第088話 A級バックラー


「――――な……んな……」


 俺は何かの物音で目が覚めたので、とっさに枕元に置いておいた銃に手を伸ばす。


「――旦那、詐欺師の旦那、起きてくれ」


 テントの外から御者のロンの声がする。


「悪い、起きたわ。ちょっと待ってくれ」

「あいよ」


 俺はロンに声をかけると、銃を懐にしまった。

 そして、両サイドで寝ている2人を起こさないように慎重に布団から出ると、テントの外に出た。


「やっと起きたか。順番だぜ」

「悪い、悪い。嫁から離れたくなくてな」

「ケッ! 言ってろ。じゃあ、後は頼むぜ。俺は馬車にいる」


 俺の軽口を鼻で笑ったロンは馬車の方に歩いていく。

 俺は眠たそうな冒険者を尻目にその様子を見ると、馬車の近くにある焚火の前に座った。


 チラッと横を見ると、10メートルくらい先で若い冒険者の1人も見張りをしていた。

 ただ、非常に眠そうで、うつらうつらしているのが遠目でもわかる。


 見張りもロクにできんのか…………


 見張りの経験のない俺が人のことをとやかくは言えないが、出来ないのなら最初から受けてほしくなかった。


 俺はぼーっと焚火を見ながら時間を潰している。

 起きた時間は3時だったし、7時に皆が起き出すとしても4時間はある。


 暇だ。

 今回の旅は暇が最大の敵になるかもしれない。


 俺は時折り、無駄に占いをしたり、今後のことを考えながら時間を潰していると、次第に空が明るくなっていく。

 6時を過ぎたあたりからぽつぽつと他の客も起き出した。


 7時になると、武器屋の夫婦も起きだし、挨拶をしてきたので俺も挨拶を返すと、テントに行き、中に入った。

 テントの中ではフィリアがすでに起きており、櫛で髪を解いていた。

 ヘイゼルは当然のように寝ている。


「おはよー」


 俺はフィリアに朝の挨拶をする。


「おはよー。見張り、お疲れ様。何もなかった?」

「何も起きてないな。見張り君は寝てたし」


 所々で完全に寝てたと思う。


「えー……」

「あれはダメだわ。ルーキーらしいけど、ちょっと責任感がない」


 危険の少ない街道ということで油断しているのかもしれないが、ちょっとね…………


「あと2日かー。頑張って」

「頑張る気力をくれ」


 俺はそう言いながらフィリアに近づく。


「今、髪を解いてるところだからそこで寝ている人にして。ついでに起こして」


 フィリアにスルーされたのでねぼすけにセクハラという名のスキンシップをしつつ、起こした。

 そして、起きたヘイゼルも準備を終えたので、朝食を食べ、テントから出る。


 俺達がテントを片付けていると、馬車の近くでロンと冒険者のガキ共が揉めているのが見えた。


「今度は依頼主と揉めてるし……」


 さすがに呆れる。


「すごいわねー。もう怒る気も起きないわ」


 ヘイゼルもさすがに怒りを通り越し、呆れている。


「さっさと馬車に行こう」

「そうね」


 俺達は片付けるスピードを早めると、さっさと馬車に乗り込んだ。

 馬車に乗り込むと、武器屋夫婦はすでに乗り込んでいたため、フィリアとヘイゼルが挨拶をする。


「何を揉めてるんです?」


 俺はフィリアとヘイゼルが奥さんと世間話を始めたので、武器屋のおじさんにロンと冒険者のガキ共のことについて聞く。


「どうやら私達が見張りをしたことでプライドを傷つけられたらしい。信用してないのかだってさ」


 は?


「マジで言ってます?」

「私も冗談って言いたいよ」


 武器屋のおじさんがため息をつく。


「もう帰りたくなってきたなー……」

「わかるよ。質の低い冒険者はいないことはないし、若い冒険者の無礼や失敗に目をつむることだってある。お互い様なところがあるからね。でも、今回はないな。悪いが、商人ギルドを通じて苦情を入れる」

「どうぞ、どうぞ。こっちも迷惑ですんで」


 そもそも他所の町のギルドの冒険者なんか知らん。


「嫌な旅になったよ」

「ですねー。あと2日でウチのヘイゼルがキレないといいな……」

「正直、それが怖いよ。あの子、貴族だろ?」


 やっぱりバレているヘイゼルちゃん。


「まあ、抑えます」

「頼むよ」


 俺と武器屋のおじさんが同時にため息をつくと、ロンが戻ってきた。

 ロンは明らかに不機嫌であり、乱暴に馬車を出発させる。


「きっついのに当たったなー」


 俺はイラついているロンに声をかける。


「近年まれに見るクソさだ!」


 すげー不機嫌。


「落ち着けよー」

「お前もイラつかせてやろうか?」


 ん?


