第087話 信用は金では買えない


「ちょっといいか?」


 この馬車の護衛の仕事を受けている冒険者の男がフィリアに話しかけてきた。


「何ですか?」


 フィリアは他所向きの対応をする。

 なお、警戒心の強いヘイゼルは杖を手に取った。

 俺も懐に手を突っ込み、銃を握っている。


「すまない。警戒させる気はないんだ」


 だったら話しかけんなって思うのは俺だけだろうか?


「いえ…………それで用件は?」

「君は修道女でいいのかな?」


 フィリアは修道服を着ているし、そう思っても仕方がない。

 実際、一応だけど、修道女で合ってはいる。


「そうですね。アルトの町で修道女もやっています」

「も? やはり冒険者もやっているのか…………いきなりで悪いんだが、僕らの仲間になる気はないかな?」


 …………マジ?

 勧誘してきたぞ、こいつ!

 俺とヘイゼルが見えないのか?


「あんた、何を言ってんの? 礼儀も知らないわけ?」


 ヘイゼルが目を吊り上げて噛みつく。


「き、君には関係ないだろ。仲間かもしれないが、勧誘は別に禁じられたことではないし、どこのパーティーに入るかは個人の自由だ」

「それはそうだけど、時と場合を考えなさいよ。あんたは護衛で私達は客よ。バカなの?」


 同意見だけど、お前は言葉を選べっての。

 ホント、気が強いんだよなー。


「今は休憩中だろ」


 え?

 いや、お前らの休憩じゃねーよ。


「は? 頭、沸いてんの?」


 あかん。

 ヘイゼルがキレそうだ。


「ヘイゼル、少し黙ってろ」


 俺はこれ以上のトラブルはごめんなので、ヘイゼルをさえぎる。


「でも!」

「いいから! おい、ガキ」


 俺はヘイゼルを手で制すと、冒険者のガキを見た。


「なんだよ。お前だってガキだろ。邪魔すんな」


 え?

 俺、そんなに若く見える?


「邪魔はお前だ。俺達は同じパーティーであると同時に夫婦だ。これ以上、人の女にちょっかいをかけると殺すぞ」


 俺はヘイゼルからもらった杖を取りだした。


「チッ! メイジか…………貧弱なお前より、絶対に僕の方がいいのに」


 ここまでくると逆に怖いわ。


「マジで死にたいらしいな…………」


 俺はスッと立ち上がり、杖をしまい、銃を取り出し、ガキに向ける。


「な、何だよ!」


 この程度でビビるなら最初から来るなや。


「ヘイゼル、この場合はどうなる?」

「既婚者とわかっているのにちょっかいをかけてくるなら殺してもいいわよ。女神様の祝福を受けているから罪には問われない。というか、私がやろうか? 一瞬で炭にしてやるわよ」


