?」


 俺は外を見た後にヘイゼルに聞く。


「そうね。それと開拓。ウチは兵が強いからモンスターを駆逐しつつ、領地を広げている」


 そういえば、ヘイゼルの親父さんは軍人って言ってたな。


「久しぶりの実家だろ? 嬉しいとは思わんの?」

「思わない。ハァ……会いたくない」


 ヘイゼルは膝を抱えてしまった。


「まあ、俺が話すよ……」

「嫌だなー……」


 こいつ、結構な親不幸だよな……


 俺はヘイゼルに呆れつつ、到着を待っていると、ついに馬車が止まった。


「着いたみたいだぞー」


 俺は完全に沈んでいるヘイゼルに声をかける。


「2人で行ってきていいよ」


 何を言っているんだ、こいつは……


「いや、無理あるだろ」

「そうだよ。ほら、行こ」


 フィリアがヘイゼルを立たせる。


「私、引っぱたかれないかしら?」

「するわけねーだろ。してきたら殴ってやるわ」

「ハァ……よし! 行くわ!」


 ヘイゼルが気合を入れたので俺達は馬車を降りた。


 馬車から降りると、目の前には立派な屋敷が見える。

 アルトの領主様の御屋敷よりも大きいだろう。


 俺達は兵士に案内され、屋敷に向かう。

 屋敷の前には立派な服を着た黒髪碧眼のおっさんが美人な黒髪碧眼のおばさんを連れて待っている。


 マジかよ……

 バーナード当主と夫人自らの出迎えだし……

 いくら娘夫婦とはいえ、俺、庶民の冒険者だぞ。


 俺は兵士に案内されながらヘイゼルの両親に近づくと、兵士が横に逸れたタイミングで立ち止まり、一礼した。


「うむ。よく来てくれた。私がここの当主タイラー・バーナードである。こちらは妻のアメリア」


 ヘイゼルのお母さんは旦那が紹介すると、軽く頭を下げた。


「わざわざ出迎えまでしていただき、光栄です。私はエーデルで冒険者をしているリヒトです。こちらは妻のフィリアです」

「フィリアです。冒険者もしていますが、修道女もしています」


 俺が自分の紹介と共にフィリアを紹介すると、フィリアも自己紹介し、頭を下げる。


「うむ。ディラン殿から聞いている。よくぞ来てくれた。まずは中に入り、長旅の疲れを取ってくれ。それと、ヘイゼル、おかえり」

「…………ただいま戻りました」


 声、小っさ!


 これにはさすがのヘイゼルの両親は苦笑いだ。


 俺達はそのまま屋敷に入ると、ヘイゼルの両親の案内でとある部屋に通された。

 長いテーブルがあり、椅子が並んでいる。

 最初は応接室かなと思ったのだが、どう見ても食堂だ。


 俺達はヘイゼルの父親に勧められるがまま、俺、ヘイゼル、フィリアの順番で並んで座ると、対面にヘイゼルの父親、母親が並んで座った。

 少しすると、メイドらしき女性がお茶を淹れてくれる。


「まずはエーデルからこんな所までわざわざ来てもらってありがとう。楽にしてもらって構わないし、礼儀を気にする必要はない」


 メイドがお茶を淹れ終え、退室すると、ヘイゼルの父親が切り出した。


「ご厚意に感謝します。また、ヘイゼルとの結婚を認めてくださったことに感謝します。そして、挨拶が遅れ、事後報告になってしまったことを謝罪します」

「いや、挨拶が遅れるのは仕方がないことだし、手紙も受け取ったから問題ない。結婚ももちろん祝福する。ディラン殿からの君の人物についての保証もあったし、こちらとしては反対することはない」


 やっぱり神父様の信頼ってガチだな。


「神父様とはお知り合いで?」

「私も軍人だからね。ディラン殿のことは良く知っている。あの方は誠実な騎士であり、神父だ。ディラン殿が認めた男なら何も問題はない」


 この人、俺が詐欺師って呼ばれてることを知ってるのかな?

 知ってませんように。


「ヘイゼルのことは必ず幸せにしますし、命を懸けて守ることを誓います」

「う、うむ」

「まあ!」


 俺の言葉に対し、ヘイゼルの父親は神妙に頷き、母親は顔を赤くし、口元を抑えた。

 そして、ヘイゼルが俺の足を踏んだ。


 この言葉はロストの王侯貴族では最高の愛の言葉である。

 よく父親が母親に言っているし、それを聞くと母親はものすごく上機嫌になる。

 あまり人前で言うことではないが、このくらいでちょうどいいのだ。


「ま、まあ、ヘイゼルが決めたことだし、結婚は認める。遠い地ではあるが、何かあったら言ってくれ。可能な限り、力になろう」

「ありがとうございます」

「それでなんだが…………ディラン殿から君達がここに来ることと同時に女神様からの使命を帯びているとも聞いているんだが…………」


 ヘイゼルの父親が本題に入った。


「はい。女神様が夢に出てきました。これがその証らしいです」


 俺はカバンから腕輪を取り出し、ヘイゼルの父親の前に置く。


「拝見しても?」

「どうぞ」

「では…………うーむ……」


 俺が許可を出すと、ヘイゼルの父親はじっくりと見だした。


「確かに女神様の使者の証のようだ」


 皆、なんでわかるのかね?

 俺には安物の腕輪にしか見えないんだけど……


「女神様はレティシア様に会えとおっしゃいました」

「レティシア様か…………」

「ご存じでしょうか?」

「会ったことが数回ある程度だが、会話自体はないな。あまり表に出てこられない御方だ。その御方に何の用があるのだろう?」


 俺にはわかっている。

 女神様の意図もこの人がある程度、勘付いているということも。


「会えばわかるとおっしゃいましたが、大体の想像はついております」

「ほう…………それは?」

「そのことも含めて、閣下に話さないといけないことがあります。できれば内密で」

「ここにいる者は信用できぬと?」


 怖いわー。

 急に軍人の雰囲気を出すんじゃないよ。


「責を負わせたくありませんし、巻き込むつもりもありません。私が閣下に話し、閣下が伝えるべきと思えば、閣下の口からお話しください。私は一切止めません」

「うーむ…………わかった。今晩は夕食を共にし、君達を歓迎したいと思っている。夕食後に時間を取ろう」


 多少、無礼な物言いだったが、許してくれたようだ。

 まあ、大丈夫だとは思ったけど。


「ありがとうございます」

「うむ。夕食まで時間がある。部屋を用意したからそれまで長旅の疲れを癒してくれ。何かあれば、近くの者を使ってくれて構わない」

「ありがとうございます」

「では、案内させよう。あ、ヘイゼル、お前は私の部屋に来なさい。話がある」


 ヘイゼルの父親がヘイゼルを見る。

 すると、ヘイゼルがものすごく嫌そうな顔をした。


「…………はい」


 もうちょっと愛想よくすればいいのに……

 お前の親だろ……

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