「何だよ?」

「あいつら、クレームだけじゃなくて、自分らをこっちの馬車に乗せろとかほざいてきやがった。理由は前の方が危険に対処できるからだとさ」

「あ、殺したくなってきた」


 100パーセント嘘だわ。

 フィリア狙いですわ。


「だろ? もうね…………俺の客に舐めたことをしたらマジで殺してやるわ」


 その前に俺の銃かヘイゼルの杖が火を吹くわ。


「後ろの客が可哀想だなー」

「これは料金返却で済まねーな…………クソッ! 冒険者ギルドからふんだくってやる」


 頑張って。


「フィリア、ヘイゼル、あと奥さんも1人で行動するなよ」


 俺は女3人に忠告をする。


「うん、そうする」

「わかった」

「そうします」


 冒険者のガキ共のうざさにげんなりだったが、馬車は平和に進んでいく。

 街道自体はきれいだし、モンスターも盗賊も出ない。

 でも、やっぱり暇だ。

 俺はしまいには寝ようかなと思うくらいには暇だった。


 昼になると、同じような広場で休憩し、昼食を食べた。

 この時は冒険者のガキ共も特に誰かと揉めることはなかった。

 午後からも馬車を走らせ、進んでいく。


 そして、夕方になると、今日泊まる広場に到着した。

 今日の見張りの順番はロン、俺、武器屋のおっさんの順番だ。


 俺はフィリアとヘイゼルと共にテントの中でカップラーメンを食べると、前日と同様に酒を飲みながらトランプをして、就寝した。


 俺が寝ていると、ロンが起こしに来たので見張りを交代する。

 相変わらず暇だし、冒険者のガキ共も特に何かをしようとはしていない。

 俺はだるいなーと思いながら時間を潰し、冒険者ではない武器屋のおじさんに悪いので5時前まで粘り、武器屋のおじさんと交代した。


 テントに戻ると、フィリアとヘイゼルが俺の定位置を奪うように2人が接近して寝ていたので、無理やり真ん中に入って寝た。


 朝までそこまで時間があるわけではないが、疲れもあって、すぐに寝た俺だったが、テントの外からまたもや声が聞こえてきたので目を覚ます。


「旦那、詐欺師の旦那、悪いが、起きてくれ」


 マジかよー……ねっみ……


 俺は目をこすりながらも起き、テントの外に出る。

 そこにはロンと武器屋のおじさんが立っていた。


「もう朝か? 俺にはまだ暗く見えるぞ」


 真っ暗というわけではないが、太陽はまだ昇ってはおらず、微妙に暗い。


「旦那、悪いが、フィリアとヘイゼルも起こしてくれ。ガキ共が職務放棄した」


 俺はガキ共がいた方の焚火を見る。

 確かに誰もいない……


「……は? すげーなー……最近の若者は……って愚痴っていいか?」


 バックレがひどい。


「それはもう俺と武器屋の旦那でやった。悪いが、臨時で護衛の仕事を頼みたい。金は出す」

「まあ、しゃーないわなー。2人を起こすからちょっと待ってろ。女は時間がかかるし、それまで見張りを頼む。俺の占いでは危険はないと出てるから気楽にどうぞ」

「頼む」


 俺がテントに戻ると、フィリアが上半身を起こしていた。


「聞いてたか?」

「うん。護衛の仕事の職務放棄はすごいよ。一発アウト」

「冒険者の資格をはく奪か?」

「そうなるね。下手すればお客さんが死んじゃう危険な行為だもん」


 あいつら、どうすんだろ?

 まあ、どうでもいいか…………


「悪いが、そういうことだからあと1日ほど護衛をする」

「仕方がないね。準備するからヘイゼルさんを起こして」

「わかった」


 俺は気持ちよさそうに寝ているヘイゼルをかわいいなーと思い、でも、すぐにキレるんだろうなーと思いながら起こす。


 俺がセクハラはせずにヘイゼルの身体を揺らしていると、ヘイゼルが目を覚ました。


「もう朝…………?」

「お仕事になっちゃった」

「なんで?」


 ヘイゼルの目が座った。


「あのクソガキ共がバックレちゃったよ」


 俺はヘイゼルの機嫌を直すために寝ているヘイゼルの頭を撫でる。


「…………ハァ。そう来たか……」

「予想してたん?」

「これほどの失態だと罰は避けられないからね。他国に逃げるのかなって思ってたけど、こんなに早いとは…………」


 あー、別の所に行ったのか……


「ひでーなー」

「まあ、どうせ、すぐに捕まるわ。冒険者のネットワークもあるしね。それよか、仕事かー…………着替えなきゃ」


 ヘイゼルは起きると、寝間着からいつもの黒ローブに着替えだす。

 フィリアも修道服に着替えだしていた。


「お前ら2人は後ろの馬車な。ぶっちゃけ、俺の占いでは危険はないと出てるが、乗客を安心させるためにばらけたほうがいい」


 俺は嫁2人の着替えを見ながら指示を出す。


「それもそうね」

「私もそれがいいと思うわ。夜はどうするの?」


 夜ねー。

 到着は明日の昼らしいから今日もどっかで泊まりだ。


「夜の見張りは俺とお前ら2人で別れよう。最初は俺がやるから3時くらいに起こす」

「大丈夫?」


 フィリアが心配そうに見てくる。


「どちらにせよ、明日には着くし、家で寝れる。ゆっくり休めると思えば、1日くらいは大丈夫」

「あんたは昨日も一昨日も見張りをしてたじゃん。ホントに大丈夫?」


 ヘイゼルも心配してくれる。


「別に身体を動かしているわけではないからなー。疲れるというより、暇だわ」

「まあねー」

「じゃあ、ごめんけど、お願い」


 いいよ。

 帰ったら襲うから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る