 前に女の敵を燃やしまくったって言ってたしなー。

 貞節を重んじる貴族のヘイゼルはマジでやるだろう。


「チッ! もういい!」


 ガキは俺達に背を向け、仲間の所に戻っていく。


「すげー。この状況で俺らに背を向けたぞ」


 殺すって言ってんのに。

 ホント、感心するわ。


「最悪な冒険者を引いたわね。いない方がはるかにましよ」

「やる?」

「2人共、落ちついてよ」


 フィリアが俺とヘイゼルを諫めてくる。

 俺はフィリアに言われたので銃をしまい、座った。

 ヘイゼルも杖を下ろす。


「いやー、旦那の前で人の嫁を口説くヤツもいるんだな」

「ヒーラーが欲しかったんでしょ」

「うんにゃ。あれはお前狙い。ヘイゼルは怖くてビビったんだな」


 ヘイゼルはどう見ても魔法使いだもん。

 そして、気が強そう。


「フィリアは優しそうだしねー。絶対に勧誘じゃなくてナンパよ、ナンパ。マジで死ね」


 ヘイゼルはまだ怒っている。


「そんなに怒らなくても……」

「私はね、ああいうのが一番嫌い。冒険者のルールも守れないうえに既婚者に声をかけるとか最悪よ。あんな馬鹿のせいで冒険者の信用が落ちるのよ」


 まあ、人妻を口説いてくる冒険者に護衛をしてほしくないわな。


「俺らは前の依頼でひどい目に合ってるから気が立ってんの。容赦なく打ち抜いてやんよ」


 人を殺して悩んでいたあの日の夜の俺はヘイゼルのサービスにより死んだのだ。


 あ! あの依頼をやっておいて良かったと思えた。

 占い……当たったよ。


「こういう場合はロンさんに説明すればいいよ。私達がケンカを売って恨まれたら嫌だし」


 フィリアは大人だなー。


 俺達は休憩する気分を削がれたので、早めに馬車に乗り込むことにした。


 馬車に乗ると、武器屋の夫婦と御者のロンはすでに馬車に乗っていた。


「何かあったか?」


 御者のロンは俺達を見ていたようで聞いてくる。


「お前の予想が当たったぞ。フィリアに粉をかけてきやがった」

「ハァ…………だからガキは嫌なんだ」


 ロンは苦虫を嚙み潰したようなような表情を浮かべる。


「殺していいか? 人の嫁に手を出そうとしたらどうなるかを教えてやるぜ」

「やめとけ。俺が後で注意するし、ザイルの冒険者ギルドに報告する。それであいつらは二度と護衛の依頼は回ってこん」


 そうしてほしいわ。


「問題は夜よ。私、あいつらに見張りを任せて寝れる気になれないんだけど」


 ヘイゼルが文句を言う。


「あー、確かに……うーん、金を払うから見張りを頼まれてくれね?」

「俺らは見張りの経験はないぞ」


 フィリアはあるだろうけど、フィリアはヒーラーだからなー。


「見張るのはあいつらだ。外への警戒はあいつらがやるからお前らは中の見張り」

「つまり、見張りの見張りか?」


 なんだそれ?


「そうなるな。俺も何を言ってるのかわからんが、護衛が信用できないんだからしゃーねーだろ」

「まあなー。しかし、フィリアは外すぞ」


 絶対に声をかけてきそうだ。


「そうだな……それがいい。そうなると、ヘイゼルも外したほうがいいな……じゃあ、俺とお前な」

「2人? えー……寝れねーじゃん」

「てめーの嫁だろ」


 まあ、そうだけど…………


「金をちゃんと払えよ」

「冒険者ギルドから違約金をもらうからちゃんと払うよ」


 違約金が発生するのか。

 まあ、それもそうか。

 護衛が危険だと思われてんだしな。


「私も見張りをしましょう」


 俺とロンが話していると、武器屋のおじさんが手を挙げた。


「あんたが?」


 ロンがうーんと悩む。


「私は冒険者じゃないが、武器の扱いには慣れている。別に戦うわけじゃなくて見張り程度なら可能だ」


 まあ、武器屋だし、武器の扱いには慣れているだろう。

 というか、この人はマッチョというわけではないが、俺よりも強そう…………


「……大丈夫、俺には魔法がある」


 ペンは剣よりも強しという言葉がある。

 いや、ちょっと違うか。


「…………まあ、立候補すんなら任せるか。あんたも嫁がいるしな。金は払うし、料金も返却する。悪いが、ザイルに着いたら冒険者ギルドに付き合ってくれ。証言を頼みたい」


 情けない発言をする俺を見ていたロンは武器屋のおじさんを見張りに立てることに決めたようだ。


 俺達は夜の予定を決めると、再び、出発した。


 午後からも暇だなーと思いながら進んでいく。

 あまりにも暇なので、なぞなぞでヘイゼルをからかってやった。


 そのまま馬車が進んでいくと、次第に日が沈み始める。

 俺がそろそろかなーと思っていると、馬車は再び開けた広場みたいなところに停車した。


「今日はここまでか?」


 俺は御者のロンに聞く。


「だな。適当なところで休んでくれていいが、あまり離れるなよ。それとお前には悪いが、朝方の見張りを頼む。武器屋の旦那が最初で俺がその後だ」


 まあ、早起きすると思えばいいか。


 俺とフィリアとヘイゼルはテントを立てると中に入った。

 テントは3人で横になっても大丈夫くらいな広さはある。


 俺達はエアマットに空気を入れると、早めの晩御飯を食べることにした。

 初日は賞味期限の関係で菓子パンだ。


「最悪な旅の始まりねー」


 ヘイゼルがパンをもぐもぐと食べながら文句を言う。


「なあ、フィリア、こういうことって、よくあるのか?」

「外部の人だとあるかも……あの冒険者はザイルの町の冒険者だからね。これがアルトの冒険者ならまず起きない。まあ、逆もしかりなんだけど」


 よその町の人間ならいいってことかね?

 バカじゃね?


「今頃、ロンが注意してんのかね?」

「いや、しないと思う。逆恨みが怖いしね。こういうことがあるから私が所属しているクランが役に立つんだよ。女性しかいないからこういう揉めごとはまず起きない。まあ、戦力的に信用できるかは置いておいてね」


 確かに安心感は違うな。

 女性の客はもちろんだが、俺だって、フィリア、アンナ、ミケと一緒にアルトの向かっていた時には謎の安心感があった。


「アンナとミケに護衛を頼めばいいのに」

「あの2人はこんな仕事を受けないよ。アルト、ザイル間は危険が少ない分、報酬も安いし」


 あいつら、優秀そうだもんなー。


「後で抗議すればいいでしょ。それであいつらは終わりよ。信用をなくした冒険者は大変だし」


 ヘイゼルがうんうんと頷きながら言う。


「やっぱり信用が大事なのか……」


 どこの業界もそうなのかねー。


「冒険者は特によ。だって、冒険者の肩書がなかったらあいつらって野盗やチンピラじゃん」

「まあ、わかるな。酒場でのあいつらは輩そのもの。というか、ギルマスですらそうだわ」


 ガラ悪マッチョだもん。


「この国は冒険者の国だから冒険者も信用されてる。逆に言うと、信用を失えば終わりね」

「俺も気を付けるか…………詐欺師って思われてるし」

「あんたはフィリアという最高の信用の証があるわよ」


 教会の修道女で神父様の孫だもんな。


「なるほど。アルトに来た初期から詐欺師、詐欺師と呼ばれていたのに、さほど警戒されていなかったのはフィリアとつるんでいたからか」

「多分、そう」

「フィリア、ありがとー」


 俺はそう言いながらフィリアに抱き着く。


「はいはい。まあ、リヒトさんはあからさますぎて、逆に怪しくないっていうのもある」

「それはそういう風に思わせてるだけ」

「…………そう言ってたね」


 スピリチュアル系は胡散臭くないとねー。


「リヒトの信用はどうでもいいけど、これからどうする? 寝るのには早くない?」


 ヘイゼルのちょっとひどい発言はスルーし、時計を見ると、まだ夕方の6時だ。


「寝不足とはいえ、寝れんな…………」

「お酒を飲みながらトランプでもする?」


 フィリアが提案してくる。


「それがいい!」


 ホント、ヘイゼルはトランプが好きだな。

 今度、タロットカードをプレゼントしようかな?

 めっちゃ似合いそう。


「罰ゲームは…………なしかな」


 さすがにやめておこう。


 俺達は酒を飲みながらトランプをしていたが、さすがに9時になると、就寝した。

 エアマットは柔らかく、寝るには十分だった。

 俺はキャンプみたいだなーと思いつつ、目を閉じ、寝ることにした。

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